和歌江島恋唄

千聚

第1話 出会

 鎌倉の日の出は、いささか遅い。東に小山を背負っているからだ。

 まだ日の差さない材木座の浜辺に打ち寄せる波は、泣きわめき、のたうち回った昨夜の嬌態を忘れて、しゃなりしゃなりと淑やかな白拍子。

 その足元に、流れ着いた白い物は何だろう。

 やがて飯島岬の端から顔を覗かせたお日さまが微笑むと、白い物体が彼岸から呼び戻された。


 お店の方が何時にも増して騒がしい。

 ここは、海辺に向かって大きな店を構える材木問屋丸太屋。いよいよその勢力を見せる鎌倉の街造りで、商売繁盛お大尽。

 騒めきと共に戸板に乗せられた男が離れに運び込まれた。浜に流れ着いた男だ。それもどうやら、異国の人だと人の口が忙しなく動く。

「異人さん?」

「そうみたい」

 異人が離れに寝ているというだけで、この家の娘二人は決して離れを見ようともしない。

 それなのに、丸太屋の主人嘉平は、使用人の舵にその異人の世話をいい付けた。

 舵は、目を円め息を呑み込んだ。

「いやか」と聞かれ、「はい、いやです」とはいえない。

 縁側に丁寧に手をつき畏まって頭を下げた。

 遊女屋の雑巾がけをしていた舵は、嘉平の娘澪の子守兼遊び相手として買われた身だ。月日を経て、武家の娘のように頭を下げることが出来た。武家の未亡人である縫い針の先生が作法も折りにふれ教えてくれた賜物だ。

 嘉平は、異人の船が難破したのは、嵐のせいばかりではない。日本の海賊のせいだと話してくれた。

「海賊に何もかも奪われ、命までも奪われてしまうところをこの材木座に流れ着いたのだ。お詫びの印に確りお世話をしなければなるまいよ」

 まるで、海賊が自分の身内のように申し訳なさそうにいうのだった。

 では丁寧にお世話しねばと納得はしても、異人のお世話など如何にしたら良いものか分からない。舵は、何かと頼りにする帳場で働く新助に訊ねてみた。

「友を世話するのと同じですよ。日本語も少しは分かります」

 新助は真顔で頷く。

「あたしでも分かりますか」

「わたしが分かるのだから舵さんにも分かりますよ」

 新助の笑顔が眩しい。

 舵は、新助をいたく信頼していた。新助が働き出して間もなく、浜で遊んでいた澪と舵は、おしゃべりをしながら浜を歩き続け、もう目の前には飯島の岬が聳えていた。海に突き出た岬のその先は、澪が嫁入る先だった鐙摺あぶずりがある地。澪にとっては、二度と覗きたくない暗闇だ。

 材木座は丸太屋の庭だから、澪に危害を加える輩などいないはずだが、それでも店からの距離に気づいた舵は、不安に駆られた。

 幼い頃、行ってはいけないと指差し示された石蔵と呼ばれる船着場船は目の前だ。

 少女と女の間にいる澪と舵は踵を返し走るように後戻りした。生まれつき足の悪い澪には、つらい仕草。舵は申し訳なく、澪を気遣いながら帰りを急いだ。

 その時、わらわらと数人の男が湧き出した。舵は、確りと澪の前に立ちはだかり、男らを見据えた。浜の男ではない。武家であろう身形に刀を携えている。舵は、へらへらと笑う男どもの前に一歩踏み出した。

「一緒に来い」

「酒の相手をいたせ」

「おお、可愛いではないか」

 男らは、昼日中からすでに酔っていた。生憎、周りに人がいない。お店の前辺りなら、少しくらいからかわれても、こんな無体な事は決して起らないはずだ。なにしろ二人は誰でも知る丸太屋嘉平の宝なのだ。

 しかし、その日、嘉平の手の内から、少し抜け出しただけでこのありさまだ。

 男が一人、手を伸ばし舵の肩に触れた。身構えてはいるが、舵に武道の心得はない。なぜ、習っておかなかったのか。こんな最中に舵はお針稽古より敵を倒す稽古をするべきだったと思ってしまう。

 舵はわけなく砂浜に突き倒され、男の手はすでに澪に伸びていく。

 ああ、どうすればいいのだろう。


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