初恋は実らない、中編。
私は無言でバケツに水を汲んでいたら隣に結哉が来て同じ様に水を汲み始める。
暫く水が溜まるのを無言で見ていると小さな声で結哉が話しかけて来た。
「なぁ、紘ってさ……気になってる奴とかいんの?」
「はぃ?え?な、なに、いきなり?!ドッキリ!?」
私は思わずキョロキョロと周りを見渡してしまった。
茉梨がなにか言ったのかと思って辺りを見たけど他のクラスの人がチラホラ掃除しているだけだった。
探したけど茉梨は廊下には居なかった。
「いや、んー……」
珍しく歯切れの悪い結哉に私は蛇口の水を止めてからそちらを見る。
持ってもこぼれないギリギリの量だ。
結哉が少しだけ照れたような考え込んだような頭をポリポリと掻きながらボソッと呟く。
「… …から…」
上手く聞き取れなくて私は聞き返してしまった。
「え?なに?今なんて言ったの?」
「いや、良いや。後で言う」
そう言って結哉も蛇口を捻り水を止めてバケツを持つフリをして、少しだけ顔をこちらに向けて真剣な眼差しを向けてくる。
私は少しだけ首を傾げたけれど次の言葉に胸がドキリと大きく跳ねてしまった。
「放課後4時に理科室前に来てくれ、そこで話すから」
私は驚いて目を見開いたまま固まってしまった。
私が固まってるのを肯定ととらえたのか、「これ持って先行くよ」と言いながら逃げるようにバケツを2個持ち上げて結哉はスタスタと教室に戻っていく。
目が真剣だった。
ドキドキしてしまう。
(放課後に呼び出しなんて初めてだよ……)
もしかして……なんて考えてしまう。
ゆっくりと顔が熱くなる。
両手で顔を覆ってしまいたい。
このドキドキを誰かに伝えたい!
うわぁーー!!!って叫びたくなる気持ちを抑えて手で顔をパタパタと扇いで顔の火照りを冷ます。
少しだけ落ち着いてから教室に戻った。
「紘ちゃん、大丈夫?」
茉梨が心配そうに駆け寄ってきた。
いつの間にか担任の先生が下駄箱組の方へ行ったらしく教室の中はのんびりとした雰囲気で掃除していた。
「大丈夫って何が?」
心配されるような事は何もなかったはずである。
思わず私は茉梨に聞き返してしまった。
「藤島君がバケツ2個持って来たからどうしたのかと思って聞いたら目にゴミが入ったらしいって言ってたから」
「だから俺が2つとも持って来た、紘は後から来る。っても言ってたよー」
茉梨と他のクラスメイトに状況の説明を受けて納得した。
どうやら遅れてくる事への根回しもしてくれたらしい。
茉梨達が黒板にわざと濡れ雑巾でお絵描きしている結哉へと視線を向けていたので私もそちらを見ながら答えた。
「もう大丈夫。心配してくれてありがとう」
私は大丈夫との意味を込めてニコッと笑顔を茉梨に向ける。
「床掃除終わったし雑巾がけしちゃお!」
「男子ー、あんまりふざけてると先生が来た時怒られるからねー!」
渋々遊ぶのを止め雑巾がけを始める男子は結局、誰が一番早く雑巾がけを出来るかと遊んでいてバケツの水をひっくり返し先生に怒られる前に女子に怒られたのであった。
ーーーーーーーーーーーー
帰りのホームルームも終わり帰る時間だ。
私は掃除の時の事を思い出し少しだけまたドキドキしてきた。
(呼び出し受けたんだよね…、えぇと4時に理科室前……うぅ、緊張する…)
何の話かも分からないのにドキドキで緊張してしまう。
私は椅子に座って机の上の鞄に両腕を伸ばし顔を乗せる。
教室にはすでに半数以下の生徒しか残っていない。
残っている生徒達もゆっくりと帰り支度をしている為殆どが立っている。
「あれ?紘ー。帰らないの?」
鞄の上で腕を組み顔を乗せている私に彩葉が声を掛けてきた。
「彩葉ちゃん、図書室行って本借りようか悩んでたの」
本当は違うことで悩んでるんだけど。
結哉に呼び出されているなんて言ったらニヤニヤとからかわれるだろうし…でも、本当はドキドキの心臓バックバクだから彼氏持ちの彩葉の意見も聞きたいとは思う。
でも…なんだろう…
言わないほうが良い気がした。
「図書室かぁ、今借りたら休み明けの返却でしょー?あたしだったら忘れそうだわー」
忘れっぽいからさーと付け加える彩葉に笑いながらそんな事無いでしょ?と返す。
「彩葉ちゃんは彼氏待ち?一緒に帰るんでしょ?」
「うん、そう。樹待ち。冬休みになったら勉強会と称して会うんだー」
楽しそうにニッコリ笑う彩葉は恋する乙女でとても可愛らしい。
「勉強会かぁ、良いなぁ。私もやりたい」
「やれば良いじゃない。あたし達とやるついでに結哉も呼べは良いんじゃない?」
アッサリと一緒に勉強会すればいいなんて提案してくる彩葉に少し驚いていると教室の後ろのドアから彩葉を呼ぶ少し低めの声が聞こえてきた。
「彩葉、お待たせ。帰ろう」
「あ、樹!じゃぁね、紘。また明日、バイバーイ」
嬉しそうに彼氏の所へと行く姿は恋する乙女でとても羨ましく思える。
(私もいつかあんな風に楽しそうに、嬉しそうに笑って好きな人の隣に立てるのかな…)
結哉の顔が浮かんでは消えていく。
呼び出された時間まではまだ少しある。
教室の中に人はもうまばらでその中に結哉の姿はなかった。
時計を見ると時刻は3時半になった所だ。
「…図書室行こっ」
一人呟いて鞄を背負って立ち上がると教室から出て廊下を歩く。
図書室は廊下を真っ直ぐ行けば有るが、理科室は2階に有るので階段で降りなければいけない。
教室棟とは反対側の為、あまり人が近付かないのだ。
理科室と家庭科室が2階にあって3階には図書室が有る。
教室棟にも階段はあるが図書室前にも階段があり降りたらすぐに理科室なので大丈夫だろう。
私は図書室へ入り借りたい本を2冊ほど選び、貸し出し登録をする。
返却日は来年の1月、冬休み明けすぐだった。
鞄に本をしまい、図書室の時計を確認する。
3時50分だった。
そろそろ行かないと。
急いででも静かに図書室から出ると階段をゆっくり降りる。
途中で止まり、深呼吸をする。
すーはー、すーはー。
胸のドキドキは止まらない。
タイミングも大事だけど気持ちも大事って今日、話てたよね。
きっと今なんだと思う。
ゆっくりと目を閉じる。
目を閉じて想うのは君の事。
思い浮かぶのは優しくされた事に優しい笑顔。沢山の言葉。
好きだと想いを伝えよう。
決心して目を開ける。
そして階段を一歩一歩しっかりと降りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます