早感病
「お入りなさい」
医者の呼びかけに、その青年はのっそり部屋に入ってくると、医者の前に置かれた丸椅子に腰かけた。その動作は全てがわざとらしいほど重く、医者に不快感を与えた。医者は青年の動きに我慢ならない様子だった。動作が遅すぎる青年に対し、医者は彼が椅子に腰かけるや否や、早口で問いかけた。
「どんな症状ですかな。顔色は良さそうですが」
「仮病を疑わないでほしいものです。私は深刻な病に犯されているのですから」
その口調は、スローモーション再生の用にのろかった。それがさらに医者を不快にさせた。
「疑ってなどいませんよ。どんな症状なんです」
青年は医者のことをじっと見つめた。中々言葉を発しない。思考するのもゆっくりなのだ。
「時間が過ぎるのが早すぎるのです。全てのことがあっという間に過ぎていきます。時間感覚は人それぞれでしょうが、私の場合、いつも早すぎます。これが異常だって気づけたのは、周囲の人たちの動作や思考が早すぎるからです。僕の時間感覚は異常に早すぎるのです」
「悪いことじゃないでしょう、時間が早く過ぎるというのは」
「あなたに僕の気持ちがわかりますか。テストは時間が無くて解けないし、スポーツは勝てません。悔しいのは、僕は地頭も運動神経もいいということです。時間さえあれば、といつも思っています。また、何より恐怖に襲われます。一年がまたたく間に過ぎていくのです」
彼の口調は相変わらず遅い。青年の話を聞くことは、カタツムリがある地点から別の場所まで移動していく過程を観察するよう強いられているかのようだった。青年の話が終わるや否や、医者は食いぎみで言った。
「早感病です」
「なんです」
「あなたの症状は早感病です。脳のある部位の機能が低下することで、あなたは時間の流れを早く感じているのです。安心なさい。一発で治る薬があります」
青年の表情が、萎んだ和紙に一滴の水を垂らしたように、奇妙な遅さで不安から喜びに変わった。この反応には、医者も少し面白がった。
「なぜ、今まで僕は病院に来なかったのでしょう」
「後悔する必要はありません。さっさと薬を受けとり、お帰りなさい」
青年は揚々とゆっくり部屋を出ていった。
医者は背もたれに深く身を倒し、ため息をついた。何もかも遅いのを相手にするのは、なんと疲れるものだろうか。
医者の疲れも知らず、次の患者が入ってくる。若い女だ。顔色が悪く、ひどく咳をしているが、おそらく普通の風邪だろう。医者にとって耐えられないのは、鼻水をすする音や、体調の悪い憂鬱な視線が、スローモーション再生のように感じられることだ。
医者は口の中でつぶやく。
「まったく、時間の流れが遅すぎる。私からしてみれば、さっきの青年の症状が羨ましくてならない。早く、遅感病の治療方法も確立してほしいものだ」
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