隕石

 数世紀前の出来事であったら、それは人類滅亡を意味していただろう。

 月より一回り大きい隕石が、地球に向かってきている。それが一大ニュースであることは確かだったが、何か好奇心の芽生えるよな、余裕を含むものだった。なぜなら、十分に発達した軍事設備は、遠い宇宙から運ばれてきた石ころを破壊するのに、十分な精度と威力を持っていたからだ。ミサイル技術者は連日テレビに出演し、いかに簡単に、今の技術なら小惑星のひとつやふたつ粉砕できるかどうかについて、揚々とした調子で伝えた。

 とにかく、迫りくる隕石に対する世の風潮は、ちょっとしたお祭りのようなものだった。どの番組でも隕石のことばかり取り上げ、SNSでは連日トレンドとなった。その裏では、人類最高峰の頭脳が、隕石を破壊する計画を練り上げていた。

 そんな中、あるメッセージが宇宙から送られてきた。その内容は、次のようなものだった。

「こんにちは。こちらはバボ星人です。我々は、あなた方が今頃『隕石』と呼んでいる惑星に住んでいます。単刀直入に申し上げます。我々にとって、迫りくる脅威はあなた方が住む惑星なのです。我々からすると、あなた方の惑星の方こそ『隕石』なのです。事態は複雑なことになってしましました」

 そのメッセージを受け取った人類は、地球外生命体との接触に歓喜を覚えたが、その内容は喜ばしくないものだった。あの隕石に、たった今通信を送ってきたバボ星人が住んでいるというのである。

 高度な文明を持った者が、そこに住んでいる。彼らが言うように、確かに自体は複雑になってしまった。いっそのこと、この電波を受信する前に、ミサイルを撃ち込んでしまえばよかったなんて、そんなことを考えたりした。しかし同時に、次のことも察せられた。地球に対して、人間の言葉を使って通信を送れるほどの文明を持つ彼らなら、地球を破壊するミサイルだって持っているだろう。ミサイルではなくメッセージを送ってくるということは、人類よりも道徳心が発達しているからなのだろうか。とにかく、不意の一発を食らわなかっただけでも、一安心だった。

 地球側はすぐに次のような電波を送った。

「ご連絡ありがとうございます。友好的なお言葉に、感謝申し上げます。こちらとしては、人類とバボ星人、双方が納得できる解決策を考えたいと思っています」

「理解のあるお言葉に、感謝します」

 そうして、温かい雰囲気でバボ星とのやりとりは始まった。しかし、いつまでたっても解決策は出なかった。どちらかの星に移住するという案は、地球とバボ星どちらの技術でも、不可能なことだった。着実に両者の星の距離は近づいてきている。焦りが生まれる。やがて、交わされる内容は棘のあるものになっていく。

 ついに、交わされるメッセージは、どちらが生き残るべき惑星であるか、ということに変わっていった。

「我々の星は、あなた方の星よりも遥かに大きいです。よって、定義としてはあなた方の住む星を『隕石』とするべきです」

「そちらの人口はいくつですか」

「約六十億です」

「我々は百億以上います。あなた方にとっては我々の星は小さいかもしれないが、体の小さい私たちにとっては、立派な惑星なのです。命の数で言えば、こちらの方が勝っています」

 いつまでもこんなやり取りを続けているわけにはいかない。答えを出さなければならない。そろそろミサイルを撃ち込み、あの惑星を破壊しなければ、破片が地球に降り注ぎ、手遅れとなってしまうのだ。もしくは、正面衝突となり総倒れだ。

 ついに地球側は、こんなメッセージを送った。

「あなた方バボ星人は、素晴らしい人格の持ち主です。この緊急事態において、高い文明を持ちながら、力ではなく道徳で場を収めようとしている。しかし、それは無理な話です。事態を収めるには、戦いしかありません。我々人類は、バボ星に宣戦布告します」

 先ほどメッセージとともに、惑星を破壊するミサイルをバボ星に向かって放った。実を言うと、メッセージより先にミサイルは放たれており、ちょうど彼らがメッセージを受け取ったタイミングでミサイルは彼らの星に着弾するようになっていた。反撃はさせない。戦争にきれいごとはなしなのだ。

 計算通り、ミサイルはバボ星に着弾し、宇宙の彼方で一粒の閃光が浮かんだ。これはしょうがないことなのだ。できることはしたのだ。

 バボ星からメッセージが届いた。今はもう存在しないバボ星からだ。それは、彼らの最後のメッセージだった。次のようなものだった。

「我々は、敗北を受け入れる。我々が問答無用にミサイルをそちらに撃ち込まなかったのは、撃ち込むミサイルがなかったからだ。それはもう使い果たしてしまった。……もう何百回と、同じことが繰り返された。文明を持った惑星との衝突、これは偶然ではない。宇宙で何か大きな力が働いているのかもしれない。これからのあなたたちのことを思うと、胸が痛む。これからは、我々のようにはいかない。血気に満ちた、悪賢い奴らとの、血なまぐさい戦いが、負けるまでずっと……」

 線香花火の残り火のように、寂しく消えていくバボ星の欠片の後ろに、ひとつの惑星が見えた。それは、確かに地球に向かってきている。そして今、宇宙から地球に届けられたのは、メッセージではなく、一発のミサイルだった。

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