第20話 別れ

 「向こう側」の彼女がアメリアの呼びかけに応えるには、そう時間は掛からなかった。風もささやかながらそれの手助けをし、取り残された四人は再び希望に満ちた笑顔に戻った。アメリアは大きな声でリリに今の状況を説明した。自分たちに何が無く、何を欲しているかはヤンが補足として説明をした。そうしているうちにリリの後ろにはテオとペトロ先生が現れた。リリが四人の状況を彼らに説明すると、軽く頷き「もう少し待っておいてくれ」と四人に伝えた。


 ペトロ先生は後ろに下げていた大きなザックから大きなかんじきを一足取り出し、自らの靴の上から履いた。


 左足をそっと泥の上に置くと、少しだけ沈み橇に泥がまとわり付いたが、それ以上足が沈むことはなかった。ペトロ先生はもう片方の足をゆっくりと泥の上に置いた。両足はそのまま沈むことなく、ペトロ先生は泥の上に立つことができた。


 もう一度左足を上げた時、少しだけバランスを崩しそうにはなったが、何とか体制を維持し、一歩また一歩とヤン達のところへ近づいていった。


 ヤン達は不思議な気持ちだった。あれだけいろんな策を練っても不可能と思われた土砂の上をペトロ先生は渡ってきている。もうすぐそこまで我々のところまで来ている。ペトロ先生の足が一歩進むにつれて彼らはグッと手を握り締め、心の中で応援せずにはいられなかった。


 風をものともしかなった。ペトロ先生はなんとかヤン達のところへたどり着いた。サラをは飛び上がって喜び、タムも思わず手を叩いて喜んだ。アメリアはホッとした表情を見せ、ヤンは「ありがとうございます」と先生にお辞儀をした。


 その頃、リリとテオはトンネル側にいた。彼らも村へ行くには橇を使って渡らねばならない。ところが、ペトロ先生が持ってきた橇はあと一つしか無かったのだ。リリはそれを二人でどう使うかを考えていた。


「テオさん、私をおぶってくれますか?」


 リリは突然そんなことを聞いた。テオはケタケタと笑い、「もう歳だからそんなことはできないよ」と答えた。そして、「もうここでお別れだ」と続けた。


「私はもう村へ戻るつもりは無いんだ。もしこの道が復帰できたら、またいつでも遊びにおいで」


 リリはイヤだと言いそうになった。本音としては村に一緒に戻りたい気持ちがあった。しかし、その時ふとテオが話してくれた話が頭をよぎった。彼はもう戻りたくても戻れない。ひっそりと一人で生きる余生に決めたのだ。


「約束です。また遊びに行きます!」


 リリはできるだけ元気に答えた。そして、側の木に立てかけてあったかんじきに手を取り、自分の靴に装着した。リュックを背負い、恐る恐る土砂の上にひ右足を置く。左足を置いた時、強めの風が吹いて少しよろけたが、なんとか両足で立つことができた。リリはそのまま後ろを振り向き、テオに向かって別れの挨拶をした。


「さようなら!」


 テオもそれに手を振って答えた。


 少しずつ慎重に歩を進めるリリの瞼には涙がかすかに浮かんでいた。それは冒険を途中から手助けしてくれたテオを別れることの悲しさ、テオが自由に村に行くことのできない悲しさ、とうとうヤン達四人に会える嬉しさからである。

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