第11話 テオによる述懐 その一
これからの話をするにはリンガン村で採鉱されている物質、ヤンタリウムについて説明しなければならない。ヤンタリウムという一見、ザラザラとした乳白色の丸っこい石がこの界隈の山で採れることがわかったのは約千八百年前になる。暗闇の中に置くと発光が始まり、棒でつつくと火花が出る。発見されて間もない間もない頃は、その性質からサーカスや手品など、見世物程度の需要しかなかった。採掘されてから約四百五十年後、研究が進み電気を帯びたこの物質は六十年ほど持続する電池の材料に使われるようになった。時を同じくして、電気という存在が世の中に与える影響が徐々に広がりを見せ、このヤンタリウム電池が注目されることとなる。
我がエフ社が本格的に大規模なヤンタリウムの鉱業を始めたのが千三百年前くらいになる。その頃には研究はさらい進み一つ電池で一つの家庭の電力を賄えるようになり、人口増加と電力需要もあってかその後の採掘量は増加の一途をたどっていた。リンガン村もそのあたりから鉱業に従事する者が各地から集まり、少しずつ活気が出てきた頃だった。増え続ける需要に対応するため、千百年前にはヤンタリウムを鉄道で搬出する拠点として、ユス・バイラン駅が開業した。
私がエフ社に就職した頃もユス・バイラン駅は人と列車が絶えることがなかった。この車両基地も選鉱済みのものはすべてここに送られ、貨車がやってきては鉱石を満たして村を去った。ここで働く人も仕事でやってくる人もみんな生き生きとしているように見えた。この村もいずれは町へと変わってゆくのだろうという展望と希望を持ちながら。
その頃、私は駅のすぐと隣に建つ四階建ビルのエフ社総務部で働いていた。正直なところを言うと、仕事自体はあまり面白みのあるものでは無く退屈の部類に入るものだった。ただ、その仕事の中で各部署に周り、時に社外を俯瞰することによってこの会社の動き、ひいては世の中、時代を動かす一端を担う瞬間を眺めるのが好きだったのだ。
ある日、ある女性が総務部へお菓子を配りに来ていた。近くにいた同僚から聞くところによると、彼女はお菓子造りが趣味で自身が所属する部署に配ることは勿論のこと、時折こうして他部署にも配りに来てくれるという。真っ白いシャツに薄いカーキー色をしたスカートを纏った彼女は一人ずつお菓子を配っていった。
やがて私の席にもやってきて「おひとつどうぞ」と丁寧に包まれた少し細長いお菓子を手渡された。私は一言「どうも」と会釈をしてそのお菓子をいただいた。
「もしよかったら感想お聞かせくださいね」
そう言ってにっこりと私に笑顔を見せ、颯爽と総務部から去っていった。花のような笑顔が素敵だった。私がその女性に惹かれる理由はそれだけで十分だった。
包みを外して薄い黄色がかったその焼菓子はほのかにマーマレードの味がした。彼女はラダ・マイエルといって外商課に所属していた。
だが、私は不器用だった。他人からもそれを指摘され自分でも呆れることがあるくらいに不器用だった。タイミングを見計らってプレゼントを片手にさぁプロポーズとはいかなかったわけである。ただ今思えば想 伝えたい気持ちは強かったのだろう。仕事をしながら、心の中ではどういった言葉でデートに誘おうか、あるいは気持ちを伝えるかなどについて想いを巡らせていた。
一方、社内外で不穏な噂を耳にした。ヤンタリウムを使用すると飛散する緑色の粒状の物体が、人体に奇妙な影響を及ぼしている可能性がある旨が研究室に報告されていると耳にしたのだ。
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