第9話 緑の粒の正体

 季節は夏から秋が混ざろうとする頃、暗い車両基地には残暑が入る隙がなく半袖でも肌寒くすら感じるくらいひんやりとしていた。かつて人がいた証となっている何本もの線路やバラバラに止まったまま放置された貨車には砂埃すなぼこりが溜まる。ただただ静かで、二人の立てた足音を除けば、日の差す方向から聞こえる水の流れくらいが遠くから聞こえるくらいだった。リリは突然現れた老人の照らす懐中電灯の光に目を細めた。その眩しさでふと我にかえり、自分の置かれている立場とここから先どんな処遇が課されるかの不安がどっと押し寄せてきた。

 

「君は村の子かい?どうやって入ってきた?」


老人はそう聞いたが、リリ自身はさも尋問で問われる設問に聞こえたのか答えようにも思うように唇が動かなかなかった。足は震え、怯えた目を老人に向けるだけだった。

 

「別に怒っているわけじゃない。大丈夫だ」


薄汚れた白のシャツにボロボロになったカーキー色のズボンを履いた老人はそう言って笑った。


「ついてきなさい。すぐそこに私の住む家がある。傷の手当てをしてあげよう」


「傷?」リリはそう思いながら右手を見た。指には切り傷がたくさんあり、左腕には擦り傷もあった。紆余曲折ありながらもここまで辿り着くまでにできた傷は、気付いた瞬間からジクジクと痛み始めた。


「……はい」


リリはその時初めて声を出して老人の言葉に応えた。リリは老人から少し間を空けて歩いた。その間を緑の光る粒が通り過ぎて離れたり、近付いたりをくり返す。老人の白のシャツに蛍が取り付いたように青白く光る。


「あの……取り急ぎ一つだけいいですか?」


「なんだい?」


老人は歩く方向のみを見ながら答える。


「この緑の粒々って何なんですか?虫か何かなんですか?」


ああこれかと言って老人はケタケタと笑う。


「これはな。そうだな。一言何かと言われると時間の流れを遅らせる粒だ。その粒が集まると、その辺りだけ時間の流れが遅くなるんだ」


リリは老人の言った意味が全く理解できなかった。そんな現象が実際にあるのかと疑問に感じた。老人は後ろを振り返り、リリのキョトンとした表情を見て、またケタケタと笑った。


「こう考えるといい。炎か何かで暖かくなった空気は、他の空気と混ざることで揺らいで見えることがある。あれと同じように緑色の粒が『他の時間』、いわゆる君が普段生活している場所で流れる時間の中に入ってくるとお互いに影響を及ぼして、結果その辺りの時間が通常より遅れて進むようになるというわけだ」


リリはあまり実感が湧かないようだった。


「例えば……」


老人はそう呟きながら貨車の下にいた緑色に光るネズミを指さした。


「そこのネズミなどは、ここで生活していると時々見かけるが、どうやら緑の粒で体を覆っている、いや覆わされているかもしれない。あるいは寄生されているような……生き物ではないからその言い方は適切ではないかもしれんが。こいつは恐らく百年近く生きているかもしれん。私がこうして今のように住み始めた頃には既にあの姿でいたのだからな」


 リリはこの説明に、見えない恐怖心を抱かないわけではなかった。このネズミがそうであれば、目の前にいる老人だって例外ではない可能性もある。そしてリリ自身もこの車両基地を含めた駅の「時間」に片足を突っ込んでいるかもしれないのだ。


 リリはここの出る方法を早めにこの老人から聞き出し脱出したほうがいいのではないかと考えた。でなければ、村へ戻ったらリリの祖母はもちろん、母すらもこの世から去ってしまっているくらい時間が経過しているかもしれない。ヤン、サラ、アメリア、タムは皆大人になっている可能性も。ただ、それ以上に今はここまで来るまでの紆余曲折で疲れと空腹が緑の粒を勝っていた。


「さあここだ」


リリがこの場所からの脱出方法について切り出そうとした時、老人は我が家の入り口へ案内した。

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