【悪代官×染物職人】女好き悪代官が染物職人に一目ぼれし、越後屋と結託して陥れようとする話【時代劇BL】

@minimoti9

第1話【時代劇シリーズ】御代官様は昔気質の染物職人を妻にしたい #1



「御代官様、こちらをお納めください」

「おお、いつも悪いな、越後屋」

「いえいえ、わたしどもの商いが順風満帆にいっておりますのも、ひとえに御代官様のお力あってのこと。どうぞどうぞお納めください」

「うむ。」


この地で大商人と呼ばれる越後屋の奥屋敷の一角で執り行われるひそやかな取引。

黄金色の菓子が入った箱が代官である水野に手渡される。

水野は一つ菓子を開けてみては、中の菓子をかじってみる。

かじれるはずもない。それは小判だ。

ずっしりとした箱に口角が自然と上がる。菓子をしまって箱のふたをまた閉める。


その様子を満足げに見ていた卑しい顔の初老の男、越後屋は満足そうにうなずいた。


「ところで越後屋」

「どういたしましたか、御代官様」


金が手に入ったら、次に考えることは決まっている。


「確か町のはずれの染物職人の家にたいそう美人な娘がいるそうだな」

「ああ!小夜のことですね。有名な娘でございます。なんでも町一番の美人と言われておりまして…」


そこまで言うと越後屋は言葉を区切り、苦々し気な表情をする。


「ただその兄がですね。銀治という昔気質で頑固者でして…。これが染物の腕はぴか一でしてね。

ただ、扱いずらい。何度もうちと取引するように言っているのですが、すげなく断られていまして…。」

「なるほど、越後屋。お前はその兄貴の腕が欲しい。そして俺はその妹の小夜が欲しい。ということだな」

「その通りでございます。さすが御代官様は話が早い」

水野の言葉に越後屋は大いに相槌を打ち、納得した。

「心得た。万事うまくとりなしてやる。代わりに…」

「ええ、もちろんでございます。銀治の染物であれば商売繁盛間違いなし。ますます御代官様にはおもてなしできるかと存じ上げます」


ろうそくの明かりに照らされて、にやにやといやらしく二人で笑いあう。

月もなく、暗く静かな夜に呑まれて、誰が知ることもなく、夜は更けていく。










水野は自らの屋敷に戻ると、服を着替え、浪人とも見まがうような恰好をする。


昨晩越後屋から聞いた娘の話がどうしても気になったからだ。

実際に目で見て確かめなければ、村一番の美人などと言われているのだから、それはそれは大層な美しい娘なのだろう。

期待に胸を膨らませる。そして下半身ももちろん膨らませる。


春画で見た様々な美人を思い浮かべながら、そそくさと支度をする。


身代わりに万事頼むように言うと、身代わりは「あなたもお好きですね」と呆れたように返される。

身代わりのくせに偉そうだ、お前も好きだろう、というと「やれやれ」と言って引っ込んだ。

代官である俺に対しての敬意のかけらもない様子に腹が立ったが、それよりも女だ。


俺は屋敷を歩き回る役人の目を潜り抜け、門を出た。


※※※



村はずれの小夜の家は一日もかかる距離だった。


たどり着く頃にはゼイゼイと息が上がっていた。普段は書類仕事ばかりしているため、足腰がなまってしまっているらしい。

しばらく道場にも通えていなかった。

柳生先生に頼んで稽古をつけてもらおうか、などと考えていると夕暮れの中、ぽつんと丘の上に小さな掘っ立て小屋の家が見えた。


ちょうど木の扉を開けて中から人が出てくるところであった。

慌てて隠れようとしたが、隠れるところがなく、突っ立っていると目が合った。


「何もんだ?あんた」


男だった。

20代前半だろうか。

鋭い眼光がこちらを射抜く。


男が大股でずんずんとこちらに近づいてくる。


「…はっ」



俺は動くことができなくなった。


恐れたのではない。


脚の疲れからでもない。





男と目が合った瞬間、電流のような衝撃が体を駆け巡った。



魅入られてしまったのだ。その男に。



夕陽を背負ったその男はこの世のものではないように思えた。



そう、その男は今まで見てきた男の中で一番、いや女も入れても一番美しい顔をしていた。

顔だけでない。すべてが綺麗に感じたのだ。


粗末な服を着て、髪もぼさぼさの総髪のくせに、不思議と気品があった。


「あ、いや、俺は…。」


とっさにうまい言い訳を思いつかずに、ついに目の前までやってきた男に対してどもってしまう。

こんな失態、今まで生きてきた中で一度だってなかった。


下を向くとすらりとした手に青い染料がしみ込んでいるのが見えた。

それすらも綺麗に感じて手を伸ばし、思わず手を触ってしまった。


「はっ!いってぇなんだよっ」


びっくりして手をひっこめた男は2,3歩後ずさる。

拒絶されたことにチクリと胸が痛む。

男は得体のしれないものでも見るような顔で俺を見ると、これからどうしようか考えているようだ。


「お、俺は、た、た、った…」


俺は代官だ、今すぐお前を屋敷に連れていき、俺の妻にする、と言いたくて、全く言えず、意味のわからない音が口から出てくる。

女に対してはたやすく歯の浮くようなセリフを言えるのにどうなっているのだ。

目の前の男には言葉一つも満足に紡げない。


「ああ゛?食べ物が欲しいのか?ああ、物乞いにきた浪人か、待ってろ分けてやるから」


男は俺の言葉を都合よく解釈すると、元来た道を引き返す。

「行かないでくれぇ…」と手を伸ばすが、すでに掘っ立て小屋に入っていってしまった。

絶望した面持ちで立ち尽くしていると、やがて男が戻ってきた。


「ほらよ」


そう言って差し出したのは何本かのサツマイモだった。

こんな粗末な施しをもらうなど腹立たしいことでしかないはずなのに、胸のあたりが温かくなる。

無性にうれしくなって、涙が出てきた。


「…あ゛りがどう゛」


男は俺の涙の理由をよほど飢えていて、施しをもらったことをうれしかったからと思ったようだ。

頭を掻いて、ふーっと息を吐く。


「まぁこのご時世お侍さんでも大変だろうが、町に行けば職の一つや二つ見つかるさ。

悪いがこれ以上施しはできねぇ。こっちも大変なんでな。だからここには二度と来るなよ」


男はそう言うとまた元来た道を引き返そうとした。

俺は何とか男を引き留めたくて、その背中に声をかける。


「あ、あ、あんたのな、名前を教えてくれ」


「銀治」


男、銀治は振り返らずに手を振ってこたえた。



※※※




俺はその後何とか元来た道を引き返すと、無事に自分の屋敷にたどり着いた。

たどり着く頃には日は落ちかけて、空は白くなっていた。


「随分とまぁ遅かったですね」


自分の部屋の如くくつろいでいた身代わりが帰ってきた俺に声をかける。


「それに汚くて臭い」


身代わりは自分の鼻を覆って、わざとらしく顔を顰めた。

普段なら身代わりのそれに叱責するだろうが、今日の俺はとにかくすこぶる気分がよかった。

銀治からもらった芋が宝物のように見えて、大事に抱きしめる。


「そんな芋好きでしたか、あなた」

「いや、別に」

「なんなんですか、帰ってきてからおかしいですよ、変な薬でもひっかけましたか?」

「薬じゃない」


俺は言葉を区切ると夢見心地でつぶやいた。



「恋に落ちだんだ」


うっとりと銀治を思い出しながら、芋を抱きしめる。


「はぁ?」


俺とそっくりな身代わりが顔を歪めて俺を見るのはちょっと気持ち悪かった。








「どうすれば、どうすればあの男を俺の妻にできるんだ?」


ぐるぐると無駄に長い廊下を歩き回り考える。

執務中も目の前の山盛りの書類仕事が手につかず、男のことばかりを考える。

電流だ。雷に打たれたことなどないが、それくらい激しい衝動だった。



頭の中から勝手に妄想が浮かび上がってくる。

例えば、俺が仕事に行くときに着物を着せ変えてくれる銀治。

いい、いいぞ、あいつは染物職人だから俺にぴったりな着物を染めてくれるだろう。

仕事で疲れて帰ってきた俺に膝枕をして、耳かきをしてくれる銀治。

膝は柔らかくないかもしれないが、絶対安心する。気持ちよくなって寝ること間違いなし。


そして、一番考えるのは寝所での妄想。


若いし、あの掘立小屋に妹と二人暮らしだろうから経験も薄いはずだ。

粗末な着物からのぞく引き締まった体はどんな手触りがするのだろう。

あの落ち着いた声はどんな喘ぎに変わるのだろうか。

接吻したらどんな顔をするのだろうか。

余すところなく、あの男を味わいたい。


むくむくと膨れる妄想に浸っていると、慌てたような声で

「御代官様!」

と部下から声をかけられた。

おっとまた暴れん坊が顔を出していたようだ。

俺は慌てて便所へと向かった。


※※※※


いつもの通り月のない新月の夜に、大商人の越後屋の屋敷に忍んで向かう。

すぐに下男が出てきて、屋敷の奥に案内した。

勝手知ったる越後屋の屋敷の奥の部屋を開けると、いつもの通り変わらない悪人面が出迎えた。


酒を酌み交わしながら、ゆったりと話をする。


「御代官様、小夜のことはもう見られましたか」

「あ、ああ、まだだが」

「なんと、御代官様のことだからすぐにでもお忍びで見に行かれるのだと思いましたが…」


どこか呆けていた俺は越後屋の言葉にはっと我に返った。

そういえば、俺は小夜という銀治の妹のことをすっかり忘れていた。

町一番の美人といわれる女のことを!


女好きで知られる俺は美人がいると聞けば、どれだけ仕事があろうが、どれだけ忙しかろうが、すぐにでも行動を起こす男だった。

見に行って、機会があれば自分のものにする。

世の中の美人を目に焼き付けて死ぬ。

それは俺の信念だったはずなのに。


「御代官様、具合がよろしくないのですか?御代官様」


越後屋が俺を現実に引き戻してくれた。

俺は気づいた。

今まで何に現を抜かしていたのだろう。

俺が本当に求めるのは女だ。

柔い、かわいい、綺麗な女だ。



衆道を否定するわけではないが、あれは何とも肌に合わなかった。

それよりも女の方がいいに決まっている。


「俺はなんと愚かなことをしていたのだ。ゆくぞ、越後屋。小夜を我が物にするのだ」

「万事心得ましてございます」


いつもの調子を取り戻した俺に越後屋が満足げにうなずいた。










転機が訪れたのはその月の終わりだった。


木枯らしが吹き荒れる肌寒い日だった。

ある晩、染物職人の弥七という男が一人夜道を歩いていると、突然切りかかられ、手に深い傷を負ったのだという。

弥七を襲った下手人は、はっきりと顔はわからなかった。しかし、手には青い染料がしみ込んでいた。


とまぁ、こんなあらすじだ。

それは果たして、越後屋の仕組んだ罠だった。


弥七は同じ染物職人である銀治にひどく嫉妬していた。

以前弥七は献上品をめぐった勝負で銀治に負け、職人として恥をかかされたことを今でも恨んでいた。

だから銀治をハメたい、という越後屋の甘言に二つ返事で頷いた。


さらに越後屋は事を荒立てるために、銀治に恨みを持つ職人を2,3人連れてきた。

銀治は腕がいいゆえに、自分にも他人にも厳しく、決して仕事で妥協しないのだ。

それゆえ、ともに仕事をしていたものの中には、銀治のことを恨む人間が少なからずいた。


後は弥七と同じように嘘の証言をさせ、証拠をでっちあげ、金を握らせればそれで幕引き。

俺は銀治をひっ捕らえ、妻に…ではなくて、取引をさせればいい。

妹を俺の妾にすることと、越後屋で働くこと。

そしたら開放してやり、不自由ない暮らしを約束してやること。


だが、…。

小夜のことを考えてもなぜだか心が惹かれない。

銀治も美しい男だったから、小夜もかなりの美人であろうことは予想がつく。

しかし、どうだろう。本当に小夜を妻にすることで俺の心は満たされるのか。


…直に小夜を見たことがないからだろう。

俺は結論付けた。

銀治の印象が強すぎたのだ。

きっと小夜を直に見れば俺も変わるはずだ。



それよりも早く銀治をひっとらえさせよう。小夜もその時じっくりと見ればいい。

じっくりと奥の奥まで。


さっそく部下に命じると、人をお縄に懸けるためだけに生きているようなこの男は、

「はっ、明日の朝すぐに連れてまいりましょう!」と望む答えを口にした。



※※※



風呂を済まし、寝所へと向かう。

つつがなく銀治と小夜をひっとらえた部下には褒美を取らせ、小夜は俺の寝所へ連れてくるように指示させていた。


「御代官様もお好きですね」


加虐趣味があるこの男はにやにやと卑しい笑いを浮かべた。


「男の方はどうしましょうか?」

「好きにさせておけ。逃がさなければそれでよい」

「御意」



部下が下がると、俺はいよいよ小夜のいる寝所の障子の前で立ち止まった。


「ふーっ、すーっ、ふーっ」


深呼吸をして、トクトクとうるさくなる心臓を抑える。

この障子の向こうに夢にまで見た美人がいるのだ。

俺が今まで見てきた美人、そんなもの足元にも及ばないはず。


障子に手をかけ、ふと銀治のことを思い出した。

そういえば、牢屋に入っているって言っていたが、大丈夫か。

酷いこと、されていないよな。



あの部下は仕事熱心すぎていらない拷問などを勝手に罪人に行うことで知られている。

あの部下のおかげで牢死した罪人を幾人か見てきた。


生かしてはいるはずだ。

俺は部下に殺すなと命じてある。


だが、しかし…。


もしあの部下が勝手に拷問を行い、銀治にひどい傷がついたら…。





いつの間にか俺の意識はあの夕暮れにあった。

銀治に初めて会ったあの日。


顔はまぶしすぎて直視できなかった。


目線を下げた俺の目に映ったのは、青い染料に染まったすらりとした手。

サツマイモを手渡しされたときのぬくもりが蘇る。




「ばかな」


俺はまたおかしな方向に舵を切りだした自分の妄想を叱責する。

これほどない据え膳を目の前にして、男のことを考えるなど、女好き失格だ。

お前は自分の信念を裏切るのか。




「待たせたな、小夜」


俺はそこらの女なら一瞬で骨抜きになるような低い声を出し、最高に格好つけて、障子を開けた。




そこにいたのは、





確かに美人だった。

美人だろう。







ただし、大きくなったら。






牡丹の柄の真っ赤な二人用の布団の上にぽつんと

座っていたのは年端も行かない子どもだった。


りんごのようなほっぺを真っ赤にして

べそべそと泣いている。


小さなもみじのような手で涙を擦るようにぬぐっている。



たいそうかわいらしく着飾っているが、涙と涎と鼻水を着物で拭ったせいで着物はぐちゃぐちゃだった。


はっきりって、俺は年端も行かない子どもをどうにかして喜ぶ趣味はない。

成熟した女性が好きなのだ。



たくましい想像がみるみるしぼんで、放心した。

(のちのち越後屋を問い詰めたところ「御代官様は私がどんなに美しい娘を紹介しても結局落ち着かなくてふらふらしているでしょう。御代官様の口から小夜の話を聞いたとき、ああ、少女が趣味なのかと思ったのですよ。はい。」と言っていた。とんだ名誉棄損だ。)


「御代官様、助けて!っ」


部屋に入る手前で障子を開けたまま放心している俺に、少女が容赦なく抱き着いてきた。

そこでべちょべちょ泣き始めるから、白い着物が鼻水と涙で湿っていく。

慌てて俺は少女の肩に手を置くと、できるだけ優しく問いかける。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?御代官様が聞いてあげるよ」

「あのね、あのね、…」


ひっくひっくとしゃっくりを上げながら、なかなか本題に入らない。

少女相手に急かすこともできずに、どうしたもんかと頭を掻いていると、ようやく落ち着いたのか話し出した。


「お兄ちゃんがね、おっかない人に連れていかれて、ひどいの、、、叩かれて、棒で殴られて、、、ひっく、、お兄ちゃん何にも悪いことしてないのに、う、うぁあああん」


小夜はまた大声を上げて泣きだした。

俺はだんだん頭の芯から冷えていくのを感じた。

だが、心臓はドクドクと早鐘を打つ。


「だいじょうぶだ、小夜」


小夜の頭をひと撫でする。

泣いていた小夜が顔を上げる。

その顔に銀治の面影を重ねてしまう。


「お兄ちゃんは御代官様が助けるから。小夜は安心してここで寝てなさい」

「本当に、本当にお兄ちゃん助けてくれるの?嘘じゃない?」

「大丈夫、絶対に助けるだって…」


水野は立ち上がった。


わかった。

わかってしまった。

自分の気持ちが。


小夜はぺたんと布団に座ったまま、水野のその大きな背中を見つめる。




「御代官様はお兄ちゃんのことが好きだから」



続く___


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