第2話
※人外×おじさん
「9日ですよ」
男が尻をついた白雪のすぐ後ろで声をかける。
白雪はさぁっと血の気が引くのが分かった。
「…どうして、治療するって」
「すいません。死んだ者は治療できませんでした」
はっきりと男が言う。
「だから、時間を戻してみたのです。もしかしたらこれで助かる可能性もあるかもしれない、わかりませんが」
「わかった」
白雪はそれだけ聞くと理解したようにうなずいた。
奇跡が起こったのだ。
今、今ここで息子は生きている。
ベッドの上で規則正しく呼吸を繰り返す息子、圭太を見た。
あたたかい命。絶対に失ってはいけない。
だとしたら、自分がするべきことは一つしかない。
「圭太を助けよう、絶対に事故に合わせないようにしなければ」
「わかりました。お手伝いします」
男が無表情で頷いた。
「圭太君が事故に遭ったのは帰宅途中の午後18時45分ごろ、岐倉交差点付近になります。そこで我々の観測は終えました」
「まさか、君は…っ君たちはずっと圭太が事故に遭って、息絶えるまで見ていたのか?」
「ええ」
思わずカァッと頭に血が上り、こぶしを握り締めた。
「我々は極力この星の生物活動に手を加えてはいけないと決められているのです。
今回のことはあなたの存在を鑑みての異例の措置になります、
それに圭太君は事故にあった時点で修復不可能な損傷を受けていました。
おそらく我々の技術でも治療はできないでしょう」
白雪は押し黙る。ここで押し問答を続けても、この宇宙人を問い詰めても結局は望む答えは出ないだろう。
「では行きましょうか、白雪教授」
「ああ」
白雪は進むしかない。
ただただ息子の命が助かると信じて。
それが誰のための道なのか、知る由もない。
「そういえば、君の名前は?」
「我々は本来、個という概念があまりありません。
だから名前もほぼないに等しいのです。
でも、そうですね。ミラと呼んでいただけるとうれしいです。
圭太君が好きな星でした」
「そうか、ミラくん。どうして君はわたしにここまで力を貸してくれるんだい?
本来こんなことやってはいけないことのはずだ。
わたしにだって、君がとんでもない大それたことをしているのはわかるよ。
わたしの価値だって、君たちにしてみればそんなに大したものじゃないはずだ」
ミラは少し、考える。宇宙人で地球人よりもずっと頭がいいはずなのに、頭で考えて望む答えを出そうとする姿は人間臭い。
「確かに、本来時間を戻すことはやってはいけないことです。
地球で言う禁忌に等しい。
しかし、どうしてでしょう。我々としてではなく、
僕としてはあなたを助けたい、あなたの望みを叶えたいのです。
その気持ちはどこからくるのか僕自身もはっきりと答えられないのですが、
やはり月並みに言えば、僕はあなたが好きだからなのでしょう」
他人事のようにミラは言う。
わたしはミラの言葉にまたどう反応していいのか困ってしまった。
「さて、そろそろこちらの『あなた』が起きだしてくる頃です。
鉢合わせしたら、つじつま合わせが大変でしょう。
そろそろ家を出てどこかでお茶でもしましょうか」
二人で薄明るくなり始めた街を歩く。
こんな朝早くにどこの喫茶店も空いているはずない。
ミラに従って歩いているうちに二人は繁華街に来ていた。
「ここにしましょう」
「…ああ」
疲れていた白雪は看板を確かめることもせずに、
ミラに従ってその建物の中に入っていく。
ミラは無人フロントで素早く手続きを済ませると、
エレベーターに乗るよう白雪を促す。
扉を開けて、白雪は思わず頭を抱えた。
「…ミラ君、君は知っていたのかい?ここがどういう場所かということ」
「はい、もちろんです」
無表情でミラが答える。
そこはいわゆるラブホと言われるところだった。
部屋一面の蛍光ピンクの壁。
部屋のど真ん中に置かれたキングサイズベッド。
透けて見えるシャワールーム。
そして、蛍光灯の灯りすらもピンク色で頭がくらくらした。
「てっきり何も言わずついてきてくれたので、あなたも同意の上だと思ったのですが…」
「ごめん、疲れていて、あまり確認しなかった」
ミラは相変わらずの無表情で答えるから、
冗談なのか本気なのかわからなくなってしまう。
でかいベッドの端っこにどっと腰かけると、白雪は疲れがどっと出てきた。
このまま横になって眠りたかったが、
目の前の男がじぃっとこちらを無遠慮に見るのでさすがに起きてしまった。
「…君は、わたしを、その、そういう意味で好きなのかい?、肉体関係こみで…」
自分で言っていて恥ずかしくなってくる。
今更こんな歳になって、(見た目は)若い男にこんなことを問いかけることになるとは思わなかった。
そもそも宇宙人に肉欲があるのだろうか。
どうか否定してくれ。
と思わず願わずにいられなかった。
「ええ」
相変わらず感情が載らない表情でミラは答える。
「我々は、確かに肉欲が少ない生物種であると思います。
しかし、僕はずっと圭太君を通して地球の観測を行っていたせいで、
人間にかなり近い感情、
さらに肉体もそのように変化しました。
だからこれはおかしなことではないのです」
「でも、どうしてわたしなんだい?
圭太を通して色々見てきたのなら、その、他のかわいい女の子とか男だって、
魅力的な人をたくさん見てきたはずだ。
どうして、こんな枯れたじじいを…」
「僕は誰とでも繋がりたいとは思いません。
人間ほど欲望に支配されているわけではないです。
僕はあなただからもっと深く知って、
深くつながりたいと感じています。
それはだめなことですか。おかしなことですか?」
「…ちょっと待ってくれ、整理を、頭の整理を…」
ミラは白雪をとんっとベッドに押し倒す。
軽い力なのに抵抗できずに、白雪の体は仰向けにベッドに沈み込んだ。
甘ったるい柔軟剤の匂いに包まれる。
「好きです。ずっと好きでした。受け入れてください。
大丈夫です。痛くはない。ただつながるだけです」
「待ってくれ、まっ…!」
言い終わる前に白雪の口を覆うようにミラが口づけをしてくる。
長く長く口内を味わうような口づけだった。
ゆるゆると舌が引き出され、何度も角度を変えて、深く深くなっていく。
何年も味わっていない、いやこんな激しいのは初めてかもしれない。
そんな口づけにとろりと白雪の理性も溶かされていく。
やがて離された口からは銀色の糸が二人をつなぐ。
至近距離で見たミラの瞳は、今まで見たことのない熱をはらんでいた。
真っ暗な宇宙の中に燃える星のようだ。
「どうか、目をつむってください。本当の僕の姿は人間にとってはとても醜い」
ミラの声はどこか懇願するような響きがあった。
白雪が目をつむると、ぐちゃ、ぐちゃ、という肉や骨がきしみ、脱皮していくようなひどく恐ろしい音がした。
思わず白雪は目を開ける。
「…はっ!」
そこにいたのはまさしく化け物だった。
粘土でつくったようないびつな人型の表面はつるりとしており、体毛はない。
手足と思われる部分からは何本もの触手がぬとぬととうごめいている。
胸から腹にかけて、大きな口が開いている。
そして、頭の部分には大きな大きな黒い瞳があった。
ミラはその黒い瞳でじぃっとこちらを見る。
その視線にミラの存在を感じたら、白雪の恐怖はなくなった。
そっと手を伸ばし、頭に触れる。
ミラは猫のように目を細め、白雪に甘えるように擦りついた。
「いいよ」
なぜか、白雪は口に出していた。
ミラはまた白雪を見ると、頭を白雪の額に擦り付けた。
触手が器用に動き、白雪の衣服を脱がしていく。
やがて白雪の体全部が触手に包まれていく。
それは羊水に包まれているようなとても安心する感覚だった。
「…あっ!」
唐突に目が覚めた。
そして、ベッドの横でじぃっとこちらを見ているミラと目が合う。
「…っ、今何時だ?」
「18時です」
「なんてことだ、早くいかないと…!」
「わかりました。では現場に行きましょう。ただし焦ってもしょうがないと思います。
なぜなら、あながたこの世界に干渉できる時間はすでに決まっているからです」
「それはどういう…っ」
「説明するよりも実際に体験する方が早いと思いますので、とりあえず岐倉交差点に行きましょう」
急いでシャツを羽織り、ホテルを出る。
圭太、圭太…!どうかどうか無事でいてくれ…!
※※※
岐倉交差点につく頃には、もうすでに空は暗くなっていた。
「圭太、まだか、圭太」
イライラとせわしなく貧乏ゆすりをするわたしの横でミラは
変わらず無表情で横に立っていた。
時計の針が、18時35分をさそうとするところ、
「圭太!」
圭太がやってきた。
耳にイヤホンをして、歩いてくる。
圭太が生きている!
圭太が歩いている姿を見たら、こらえきれずわたしは走り出した。
「圭太!」
前から走って呼びかけるのに、圭太は何の反応もしない。
音楽に集中しているのか?
「圭太!おい!」
圭太の腕をつかんだ。
掴んだはずだった。
しかし、その掴んだ腕はするりとすり抜けてしまった。
圭太は何もなかったようにわたしの横を通り過ぎていく。
焦った私はもう一度圭太に追いつき、肩をつかんだ。
掴んだのだ。
それなのに、わたしの手はやはり圭太の体をすり抜けた。
「なんで、どうして…っ!」
見ると圭太は横断歩道に差し掛かるところだった。
圭太が歩き出す。
「やめろっ、やめろおおおっ!」
わたしは走りだした。
圭太は青になった横断歩道を歩いている。
右側から自動車が、赤い自動車がこちらに向かって猛スピードで近づいてくる。
「圭太!圭太!」
わたしは走った。
神様、ああ、神様。
ミラは時計を見る。時計の針が43分を指そうとしていた。
…どんっ!
圭太は白雪によって突き飛ばされた。
そして、代わりに白雪が赤い自動車に跳ね飛ばされる。
しばらく自動車は衝撃で止まった後、全速力でその場から走り去った。
「観測を終了します。…圭太君の命は助かりました。白雪教授は----。」
白雪は病院のベッドで目を覚ました。
「とうさん!」
そして、ばふっと音を立てて再びベッドに沈み込んだ。
圭太が白雪が起きるや否やいきなり抱き着いてきたからだ。
「ちょっと、圭太君、白雪教授はけが人なのよ!」
看護婦が慌てて圭太を制止する。
「どうにか一命はとりとめましたがね、危なかったんですよ」
白衣の医者が隣で言っている。
「とうさん、なんであんな所にいたんだよ」
圭太は白雪に問いかける。
確かにどうしてあんなところにいたんだろう。
そして自分はどうしてこんな大けがをしているんだろう。
白雪はよく思い出せない。
「多分星を見に散歩でもしてたんだろうな」
「バカだな、本当バカだな。」
圭太が唐突にバカにしだしたので、
少しむっとした白雪はぼふっとベッドに沈んだまま
6月9日のことを思い出そうとする。
わからない。
なんでこんなに思い出せないんだろう。
「おそらく事故による後遺症ですね、念のためこれからも定期的に検査を行わせていただきます」
「そうですね。ありがとうございます」
事故による後遺症か。
よくある話だ。
頭を強く打ったらしいし。
むしろこの程度で済んだことが幸運だったのだろう。
「とうさん、星好きだったのかよ、だったら今度天体観測に山のほう連れてってよ」
「治ったらな」
そうだ、秋ごろにしようか。11月初め頃、望遠鏡と登山道具を持って、山に行こう。
きっと綺麗な星空が見えるはずだ。
時刻はさかのぼり。
6月9日。午後18時45分。
白雪は机に研究資料を広げて読んでいた。
熱心に集中していたため、顔を上げると肩がごきりとなった。
少し、休憩するか。
そう思って立ち上がろうとしたとき、すぐ隣に視線を感じた
「こんばんわ、白雪教授」
黒い黒い男がじぃっとこちらを見て立っていた。
「…っ!」
心底驚いて、声も上げずに驚く。
立ち上がった拍子に椅子がガタァンッと音を立てて倒れた。
「圭太君は賭けに勝ちました。あなたには自星に来ていただきます」
まだ震えて声が出ない白雪を見て、男は少し考える。
「たぶん、今のあなたに言ってもわからないでしょうが、
一応説明させていただきます。
タイムリープにより現在この時間軸には二人のあなたが存在している状態です。
しかし、同じ時間軸に二人の同じ人間は存在できない。
つまり、どちらかが消えることになります。
この場合、圭太君を助けたほうのあなた、これをAとしましょう。
Aは圭太君やそのほか大勢に観測されているため、
それが真となり、存在することになります。
その一方、今自宅にいるあなた、これをBとしましょう。
Bは今現在この世界の誰からも観測されていません。
つまりBは偽となり、自然の摂理により、間もなく消滅することが予想されます。
しかし、Bは消滅前に僕により観測されたので、Bの存在も真となります。
同時間軸で二人の同じ人間が真となってしまったことで、
あなたは別個体の人間として切り離されました。
ここであなたはこの世界の異物、エラーの状態です。
だとしたらそれをどうするかは、
観測者である僕の自由にできると結論付けられます」
「あ、あなたは何を言っているんです?け、警察…っ」
白雪が電話に手を伸ばすよりも早く、黒い男は姿を変え、まさに宇宙の怪物のような姿に変化した。
腕の部分から伸びる触手が目にもとまらぬ速さで白雪を捉え、拘束する。
「大丈夫です。白雪教授。あなたは我々とつながるだけです。
何も怖いことはありません。
ずっと愛しています」
__終わり
【宇宙人×大学教授】事故に遭った息子を助けるために大学教授が宇宙人と取引する話 @minimoti9
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