第6話 君の手



いつの間にか森村が隣にいるのがデフォルトになっていた。

休み時間に屋上に行くことも、自然な流れになっていた。


「ねえねえ、これあげるよ。だからお菓子とか持ってたらちょうだい」


森村が渡してきたのは袋に入ったマカロンで、ねだってきたのは月哉がいつもプレゼントで貰う知らない人が作ったお菓子だった。


「こんなの欲しいわけ?」

「うん。」

「森村のこれ、手作り?」

「うん。昨日たまたま材料余ったから作らせて貰ったんだよ。マカロン好き?」


森村の手をよく見ると、かなり荒れている。


「マカロンは好きだけど、お前めちゃくちゃ手が荒れてんじゃん、大丈夫なの?」

「平気だよ。どうしても手伝いしてるとさあ、手が荒れちゃうの。」

「手伝い?」

「うん。」

「なんの?」

「あたしの家、洋菓子店だから。バイトみたいな感じ?」


にやりと笑う森村は月哉に食べるように促した。

月哉がマカロンをかじると、さっくりしたマカロンの感触が口に広がる。

家で作るのは難しい。

料理好きの妹ですらマカロンにはあまり手を出さないらしい。


「え、すげえ!!うまい!!」

「よかったあ!あたし久しぶりだったから心配だったんだよね。」


森村は月哉が貰っていたクッキーの袋を開けた。

そして、何事もないかのように食べだした。


「ねえねえ、そういえばさ、イノリも昨日の放送で料理よくするって言ってたよね!あたし実は共通点多いのかな?」

「え!お前聞いたの?」

「だって先輩があんなにぞっこんなんだもん。気になるでしょうが。イノリって性格良さそうだよね!あ、そこはあたしには似てないか!」


お前も性格悪くないよ。

と、月哉は思った。しかし、心の中に留めておいた。



***



「なあ、あいつ知ってる?」

「あいつってあいつ?あの長い髪の女。」

「そうそう。」


久しぶりに食堂で月哉は休憩していた。

たまたま近くに座っていた一年生の会話に、思わず聞き耳を立てた。

髪の長い女。彼らの視線の先には森村がいた。


「名前なんだっけ?」

「えっとたしか森村。下の名前はなんだっけなー、読みづらくて覚えてない。」

「キサトじゃなかったけ?なんか男っぽい名前だったような。」

「そうだっけか。」


月哉はその時初めて森村の名前を知った。

しかも、それは確実ではない。

さらに、会話は続いた。


「アイツさあ、ビッチらしいよ。」

「え、そうなの?あんな大人しそうな顔して?」

「アイツ室さんの彼氏寝とったらしいよ。」

「まじで!?」

「しかもさあ、学年中から嫌われてんじゃん。制服も汚いしさ」


続けて会話に耳を傾ける。


室さん、と言えば一年生で凄く可愛いと噂の女の子だ。

それに野球部のマネージャーだ。運動部の中心である野球部に囲まれているだけあって、上級生にも人気があった。

運動部では随分と知れ渡っていて、月哉の学年でも話題にあがることもある。


「身近に寝取るとかあるんだなあ。室さんかわいそー。」

「それな!しかも室さん彼氏って三枝さんだろ?ほら、野球部の」

「まじかよ!まあそりゃあハブられても仕方ねえな!」


あはは、と笑い声が聞こえてくる。


月哉は何だか腑に落ちなかった。

三枝が寝取られるなんて考え難かった。

三枝は月哉と同い年で、さらに仲も良かった。

運動部の中心人物で、背が高く頼もしい好青年。

確か少し前に室と付き合い始めたと聞いてはいたが、そんなにだらしのない男だったような気はしない。


森村が嫌われている理由はこのよくわからない噂のせいだろうか。


噂の一人歩きはかなり怖い。

森村自身も、そんな男をたぶらかすような感じもしない。

モヤモヤとした気持ちを残したまま、月哉は食堂を離れて教室に戻った。

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