ねぇ、私なりたいの。
うづきはら
1話
「ねえ、君ってさ変わらないものってあると思う?」
「私はさ、あると思うの。アニメとか漫画の中に出てくるキャラクターって作者の都合はあるけど基本的には不変じゃん?」
「いいよね。変わらないって」
「私はね、思うの。みんなだけ変わっていって私だけ取り残されるってとても辛いことだって」
「私は、私の知らないうちにみんなが変わっていくのが怖いの。取り残されてるって自覚したくないの」
彼女は、放課後の誰もいなくなった教室の中。
僕と彼女の2人きりの中、突然話し始めた。
勿論他の人に話しているかもしれなかったから僕は教室を見渡した。それでも他に人はいなくて、彼女は僕の方を真っ直ぐ見つめていた。目があった瞬間、僕は動けなくなったように彼女に釘付けだった。もしくは真剣に話す彼女から目が反らせなかったのかもしれない。
僕と目があったからか彼女は話を続けた。
「だからさ、色々考えたの」
「そしたら、君があの子を視てたのを見てさ」
あの子…?
「えーっと、vtuberって言うんだっけ?」
「あー。えっと、ユキさんのこと?」
「名前は分かんないや。白髪でポニーテールの」
「そ、それがユキさんだけど…」
「じゃ、その子だ!あの可愛い子!」
「…vtuberじゃなくてバーチャルタレントね」
「え、バーチャルタレントなの?なんか違いある?」
多分僕はムッとした顔をしたと思う。
こういうのがキモがられるって自覚しているけれど間違って認識されているとどうしてもムッとしてしまう。
「わかった、わかったって。ごめん。次は気をつける」
彼女は、窓際から僕の方に近づきながら謝っていた。
謝られると弱るというもの。申し訳なくなってしまった僕は彼女から目を逸らしてしまった。
「ね、」
そんな隙に彼女は随分僕に近づいていた。
所謂パーソナルスペースをゆうに超えて、僕に戦争を仕掛けるように彼女は僕に近づいてくるものだから思わず片足引いて身構えてしまった。
「え、どしたの」
すぐに戻した。
「ふふっ、君って面白いね」
パーソナルスペースを超えているからなのか、どこから香るのか分からないけれど彼女の香りが僕に入ってきてそれだけで僕は汗という汗を掻いていた。
面白いね、なんて言葉は多分入ってくるほど余裕がなかった。
「え。えー、うん。あー。はは」
多分会話になっていないな、と分かってはいたけれど完全に思考停止状態だった。
「?」
彼女は首を傾げ、僕の様子を伺う。
「話の続き、してもいい?」
ここで僕はハッと平常に戻れたと思う。
勿論、彼女とは少しだけ距離を空けた。
「いいよ。」
「ありがと。えーっとどこまで話したっけ。バーチャルタレントの話か!んーとね、タレントとかvtuberとかまで行かなくても、もっと身近にそういうなんていうの…アバター?を作れるアプリあるでしょ?」
「Duality…のこと?」
僕は、震える手を抑えながらも自分のスマホにインストールされているアプリアイコンを見せた。
「あ!!!それそれ。なんて読むんだっけ…でゅ、でゅあ、なんだっけ」
「デュアリティー」
「それだー!君、天才!」
「それ使ってさ、私もなってみたいの。バーチャルな私に」
「え?」
「でさ。君に教えて欲しいの!私が私になるための方法」
多分ポカンとしていたんじゃないかな。
体感5分、実際…はわかんないや。時間が経って僕は
「何で?」
酷い返しだ。
「意味わかんない!?えー、だからさぁ。折角なるなら可愛い方がいいじゃん?私の周りにバーチャルに詳しい子いないし。君ぐらいなわけ、わかる?」
…彼女は彼女でズレていたみたいです。
「ごめん。何で、バーチャルになりたいのかって所がよく分からなくて…」
………
「いや、分かってます。ごめんなさい。詳しい、かは分からないけど多分クラスで見てるのは僕くらいですし…はい」
「分かればよろしい!」
彼女は満足そうに腰に手を当てて頷いていた。
「僕に出来ることが何かわからないけど…」
「んー。この後暇?」
「ごめんなさい、この後はバイトが…」
「え、これからバイト?」
………
「それは行かなきゃだ。いやいや大丈夫だって。バイトの方が大事に決まってるよ!」
だったら、そんな目で僕を見ないで欲しい。
僕だってバイトくらいしますよ。
「ごめんなさい、期待に沿えなくて」
「いやいやいや!ごめん!」
彼女は両手をぶんぶん振って申し訳なさそうにしていた。
「そもそも放課後に急に話しかけた私が悪いわけで…」
「はい…。じゃあバイト、行きます」
「そそ!バイトは行かなきゃ、だよ!んー、じゃさ、LINE交換しよ」
彼女は、突然が大好きなのだろうか。
「これ!」
「交換するんですか?」
「なんか交換しといた方がなにかと便利じゃん?」
「え、いや。まぁそれはそうですけど」
「それに後になってLINE聞くのって結構ハードル高くない?」
「え?」
「あー、絶対君、受け身だ。ふふっ、別に馬鹿にしてないって!」
馬鹿にしてる笑いだ。でも、受け身なのはその通りだからなにも言えなかった。僕は緩衝材であって、僕に重きを置いて接する人はこれまであまりいなかった。
彼女は、極めて珍しい。
「じゃ、バイト頑張ってね!また、明日!」
だから、こんな一言で僕は多分変な顔をしたんだと思う。照れと、嬉しさと、恥ずかしさで。
「何照れてんの。きもーい」
相変わらず汗は止まらなかった。
けれど、この奇妙な初会話は終わりを迎えた。
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