#10  シュウ 23

―シュウ 23―



 なんであの山口ケイタが、ぼくなんかに声をかけてきたのかはよく知らない。まぁ、きっとなんか光るものが、ぼくにもあったってことだろう。とにかく二人組として活動することにした。山口ケイタはライブハウスの世界では人気があった。一目置かれる存在だ。ぼくにとっては、願ってもないチャンスってもんだ。


「HOBOなんてどう?」

 ケイタがぼくに聞いてくる。二人のユニット名を考えていたのだ。

 ケイタの部屋。マンションの一室。男の一人暮らしなくせに、わりかしきれいじゃないか。立派に大学生やってるんだなぁ。

 知り合ってまだ間もないはずなのに、ぼくはケイタを信頼していた。むしろ尊敬してると言ってもいいかもしれない。同い歳なのに、落ち着いてるし、音楽の才能はあるし、頼りになる雰囲気があった。大人だなぁなんて思っていたのだ。

「ホーボー?」

「うん、ホーボーってのはさ、昔のアメリカで家を持たずにあちこち放浪してた人のことでね。ボブ・ディランやポール・サイモンなんかも歌にしてる」

「へー、いいねぇ」

 ぼくはうれしかったんだ。ケイタと一緒なら未来が開けて行くような気がして。それでついしゃべりすぎてしまうんだ。

「オレ、今までの自分を変えたいんだよね。音楽をやってる時は別人になりたいんだ。オレなんかぜんぜんたいした人間じゃないからさ、架空の人間になりたいんだよなぁ」

「架空?」

「そう。ステージの上だけの存在。お客さんが勝手にオレのことを作り上げるの。お客さんが望むスター像に応えていくんだ」

「ふーん、スター像ねぇ。オレはありのままの自分で勝負したいけどなぁ。自分をもっと知りたいし、自分をもっと極めたい」

「おう、二人でどこまで行けるか、やってみようぜぇ。オレたちはホーボーだぁっ」

 そうしてぼくの生活は一変した。今まで以上に音楽中心の生活になっていった。ライヴのスケジュールはどんどん入れた。曲を作り、スタジオで練習。宣伝活動も自分たちで動き回った。


「チャーハンと餃子のセット2つ」

「あ、あとビールも2つ」

 駅前にはどこにでもある中華屋さん。ライヴの後の腹ごしらえ。そして、ぼくら二人での打ち上げだ。

「今日お客さん何人だった?」

「たしか、58人かな。また増えたよ」

「しかしさぁ、ケイタも不思議だよなぁ。もっとお客さんと交流持てば?ライヴの後、外でいっぱい待ってたじゃん」

「いやぁ、あれシュウのファンだろ?」

「違うよぉ。みんなケイタと話したがってるのにさぁ。打ち上げとかやればいっぱい来てくれるぜぇ。ロックバンドなんかライヴの後は派手にやってるのに」

「はは、興味ないなぁ。はい、乾杯」

「おう」

 ケイタはさすがだ。音楽をやっていても浮わついたとこがない。

「ケイタはなんで音楽を始めたの?」

 ぼくは同い歳のケイタに興味があった。自分とは違うものを感じていた。だいたい、なんでこんなに落ち着いたヤツなんだよ。

「はは、なんでかなぁ。好きな女の子がさ、カセットテープ貸してくれたんだよ。浜田省吾。それ聴いて、あぁこうゆうのが好きなんだなって思ってさ。じゃあオレがこの人になろうって。そしたら好きになってくれるって思ってさ」

「は?バカじゃん」

「中学ん時だから。そんなもんだろ。それでギターを買った。女の子にモテたいんじゃなくて、そのコにモテたかったの」

 なんだ、ケイタも普通の男じゃん。

「今はさ、人の心にちゃんと届く歌を作りたいんだよなぁ。売れるとか、有名になるとかじゃなくてさ、ただいい曲を作りたいんだ。シュウの曲は少し媚びてる気がするんだなぁ。世間に受けることを狙ってるというか。あんまり売れセンとか気にしない方がいいよ。思ってることを素直に歌詞にしてみなよ。その方が説得力があるって」

 ふーむ、なるほどね。やっぱりケイタはさすがだ。ビールおかわりっ。


 ライヴを重ねるごとに、お客は増えていった。二人になったことで、ライヴが華やかになったんだと思う。ケイタはしっかりと歌ってくれてればいいんだ。ノリのいい曲では、ぼくが盛り上げる役だ。お客を煽り、一緒に歌ってもらう。明るい雰囲気を作るのがぼくの役目だ。掴んでしまえばこっちのもんだ。じっくりと聴かせたい曲もお客さんは集中して聴いてくれる。


 その日は新しいライヴハウスのオープニング・イベントで、名のあるロック・バンドに混ざってぼくらも出演者に名を連ねていた。いろんなメディアや業界関係者も来ているようだった。

「お疲れさまぁ」

「お疲れっす」

「よかったよぉ」

 ライヴを終えてぼくらは控室に戻る。裏方で控えるスタッフたちが声をかけてくれる。大きな拍手の音がまだ聞こえている。

「ケイタ、やったなぁ。お客さんいい感じだったぜぇ」

「おう、よかったなぁ。シュウが盛り上げてくれたから」

 いいライヴを終えた充実感。最高の気分だ。

 アコースティック・ギターを拭きながらケースにしまっていると、ぼくらの控室に男の人が訪ねてきた。

「ちょっといいかな。ライヴよかったよ」

 30代後半といった感じだろうか。スーツを着ているが、口ひげを生やし、後ろに流した長めの髪型。いかにも業界人といった風貌のその人は、ぼくらに名刺を差し出した。

「ソニック・レコード・・・」

「え、ソニック?大手じゃん」

 目を合わせ驚くぼくらに笑いかけるように、その人は続けた。

「噂を聞いてね、今日は楽しみにしてたんだ。一度ゆっくり話をしたいな。今度、会社まで来てもらえないかな」


 詩織はもっと喜んでくれると思ったけど、むしろ不機嫌な感じだった。ケイタと組んでからというもの、音楽のことばかりで確かに詩織のことをないがしろにしていたかもしれない。いや、むしろアルバイトが続かず、まともに収入を得ることができなくなっていた。そっちの方が問題かもしれない。

「今月も厳しいよ。家賃ギリギリかなぁ」

「あぁ、ごめん。来月はもう少しシフト入れると思うから・・・」

 詩織、ごめん。でももう少しなんだ。もう少ししたら、夢が叶うかもしれないんだ。ここまで来たら音楽で世に出たい。音楽の世界で有名になりたい。本当のぼくなんて関係ないんだ。ステージでは架空の人間だ。ステージではスターなんだ。もう少しでスターになれるかもしれないんだ。


 東京・青山。ぼくとケイタは、高いビルを見上げながら東京を感じていた。大都会だ。青山通りを歩く人々が、別の世界の住人のようように感じた。だってみんなキリッとして、東京人でございってな顔をしてるんだもん。ぼくらのような若造がひるむ

のもあたりまえだ。少し居心地悪そうに目的のビルを探したのだった。

 ソニック・レコード。たくさんのアーティストを世に送り出している。以前はぼくも、何度もデモ・テープを送ったもんだ。受付には、今売り出し中のアーティストのパネルなんかが飾ってあって、本物の音楽業界って感じだ。ちょっとときめくなぁ。おーい、ケイタ、ちょっと待て。なんでおまえはそんなに冷静でいられるんだよぉ。

 ぼくらに声をかけてくれた人、寺田さん。第二制作部ディレクター。

「とりあえず、デモ・テープを作りましょう。まずは3、4曲。会社のスタジオ押さえるから。いいのが録れたら、会社の会議にかけてみたい。それと、営業の方あたってタイアップ探してもらう。タイアップってわかる?テレビ番組とかCMとかで使ってもらうの。そんな感じでちょっと探ってみようかと。どうかな?」

 小さな会議室のような部屋。温かいお茶を出してもらったけど、軽々しく口をつけられないでいるぼくだった。どうかな、なんて言われたって、ちょっと情報量が多すぎて理解できないんですけど・・・。

 先に口を開いたのはケイタの方だった。

「あのー、デビューできるってことですか?」

「んー、そこに向かって進めて行こうってことだね。君たちスター性あると思うよ」

 ぼくらは顔を見合わせた。

「ただね、デビューが目標じゃないんだ。デビューしたって売れなきゃしょうがない。これからどんな方向性で行くかとか、考えていかなくちゃね。この世界もね、戦略が大事なんだ。君たちだってわかるだろ。いい曲が必ずしも売れるわけじゃない。これはね、みんなに言うんだけどね、これからは俳優だと思ってほしいんだ」

「俳優、ですか?」

「そう、音楽家を演じるの。ライヴなんて演技だよ。そう思わない?人前に出るって

ことは、演じるってことだから。どんなキャラクターを演じれば世間に受け入れてもらえるか、一緒に考えていこう」


 秋の風が街路樹を揺らしていた。夕暮れの街を人々は足早に歩いていく。その流れに乗れず、ぼくらはとぼとぼと歩いていた。夢だとか憧れだとか、いざ直面してみるとビビるもんだ。期待とか不安とか、何か得体の知れない感情でいっぱいだったのだ。そうだなぁ、例えるなら気分はキング・クリムゾンの『21世紀のスキゾイド・マン』だ。

「なぁ、シュウ。さっきの話どう思う?」

「さっきの話って?」

「俳優になれって」

「あぁ、あれね。プロになるってそんなもんなのかね」

「オレは違うと思うなぁ」

「でもさ、ロックの世界じゃしょうもないジャンキーがステージではスターだったりするわけじゃん。それってある意味、演技してるってことかもしれないし」

「オレはオレのまま行きたい。歌いたいことを歌いたいし、方向性なんか決められたくない」

「そうだよなぁ。ケイタはそれでいいと思うよ。やりたいようにやればいいよ。スター性があるのはケイタだから。ケイタのおかげだと思ってるよ」

 ケイタみたいに実力があるヤツはそれでいいんだ。でも、ぼくは背伸びして、無理して、少しでも良く見せようとしなきゃ通用しないよ。自分でもよくわかってる。

「レコーディングする曲決めなきゃな」

「3、4曲か。ケイタ決めていいよ」

「そっか。そしたらさぁ、1曲は新曲入れてもいいかなぁ。まだ誰にも聴かせてない曲なんだけど」

「おう、練習するから教えてくれや」

 ぼくは詩織の顔を思い浮かべていた。少し気掛かりなことがあったからだ。

 最近、詩織の帰りが遅いことがある。夜いないことが多いのだ。ぼくが尋ねても、残業だよって軽く返される。バイトに思うように入れず収入が少ないことが気になっていたから、ぼくにはそれ以上何も言えなかった。

 確かにぼくは有頂天だったんだと思う。ライヴをやればお客さんが来てくれる。女

の子にチヤホヤされることも多くなった。このまま行けばデビューできるかもしれな

い。詩織との地味な生活よりも、音楽に夢中になるのも当然だった。

 詩織はどんな顔をするだろうか。喜んでくれるかな。詩織、今日はいい日だったよ。君はどんな日だった?毎日は楽しいかい?詩織、詩織、詩織・・・。ジミ・ヘンドリックスの『エンジェル』が聴こえてくる。

 そんな時に困ったことが起きた。正直ぼくは、なんでこのタイミングなんだって思ったよ。なんで神様は意地悪ばかりするんだって。


 詩織と夕飯を食べてる時だった。ケイタから電話が来た。なんでも、お父さんの経営する会社が倒産したと言う。

「倒産?マジか。で、どうなるんだ?」

「会社の借入金を親が肩代わりしなくちゃならないらしい。そうすると多分、自己破産とか。実家も取られるみたいだし」

 ぼくはケイタの声を聞きながら、まだ他人事だと思っていた。

「大学の学費は支払ってあるんだけど、仕送りがもう期待できない。もしかしたら、東京にいられなくなるかもしれない」

「えええ、だってもうすぐ卒業だろ。あと半年じゃん」

「こんな時にこっちにいていいのか。状況がどうなるかわからないんで、今決まってるライヴは一旦白紙でいいか?」

 バブルがはじけたなんて言って、世間の空気が一気に変わっていた頃だった。好景気から不景気へ。銀行は企業への融資を貸し渋るようになり、ケイタの父親のような中小企業は真っ先に影響を受けるのだった。

 ぼくの横で、詩織も心配そうな顔をしている。あぁ、ケイタよぉ、オレたちこれからだぜぇ。


          ーつづくー


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