#09 ケイタ 22
―ケイタ 22―
詩織にはいつも驚かされる。
ぼくが東京に出てきた途端、連絡が取れなくなった。ぼくはずっと詩織に会えるのを楽しみにしていたのに。
大学2年になって、やっと詩織から連絡が来た。ようやく会えた時には、詩織には彼氏がいた。
しょうがないよなぁ。ぼくらはもう大人だし、ここは東京だ。詩織がいつまでも一人でいるわけがない。
ぼくは音楽に打ち込んだ。たくさんの曲を作り、ライヴを重ねた。ぼくの歌をいいと言ってくれて、ライヴにも来てくれる。そんな人が少しずつ現れ出した。ぼくはちょっとした自信も手に入れていた。
そんな頃、再び詩織から連絡が来た。お願いがあるというので、ぼくらは二人で会った。クリスマスを控えた新宿の街は輝いていた。ぼくは少し無理をして、おしゃれなお店を予約した。
「詩織、久しぶり。元気?」
「ケイタ、こんなお店よく知ってるねぇ。さすが東京の大学生。もっとおしゃれして来るんだったなぁ。今3年だよね」
「うん、そう。そろそろ就職のこととか考えなくちゃいけないんだけど、ほら、音楽やりたいからさぁ」
「順調そうね。この前、ミニコミ誌に紹介されてる記事見たよ」
「あ、ほんとに?ライヴハウスでワンマンやった時のだね」
ぼくは詩織が気にしてくれていることが嬉しかった。こんな風にゆっくり話をするなんて、高校生の頃以来だ。
「そういや、竜司って憶えてる?片山竜司」
「竜司くん、、、うん」
「あいつも今、東京にいるらしいよ。連絡があったんだ。なんでも日本橋だかのレストランで修行してるらしいよ。料理人になりたいんだって。笑っちゃうだろ」
なんだかあの頃に戻ったようで、ぼくは少し浮かれてしまったのかもしれない。本当なら断るような話を、受け入れてしまったのだから。
「それでね、お願いなんだけど・・・」
「うん、何?」
なごやかに過ぎていたはずなのに、詩織の表情が変わったのを感じた。なんというか、意を決するとでも言うのだろうか。キリッとした目でぼくを見るので、ぼくは一瞬ひるんでしまった。
「ケイタ、二人で音楽活動する気はない?」
「え?」
ぼくは、詩織が話す言葉の意味を理解するのに、しばらくの時間がかかるのだった。
「前にライヴに一緒に行った男の人憶えてる?シュウって言うのね。彼も音楽をやっているの。その彼と一緒に、二人組で活動するなんてどうかなって。ほら、二人組って人気のある人たちもいっぱいいるし」
「え、え、え?どうゆうこと?そのシュウくんって詩織の彼氏だよね。オレと一緒にやりたいって言ってるとか、そうゆうこと?」
「うーん、そうゆうわけじゃないんだけど。なんて言うか、一緒にやったらいいんじゃないかなぁ、なんて」
「ぜんぜんわかんない。知らない人と一緒にやるの?オレが?」
詩織はもどかしそうに眉をひそめた。そしてさらに理解できない言葉を続けるのだ。
「あのね、ケイタ、助けてほしいの。見てられないの・・・」
詩織は今にも泣き出すんじゃないかってくらいの顔をしていた。ぼくはその顔の意味を必死に考えていた。
まったく詩織には驚かされっぱなしだ。
ぼくは詩織の彼氏、シュウくんのライヴに来た。あれからぼくと詩織は何度か連絡を取り、なんというか、打ち合わせのようなことを重ねた。まぁ、簡単に言えばこうゆうことだ。ぼくから誘う形でシュウくんと一緒に組む。シュウくんには、もう一度本気で音楽に取り組むきっかけになってもらいたい。詩織はシュウくんを助けたいってわけだ。ぼくと組むことで、助けられると思ったんだなぁ。
どうなっても知らないよ。本音を言えば、まったく気が進まない。それでも詩織の彼氏だ。詩織のお願いを冷たくあしらうなんて、ぼくにはできない。まぁ、そんなとこだ。
ライヴも見たけど、別に悪くないよ。音楽性も似てるし、ステージ映えするし、なんとかなるんじゃないかな。うまくいくかもわからないし、長く続けるかもわからない。ただ音楽をやっていく中で、いろいろやってみるのもありかもしれない。詩織の彼氏だし、変なヤツではないだろう。前向きに捉えることにした。
それに、シュウくんと一緒にやることで、詩織とも近くにいられるような気もするし。
その夜、ライヴハウスのカウンターで、ぼくはシュウくんと握手を交わした。遠くから、詩織が笑いながらぼくらを見ていた。
詩織、今でもぼくは君のことが好きだ。でもそれは、伝えてはいけないことだ。
君がしあわせに毎日を過ごしてくれているならそれでいいんだ。たとえ君が女優になんてならなくても、君はぼくの憧れなんだ。
そしてぼくは新しい曲を作った。君の事を思って『しおり』という曲を。でもこの曲はそっとしまっておく。軽々しく歌える曲じゃないから。
ーつづくー
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