#08 それって貴方なりの優しさ?




ったく自分で言い出したくせに遅えな。

死にそうな顔しやがって。瀕死の異世界転生主人公かよって。

死に戻りでもしてやり直してこいっ!



下校する帰宅部諸君を見送りながら、ため息を吐いてしまった。秋乃がくたばるのなら、ラノベで言えばザマァじゃないのか。願ったり叶ったりの状況下において、むしろ俺と花月雪様はほくそ笑む役柄なのに。それなのに、蓋を開けてみればザワザワと胸が何かにき立てられて、あいつの泣きそうな顔に救い船を出す始末。



いったい俺はどうしたんだ?

自分でも分からないけれど、とにかく、あいつの話を聞いてみよう。まずは、なぜ家に逃げるように来たのか。それと……スキャンダルは本当にオータマがユッキーをイジメていて不仲になったことが原因なのか。



「ごめん。みんなに捕まっちゃって」

「ああ、遅えよバカ」

「ウザッ!! あなたみたいにコミュ障じゃないから、丁重にエスコートを断っていたら時間が掛かったの」

「コミュ障じゃねえ。俺は無口で下民どもを相手にしないだけだ」

「出た。その上流階級ハイソサエティ的思想。いつの前時代的発想よ?」

「それはこっちのセリフ。アーティストぶりやがって」



俺は——有名人だからってチヤホヤする奴らも嫌いだ。あいつらは人気があるときはおだてて褒め称えるくせに、小さなミスを犯せば食いつき指摘し執拗しつように攻撃する。冷ややかな視線でゴミのように見下しては、面白可笑しくネットに書き込む。

だから、初めから相手にしない。下民だと思えば仕方ないと切り捨てられる。



「ねえ……春高は……あのときの——」

「ああ、そうそう。言っていなかったけれど、ネーキッドオータムカフェの二号店は、野々宮夏音のお母さんが経営しているんだ」

「え? それってマジメに?」

「俺がお前みたいな敵対勢力地の指揮官兼領主に冗談なんて慈悲をくれてやるか?」

「……言い方をだんだんと巧妙化するのやめてくれる?」



シャッター街に近い商店街の一角に佇むビルの一階に流れる瀟洒しょうしゃなジャズとかしましい声。ネーキッドオータムカフェのガラスの向こうは……JKとごく一部の彼氏イケメンで溢れかえっていた。これが帰宅部かつリア充の放課後か。まさに、この中を突き進むには相応の勇気と決心が必要というもの。



「どうする? これはさすがに……」



俺の問いを無視して秋乃は何事もないように扉を開いた。いや、お前なんなの。俺はどっちかといえばお前を心配していてやっているのに。待てって。

仕方ねえな。クソッ!!



もう注目の的なんてレベルじゃなくて、アリの巣に間違って入り込んだ右も左も分からない砂糖君って感じ。いや、なんだよその例え。ってくらい頭がパニックで今すぐきびすを返して逃げ帰ったほうがよくないかって思うほど、視線という名のレーザービームの矢面やおもてになる秋乃の背中に隠れた。

いや、俺のほうが身長高いし、隠れきれていない。



「いらっしゃい……あれ、春高くん」

「ああ……ど、どうも」

「その子がシュンとミツキちゃんが預かっている子ね。こっち来て」



店長の野々宮朱莉さんは夏音のお母さんで、母さんと父さんの共通の友人らしい。昔はよく二人に連れてこられてクリームソーダをごちそうになった。

こうなることを見越して、さっき有名人を連れてくる旨の連絡を入れておいた。

さすがに店に迷惑は掛けられないだろう?



手招きする朱莉さんに付いていく。

カウンターの横の扉から奥に入ると階段が続いており、二階の窓際の席に案内された。二階には誰もお客さんはおらず広々としたボックス席がいくつもしつらえられている。



「はじめまして。いつもうちの子がお世話になってます」

「は、はじめまして。すみません、気を使っていただいて」

「いいのいいの。有名人だし、騒ぎになったらうちとしても大変だから。人は通さないからゆっくりしていって」

「はいっ! ありがとうございます」

「いい子じゃないの。春高くんも両手に花で困っちゃうね〜」

「「えっ!?」」



意味深なセリフを吐き残し、朱莉さんは階下に降りていった。とりあえず目的だったスイーツが食べたいということでオータムパフェを秋乃が頼み、俺はコーラを注文した。



「なんだよ、その顔」

「夏音さんと仲いいのかなって」

「腐れ縁。別に仲が良いわけでも悪いわけでもないし。ラノベのような幼馴染とは程遠い」

「ふぅん。今朝見た感じだと、尻に敷かれているみたいだったけど?」

「友達として気になるだけだろ」

「そういうことにしておくか」

「いや、むしろそれってお前に関係なくない?」

「……そうね」

「それよりも、お前こそ大丈夫か? ずっと暗い顔して」

「大丈夫——だけど」



西日に照らされた秋乃の横顔が印象的だった。横を見て窓の外に視線を巡らす秋乃の瞳の先には一本の桜の木。



「……入学してそうそう東京に帰るの嫌だな」

「……は?」

「ううん。ごめん。なんでもない。あなたには関係のないこと。良かったね、キライなわたしがいなくなって」

「俺はお前が嫌いだ。けど、お前は何か理由があって家に来たんだろ? それってお前のスキャンダルが原因じゃないんだろ?」



いや、固まられても困るんだけど。こいつは俺が洞察力ゼロの能無しだとでも思っていたんだろうか。それとも、俺が秋乃には全く興味をかず、何も考えていないとでも?



「……うん。とにかく。ちょっとどうにもならないかな。ごめん。春高の生活……邪魔しちゃって」

「ホントだよ。ゆっくりラノベは読めねえし、近くにいるだけでイライラするし」

「すぐにいなくなるから」

「ならねえよ」

「え?」

「今すぐ誰かに引き取ってもらいたいとは思うけど、でも引き取り手なんていないだろ? お前みたいな性悪女を野放しにできるわけねえし。強引に誰かの家に転がり込んでも、そいつに迷惑掛けるだ。それは俺のポリシーに反する」

「……迷惑なんて掛けないもん」

「いるだけで迷惑だろ。風呂はゆっくり入れねえし、朝起きれば人だかりができているし」

「……」

「マジで大変だよな。俺の静かな生活を返せって思う」

「……なら…‥追い出せばいいじゃん。わたし出ていくよ。そこまで言われて——」

「言われても居座る性悪女でいいじゃねえかよ。それくらいじゃなきゃ、俺の敵は務まらねえぞ。メソメソされたり食って掛かってこなかったりするような気概きがいのない奴だったら、俺の鬱憤うっぷんを晴らせないだろ。だから——お前は俺に迷惑を掛けろ。気の済むまで迷惑でもなんでも掛けてみろ」

「キモッ!! ただのいじめっ子じゃん。性格悪すぎ。いっぺん死んだほうが良くない? 分かった。あなたがそこまで言うなら居てあげてもいいよ? 本当はそんなこと言って嬉しいんでしょ? ちょっとドア開ければガラス越しにわたしの肢体したいの線くらい見れるし。ああ、そうそう下着も見放題だもんね?」



ああ、やっちまった。パフェとコーラを持ってきたウェイトレスが夏音だったことにまったく気づかなかった。横を見たら眉根まゆねを寄せる夏音が俺たちを交互ににらんでいた。




「お風呂? 下着? 卑猥ひわいですね?」



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