#06 幼馴染は強そう。あの人怖い。太刀打ちできるかなぁ……。




正門下の坂に差し掛かると……会いたくねえやつがいるんだよな。

鞄を両手で前に持ち、メガネの奥の瞳がじっとこちらを観察するように凝視している。みるみるうちに眉間にしわが寄って頬を膨らませたような気がするんだけど——気のせいか。



「春高くん……おはようございます」

「あ、ああ。おはよ。な、夏音」

「その人……あ。オータマさんですかッ!?」



秋乃よりも身長が低く、あざといのか何なのかは分からないけれどツインテールにった髪はあでやかだ。ぱっちりとした瞳にトレードマークの丸メガネが良く似合う。

こいつがまた……やけにモテるわけ。

野々宮夏音ののみやなつねは、頭も良ければ運動もできる。ただしドジっ子なんところが男心をくすぐるらしい。いや、本当にアホくさい話だと思う。



俺と野々宮夏音は幼稚園の頃からずっと一緒。幼馴染ってやつ。親同士もすげえ仲が良くて許嫁いいなずけにされそうな雰囲気だけどきっぱりと断りたい。

何度も言うけれど、色恋沙汰いろこいざたには興味がない。



「あ、ああ。ええっと。従兄妹いとこなんだ。ははは」

「嘘ですよね? 春高くんの従兄妹だったら月下妖狐にもっとお近づきになれるはずですし。あんなに発狂しそうなほどのめり込んでいるのに、そのコネを使わないなんて絶対におかしいです」

「ああ、いや」



そして勘が鋭い。



「きっとおばさんかおじさんあたりの伝手つてかくまっているのでしょう?」

「……うん? 匿っている?」



そういえば、秋乃はなんで家に来たんだ? その理由を聞いていない。

たとえ、秋乃にスキャンダルがあったとしてもわざわざこんな茨城の外れに逃げてくれるには相応な理由があるはずだろう?

茨城にいることを隠す気がないなら東京にいても同じじゃないか?

すると、匿っているわけではない?

秋乃は何から逃げているんだ?



「それを私にかれても。春高くんはつまりオータマさんと同棲しているという認識になりますよね。たとえご家族がいたとしてもお忙しいのでしょうし、二人きりになっていやらしい関係に発展するのも時間の問題なのですよね?」

「……ま、待て。俺はコイツのことが嫌いで」

「嫌いな人と一緒に登校ですか。春高くんはいつの間にそんな嘘つきになったのでしょう。分かりました。お邪魔でしたね。消えます。さようなら」



矢継やつぎ早にまくし立てられて、言いたいことだけを言って夏音は坂を駆け上っていってしまった。俺の話なんて全く聞きやしない。

あんなマジメでおとなしそうで、ロリっ子の夏音が瞳の奥に殺意のような色をにじませているって……え? どういうこと?

俺が秋乃と一緒に住んでいても、夏音が怒るのはお門違いのような気がするんだけど。



「今のは?」

「ああ、幼馴染の野々宮夏音。なんで怒ってるんかな」

「……幼馴染。強そうね」

「ん?」

「なんでもない。いこっ」



教室に着いてもボッチな俺に比べて、秋乃の周りは人だかり。男子から女子まで熱を上げて質問攻め。俺は気にせずホームルームが始まるまで読みかけの本に目を落とす。これはルーティン。ラノベよりも、ここではミステリーを読むこととしている。なんでって、ラブコメを読んで、だらしない顔を周りに見られたらドン引きだからだよ。



「お前さ。友達の僕にくらい教えてくれてもいいじゃん?」

「なにを?」

「オータマちゃん。家にいるなんてびっくりだろ」

「と言ってもアイツは離宮りきゅうで暮らしているから。厳密には一緒に暮らしていない」

「でも、会おうと思えばいつでも会える関係なんだろ?」



顔を上げると、行儀悪くも机に腰掛ける友人の——涼森新一すずもりしんいちが俺を見下ろしていた。

サッカー部に所属するカースト上位。とにかく女癖が悪い。

なんでこいつが俺に絡んでくるのか、その意図が不明すぎて、一周回って気にしないことにした。

こいつも秋乃狙いか。好きにすればいいじゃん?



「まあ、そうだろうな」

「付き合っちゃえ」

「無理。俺、アイツ嫌いだから」

「あれ、お前の推しのユニットって『月下妖狐』だよな? で、そのメンバーの一人があいつってことは、必然的にオータマちゃんも推しの一部ってことだろ?」

「俺の推しはユッキー様ただ一人。あいつのせいで活動休止になったんだから、推しなわけあるかって」

「そういうもんかー。でも、推しとリアルは別じゃん?」

「リアルに興味なし」

「お前なぁ……相変わらず病んでるのな」

「お構いなく」



そんな話をしていると始業のチャイムが鳴った。

静まり返る教室に入ろうとする女教師は、扉を開いたまま廊下で誰かと話している。半身を教室に入れて、「氷雨さんちょっと」と手招きする。

ざわつく教室の中、一人立ち上がって秋乃は退室した。



それから何事もなかったように帰ってきた秋乃の顔は、どこか沈んでいるようだった。



昼休みになっても俺はボッチ。自席で弁当を食べる。

母さんか飛鳥さんが弁当を作ってくれる。ありがたいのはありがたいけど。

別にコンビニでもいいかなーって思っている。



教室の隅の、人だかりから秋乃が立ち上がり、あろうことか俺の前の席に座りやがった。



「なんで俺の前に座る? さては俺の弁当を腐らせる作戦だな、この魔女め」

「なにそれ。キモッ!! オタク気質なのは分かったけれど、現実世界にまでそれを持ち込まないでくれる?」

「はぁ? 比喩で揶揄やゆしていることを理解できないの? 馬鹿なの?」

「充希先生に言っちゃうから。弁当腐っていたって教室で叫んでいたって」

「……言えよ」

「分かった」



それでスマホを取り出して、本気で母さんに電話をしようと——待て。

いや、待て。お前がそれを言うと絶対に母さんは俺よりも秋乃を信用するだろ。

そうなると、俺が父さんに小言を毎日ちくりちくりと言われるの。

母さんは面と向かって俺を叱るとかしないから、逆に嫌なのッ!!



「待てって。お前頭おかしいだろ? それクレーマーだからな?」

「どっちが? わたしはただ、寂しそうな春高が可哀そうだからってお昼を一緒に取ってあげようっていう優しい気持ちを実行してあげているだけなのに」

「そんな親切大きなお世話でございます。さあ、お引取りください」

「あっそ。もういい。一人で食べる」



開いた弁当箱を再びバンダナで包んで、つかつかと教室を出ていった——後の教室の視線はまるで地獄の針山。俺に向けてくる視線の痛いこと痛いこと。

いや、俺は……一人になりたいだけなのになぁ。

確かに言い過ぎたことは反省しているけど。




秋乃は俺のなんだっていうんだよ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る