第18話「べオウルフ式戦闘術」

「ベル! 三時方向に新手! またオイレガイストだ!」


 薄闇にハルトムートの声が響く。

 羽毛に包まれた人型のモンスターに向かって、左右のブラスナックルを連続で叩き込んでいたベルは、低く旋回して足を払い、方向を変えた。


「ハルト! マリーのサポートを!」


 新手の梟鬼オイレガイストに向かって走りながら、ベルが答える。

 無言でマルティナのとなりへ並んだハルトムートの後ろで、サシャとヒルデガルドの詠唱が続いた。


「吹き抜けよ! 荒れ狂え! 凶刃きょうじんとなれ!」


「大地の子らよ、深きところ黒曜石オブシディアンより這出はいいでよ。永劫の岩との契約によりサシャ・アールリヒスが命じる。彼らを守る盾となれ」


 ヒルデガルドの短縮詠唱により、疾風魔法シュツルムバウザーが新手を襲う。

 サシャの黒曜石の鎧リュストゥングはベルとマルティナの表面をすりガラスのような被膜で包み、打撃以外への防御力を数段上げた。


放てフォイヤー!」


 ぐんと低く踏み込み、あご先へ伸びたマルティナのギフトが起動ワードとともにはじける。

 羽毛は発火し、喉元の柔らかい皮膚を引き裂いた。

 オイレガイストの声にならない絶叫。

 ハルトムートの銀のつるぎが梟の真っ黒な瞳を突き、頭蓋を貫いた。


「次っ!」


 振り返り、マルティナとともにベルの背を追う。

 その瞬間、振り下ろされたオイレガイストの剣を髪の毛一本で見切り、ベルの左手が複雑な模様を虚空に描いた。


戦闘術べオウルフ……第三十二式!」


 力強く踏み込んだ足先から、周囲に衝撃波が走る。

 ギフトも持たず、魔法も使えないはずのベルの周囲で、魔法元素マナが渦巻いた。


旋回する南十字星より来たる炎フレーメン・アウスディム・クロイツ・デス・ズューデンス!」


 まっすぐに突き出された右こぶしとともに、まとわりついた青白い炎がオイレガイストのブレストプレートに向かって炸裂する。

 高温の炎で溶けた鎧は灼熱の弾丸となり、胴体を突き抜けた。

 返り血を浴び、顔をあけに染めたベルが、ゆっくりとこぶしを引く。

 オイレガイストは、それにもましてゆっくりと、石畳の上に崩れ落ちた。


「マリー、ハルト、無事か?」


 左肩で血をぬぐいながら、ベルが振り返る。

 しかし、だれからも返事はなかった。


「……どうした? 誰か怪我でも――」


「――なんじゃ今のぉぉ?!」


 ベルの言葉をさえぎって、最初に声を上げたのはヒルデガルドだった。

 その声につられるようにして、全員がベルに駆け寄る。

 特にマルティナの勢いは、日ごろの踏み込みの鍛錬も生かされ、すさまじいものだった。

 抱きつかんばかりにベルに駆け寄り、右手をつかむ。

 仲間たちの勢いに気圧けおされて、ベルは思わずのけぞった。


「ベルさん魔法使えたんですか?!」


「今のなんじゃ?! なんじゃ今の?!」


「ベル! 今のは光の精霊魔法かい?!」


「あああの今のってマクスウェルの悪魔の?! むむむ無詠唱で?!」


 次々と群がる仲間の質問攻めに、ベルは口を閉じる。

 皆の質問が一段落するまで待ち、小さくため息をつくと「しゃべっていいか?」と確認した。


「あれは戦闘術ベオウルフの六十四あるの一つだ。生命力オドで無理矢理に魔法元素マナを引きずり、基本的な魔法陣を空中に描く。それだけた。種も仕掛けもない、ただの基礎魔法みたいなもんだ」


「魔法陣を描くじゃと?! 詠唱と契約で精霊や悪魔が描き出すんじゃなく?!」


「そそそそんなこと……ににに人間技じゃない」


 複雑で、わずかなズレすらも許されない魔法陣を、一瞬で空中にプロットするなど、確かに人間技ではない。

 だからこそ、前もって魔法陣の描かれた呪符が必要であり、魔力と言葉で精霊に伝える詠唱と、事前の契約が魔術師ソーサラーには必要なのだ。

 それが例え簡易的な魔法陣だろうとも、ベルのやったことは規格外のことだった。


「ベオウルフでは、そのための身体操作と呼吸法を基礎として叩き込まれる。後は決まったするだけだ」


「その……どうして今まで秘密に?」


 ベルが学園での実技でこんな魔法を使ったことは一度もなかった。

 もちろん、ベオウルフをベルから教わっているマルティナも、そんなもの習っていない。

 彼女の疑問も当然だった。


「別に秘密にしていたわけじゃない。対人間に使うには危険すぎるからな」


「いや、使えれば戦いの幅は広がるだろう? それに、フロイラインにも教えてあげればギフトとの組み合わせで……いや……そもそも魔法陣をその場で描けるとなると、それは現代の魔法論を根本から覆すことになるぞ、ベル」


 ハルトムートを筆頭に、ヒルデガルド、サシャのマジックキャスターである三人は、ベルの技について、魔法論を戦わせた。

 ベルの技は、言ってしまえば『マジックアイテムをその場で作り出す』ようなものだ。

 契約も詠唱も、魔術の才能すらも必要としない。

 魔術に造詣の深いものにほど、それは驚きと可能性を感じさせた。


「誰にでも出来るわけじゃない。筋肉や骨の細かな操作と、生命力オドの微細な出力調整が要るんだ。そんな練習をするより、才能があるなら魔法の勉強をしたほうが手っ取り早いと思うぞ」


 さぁ行くぞ、とベルはまとめた荷物を抱え、立ち上がる。

 確かに、ここは敵の真っ只中、第二層の未踏エリアだということを皆は思い出す。

 徘徊するワンダリングモンスターの数も多く、それぞれもかなりの強さなのだ。

 ベルを先頭に、マルティナが背後を守る陣形を組み、ハルトムート隊はサシャの描く地図と大空洞の知識を頼りに、カンテラの揺れる光の中をまた、進み始めた。


――探索初日、残り五日間。


 大空洞フェルヘンボーフムの闇は濃く、ねっとりとした質量をも伴って、彼らの足にまとわりついた。

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