第17話「探索開始」

 ベルの身長の倍ほどの長さのある横穴は、奇妙な冷たさと滑らかさのある金属製で、少しずつ広がる漏斗ろうと状をしていた。

 出口側――大空洞内部側――にロープをかける場所もないため、仕方なく飛び降りる。

 二階建ての学生寮と同じくらいの高さのある穴は、もし一方通行の呪いを解除することができても、引き返すのは難しそうだった。

 自分で飛び降りることのできたベルにハルトムート、そしてマルティナ。そのあとから問答無用でベルに飛びついたヒルデガルドの後ろで、サシャが震えていた。


「大丈夫だ。受け止める。飛べ」


「後ろのパーティに迷惑をかけてしまう。急いでくれたまえ」


 ベルとハルトムートが手を広げて待っているのだが、サシャはなかなか踏ん切りがつかないでいる。

 やがて後ろから来たエッポのパーティのカミルが、問答無用でサシャを抱きかかえた。


「え? うえええ?」


 突然のことになされるがままになったサシャとともに、カミルは翼でも持っているかのようにふわりと飛び、音もなく着地する。

 お姫様抱っこをされていたサシャを立たせ、一瞬ベルへと目を向ける。

 思わず言い訳しようとしたベルだったが、その言葉は頭上からの叫び声にかき消された。


「カミル! このエッポ様が飛び降りるぞ! ちゃんと補佐しろ!」


 肩をすくめて振り返ったカミルの背中を見つめ、ベルは開きかけた口を閉じた。

 カミルに対しては、なぜか感情的になってしまう。

 ベルだってサシャのサポートはしていたのだ。言い訳する必要などない。

 しかし、迷宮の探索中に同じ状況になったとして、もしサシャの背後からモンスターが襲ってきたらどうするのか。

 そんな冒険者の基本も考えつかなかったベルは、そっと奥歯をかみしめた。


「ああああの、カ……カミルさん。あああありがとうご……ございま――」


「……肉を食え」


 お礼を言ったサシャの肩に手をのせ、カミルは一言だけ声をかけてエッポの後を追った。


「ふひっ?」


「……たぶん『筋肉が足りないぞ』って言いたいんだと思いますよ」


 言われた意味が分からず固まるサシャ。

 マルティナは笑って通訳した。

 ヒルデガルドとハルトムートも笑い、第二層の未踏エリア『大空洞フェルゼンホーフル』の中に入ったというのに、パーティに和やかな空気が広がる。

 カミルの言葉がきっかけだったことはしゃくさわるが、この空気は悪くない。

 肩の力を抜いて大きく深呼吸をしたベルは、ハルトムートに向かってなんとか笑顔を作った。


「ハルト、隊列を組もう。先頭は俺、殿しんがりはマリーだ」


「……いいね。しかし、殿しんがりはぼくが努めさせてもらおう」


 一瞬だけマルティナを見たハルトムートは、腰の細い剣をカチャリと鳴らし胸を張る。

 精神的に弱いところのあるマルティナの消耗を心配しているのだろう。

 ベルにもその気持ちはよく分かったが、それでもあえて首を横に振った。


「いや、ハルトには全員の状況と迷宮内部を把握して、指示を出してもらう必要がある。後方ばかりに気を取られては困るんだ。……マリーは強い。信じろ」


 最後は声を潜め、ハルトムートにだけ聞こえるようにそう告げる。

 未踏エリアという難関だ。

 お互いを気遣うことは必要だが、全員が全力を出さなければ、比喩ではなく命がない。

 ベルの決定は正しいとわかっていてもなお、ハルトムートは決断できずにいた。


「わ、わたし! シンガリできます!」


 授業中の発言のように、マルティナが手を上げて宣言する。

 それに続いて、サシャも勢いよく手を上げた。


「ぼ……ぼぼぼくも! あああの、『大空洞フェルゼンホーフル』の地図は頭に入ってます! せせせ正解だとは、あ、あの、だ……断言できない……けど……」


「なんじゃ、盛り上がって来たの! ベル! もちろん余も協力は惜しまぬぞ!」


 最後にヒルデガルドが飛び上がって手を伸ばし、全員の瞳がハルトムートを見つめる。

 ベルの「決まりだな」という言葉に、ハルトムートはやっと顔を上げた。


「よし。先頭はベル。殿しんがりはマリーで行こう。サシャ、キミは魔力探知マジェスアーケンを展開してくれたまえ」


「余は? 余は?」


 全員に指示が渡ったあと、きょろきょろと周りを見回したヒルデガルドがもう一度手を上げる。

 ちょっと考えた末、ハルトムートは「ヒルダは中央に居てください」とだけ答えた。


「なんじゃなんじゃ! 余は陶物すえものではないぞ!」


 小さく口をとがらせ、ハルトムートのすねを蹴る。

 あえて避けずに足を蹴られながら、ハルトムートはベルに助けを求めて視線を送った。

 ため息をつきながら、ベルはヒルデガルドの頭をぽんぽんとなでる。


「ヒルダ」


「なんじゃ!」


「お前はだ」


 話の先を考えながら、口から出たのはそんな言葉だった。


「秘密……なんじゃそれ?」


「あー、なんだ。皆がピンチにおちいった時に、颯爽と現れて一撃で助ける……そう『アルカイオス英雄伝』に出てくるヴァン神族の――」


「――ニョルズの娘、フレイアみたいに」


 ベルとサシャの声が重なった。

 二人はフレイアがいかに美しく、勇猛で、アルカイオスを助けたか、熱を持って語る。

 最初はピンとこない様子で聞いていたヒルデガルドだったが、勝利の剣を持ち、アルカイオスを巨人の国から救い出すくだりでは、身を乗り出すほど興奮した。


「よぉし! 合点がいった! 余が救ってやるゆえ、みな早うピンチにおちいるとよいぞ!」


 そんなヒルデガルドの言葉に、また全員でくすりと笑う。

 心配はいくらでもすることができたが、何でもないことのように笑い飛ばし、ハルトムート隊はついに大迷宮第二層の未踏エリア『大空洞フェルゼンホーフル』へと足を踏み出した。

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