第05話「マルティナのギフト」

 翌日の実技戦闘リーグ戦に、ハルトムートとマルティナは宣言通りパーティを組んで出場した。

 編入したばかりの二人にとって初のリーグ戦。

 マルティナの震える手には革製のガントレットを装備しているが、武器らしきものは持っていない。

 ハルトムートは一応腰に細身の剣を帯びてはいたが、その装飾過多の剣はとはとても実践向きとは言えない代物だった。


 つまり、ありていに言えば二人とも……戦いに向いていない。

 少なくとも前衛向きでないのは、だれの目にも明らかだった。


「はじめ!」


 教師の掛け声に、マルティナは「ひゃわわっ」と妙な声を漏らす。

 ハルトムートはすらりと剣を抜き、彼女の隣に並んだ。


「フロイライン。落ち着きたまえ」


「ひゃっ、ひゃいっ!」


 相手の戦士が振り下ろした戦槌メイスをなんとかそらしながら、ハルトムートが声をかける。

 マルティナは相手を突き飛ばすようにガントレットを突き出した態勢のまま、小さく「放てフォイヤー!」と起動ワードをつぶやく。

 その言霊に反応して、彼女の手が触れている相手の脇腹が「パン!」とはじけた。


いてっ! このっ!」


 しかし、その威力は弱く、相手は顔をしかめながらも、何のためらいもなくメイスを振り回す。

 接近しすぎていたため柄の部分に殴られたマルティナは「ぶへっ」と倒れた。


白銀しろがねの影よ、紫紺しこんの雨よ、闇よりでてたけく逆巻け。六精霊の四なる水の――」


 隣で呪文を詠唱していたハルトムートの兜に、ボウガンの矢が「ガツン」とぶつかる。

 その瞬間、魔法元素マナにかかっていた圧力は、もろくも四散した。

 何とか起き上がったマルティナは、相手に向かってもう一度手を伸ばす。

 しかし、背も低く、武器も持たない彼女の手が、相手に触れることは、この試合中二度となかった。


「……よし、下がれ!」


 ボウガンを射た後、呪文を詠唱していた相手の魔術師が合図を送る。

 ハルトムートを蹴り飛ばして、戦士が距離をとった瞬間、マルティナたち二人を雷撃が襲った。

 かろうじて魔法に抵抗レジストしたハルトムートは膝をついただけで済んだが、異能持ちギフテッドの高い基礎体力だけで対抗しようとしたマルティナの目は、内部から破壊され、一瞬で白濁する。


「そこまで!」


 双方のダメージを計っていた教師の声とともに、強力な第五層ヒュンフトアーティファクトの力で全員の傷が癒される。

 心臓の止まりかけていたマルティナは「かはっ!」と沸騰した胃液を吐き、地面に倒れた。


「マルティナ! 大丈夫かい?!」


「だいじょ……れふ……」


 思わず腰を浮かせたベルの見ている先で、ハルトムートに抱えられたマルティナが息も絶え絶えにかすれた言葉を返す。

 いかに第五層アーティファクトの力といえども、あまりにもひどい怪我を負った場合は、後遺症が残ることもある。

 もちろん、完全に生命活動が終わった人間を生き返らせることもできない。

 この少数精鋭の学園に、年に何度もが行われるのには、それなりの理由があった。

 だからこそ、学園を無事卒業した者には成功が約束されている。

 彼らが居るのはそんな世界だった。


「ハルトムート、マルティナを保健室へ連れて行け。では次」


 教師の声は冷静だ。

 マルティナに肩を貸し、ハルトムートが立ち上がる。

 駆け寄ったベルも肩を並べ、三人はゆっくりと保健室への廊下を歩いた。


「わかったろう? ベル。君の力が必要だ」


「……お前たちがパーティを組むのに、前衛が必要なことは分かった。だけどそれが俺である必要性は感じられない」


 冷たいベルの言葉に、マルティナは何度か口を開く。

 しかし、焼けただれた喉は、満足に言葉を発することはできなかった。

 ハルトムートは肩を優しくたたくと、彼女の言葉を代弁した。


「さっき見た通り、マルティナの異能ギフトはあの伝説の【爆槍ばくそう】と似たものだ。威力はだいぶ弱いがね」


 ギフトを持つ者の中でも、特に強力な力を持つ者にのみつけられるのが「二つ名」だ。

 第八王国を建国した英雄の一人であり、ギフトにより巨大なパイルバンカーを撃ち出す少女戦士。

 【爆槍ばくそう】の二つ名を持つアミノ・スフェロプラストのことは、ベルも知っていた。


「しかし、マルティナのギフトにはパイルバンカーを打ち出すほどの力はない。近距離から相手の急所に向けて発動させなければ使いこなせない。そこで君の体術が必要になる」


 そんなに苦労してまでギフトでの戦いをしなくても良さそうなものだが、学園に異能持ちギフテッドの赤襟として編入したマルティナには、ギフトを使いこなす義務がある。

 ギフトを使いこなせないとなれば、すぐにでも彼女の学籍は剥奪され、その家族に支給される支援金も停止されるのだ。

 マルティナの家庭の事情などベルには想像もつかないが、冬になるたびに何千という人が死ぬこの国ではよくあることが、ひと家族分増えるのは想像に難くなかった。


「そうしてマルティナとベル、キミたちが前線をかく乱してくれれば、六大精霊すべてと契約を結んだこのぼく、ハルトムート=フライスィヒ・フォン・ヴォルフブルクが、魔法で仕上げをすることができる」


「ちょっとまて、六大精霊すべてだと?」


「あぁ、言ってなかったかい?」


 ベルは絶句した。

 光・闇・地・水・火・風の六大元素のうち、相反する力を持つ精霊両方と契約できるものはほとんどいない。

 そもそも普通の魔術師は、生涯をかけてもたった一つの精霊とも契約できないことが多いのだ。

 才能にあふれたものが三つの精霊と契約できれば『伝説の』魔術師などと呼ばれたりもする。

 普通は精霊の眷属たる様々な悪魔と契約をし、自分の魔術をカスタマイズしてゆくものだ。

 それが六大精霊すべてなどというのは冗談にしか聞こえなかった。


「しかしそのせいでぼくの呪文には、どの精霊に対するものか、どの魔法元素マナ生命力オドを反応させるかという選択肢が多くてね。どうしても詠唱が長くなる」


 それが君を必要とするぼくの理由だと、ハルトムートはマルティナを連れて回復術師ヒーラーの常駐している保健室の扉をくぐった。

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