最強の傭兵部隊で育った少年は、冒険者学園を平凡な成績で卒業したい

寝る犬

独唱《アーリエ》

第01話「王立学園」

 再来年には成人となる十三歳の誕生日。

 その日のマルティナ・マイナートの日記には、一行目から『人が空を飛ぶのを初めて見た』と書かれていた。


 異能ギフトを見いだされ、ドゥムノニア王立学園に編入した初日の日記である。他に書くべきことは山ほどあっただろう。

 しかし、とても同じ学園の生徒とは思えないほど大きな、甲冑を着た男が軽々と宙を舞っていた衝撃には、どんな珍しい出来事も勝てない。

 それは、編入直後に行われた実技戦闘リーグ戦の最中さなかの出来事だった。


「うるあああ!」


 巨漢の戦士がギフト専用武器の槍を上段に振りかぶり、半分も背の低い少年に斬りかかる。

 異能者らしく、スピードにパワーも乗った攻撃は、一瞬で少年を真っ二つにしてしまいそうだった。

 少年はクロスさせた手のひらを内に向けたまま、地面を蹴って相手の懐に潜り込む。そのまま槍を掴み、グンッと沈み込むと、戦士はバランスを崩し、弧を描いて宙を舞った。

 見学している生徒の視線が一斉に戦士を追う。

 たっぷり三秒。

 宙を舞った戦士は、受け身も取れずに地面に落ちてゴロゴロと転がると、そのまま壁にぶつかって止まった。

 少年は手に握っていた相手の槍を地面に投げ捨て、すでに別の男へ向けて最初の構えに戻っている。

 左のゆるく握られた拳を腰の脇に据え、半身はんみに構えて腰を落とした独特の姿勢。右手は二本の指で相手の急所を指し示し、いつでも攻撃に移れるよう、前へと突き出されていた。

 貴族らしいもう一人の男は、腰の剣マジックアイテムを抜くと、勢いよく突き出す。

 少年は切っ先をブラス・ナックルで叩き落とし、そのまま滑るように刀身に乗って体重をかけた。

 剣はピクリとも動かない。貴族が焦って手元に視線を落とすのと同時に逆の足を進め、少年は懐に飛び込んだ。


――とん


 拳を握るでもなく、ただ分厚いブラストプレートに手のひらを触れただけのように見えた。

 しかし次の瞬間、貴族は兜の隙間から嘔吐し、膝から崩れ落ちる。

 吐しゃ物のしずくがはねない位置までさっと飛び退き、少年はちらりと審判の教師へ視線を向けた。

 苦々しげな表情でそれを見ていた教師はため息をつくと、右手をのろのろとあげる。


「……そこまで! 勝者ベル!」


 教師の声が練習試合の終了を告げ、周囲からは失笑が漏れた。

 壁際に転がっていた戦士はダメージもなく立ち上がると、羞恥に顔を赤くしながら不満を告げた。

 自分の体に擦り傷の一つもないことを確認し、試合の続行を望む。

 しかし、教師にその要望は聞き入れられなかった。


「ああも寝かされてしまってはな。集団戦闘では死にたいだ。さぁ下がれ。他のものの練習のじゃまになる」


「……ちっ、あんなんじゃモンスターに傷一つつけられねぇのに!」


 地面に落ちていた大きな槍を軽々と振り回した戦士は、胸を抑えてうずくまる貴族に駆け寄った。


「エッポ様、大丈夫ですか?」


 その間にアーティファクトの回復魔法が、自動的に全員を癒す。

 身体を起こした貴族は、自分の吐しゃ物で汚れた兜を脱ぎ捨てた。


「大丈夫ですかだと?! この役立たずめ! 貴様なぞクビだ!」


 大声でわめき散らすエッポに別の生徒が肩を貸し、不満たらたらのまま壁際に戻る。

 勝ち名乗りを受けたベルという男の子……そう、マルティナと比べても小さく細い男の子は、拳をカバーする小さなブラスナックルのついた手を胸の前で合わせて頭を下げると、誰も居ない壁際を選んで腰を下ろした。

 見ていたマルティナは思わず腰を浮かし、拍手で祝福する。

 しかし、周囲の生徒からの鋭い眼差しと、教師の咳払いを浴びて、きまり悪そうに座るしかなかった。

 それでもちらりと視線を上げると、先の少年と目が会い、軽く会釈される。

 マルティナは思わず笑顔になると、情報通で知られているらしい隣の生徒、レナ・ロッツィの袖を引いた。


「レナさん! あのベルって子知ってますか? すごく強いですね」


「ん? あー、ロバート・レイヴァンズクロフト? あの子は強くないよ。白襟ギフトなしだし、序列も真ん中くらいだもん」


「そうなんですか? え……ロバート? ロベルトじゃなくて?」


 ドゥムノニアには珍しいロバートという名前を聞いて、思わず聞き返す。

 この『純血政策』真っ只中のドゥムノニアで、アングリア式のファーストネームはとても珍しかった。


「そう、ロバート。アングリアじんよ。みんなドゥムノニア読みで『ロベルト』のベルって呼んでるけどね」


 袖を引かれたレナはノートから一瞬視線を上げたが、あまり気にした様子もなく次の生徒の情報へと顔を伏せた。

 お目当ての生徒が出てきたのだろう、すぐにもう一度顔を上げ、今度は熱心に黄色い声援をあげている。

 ロベルトなら愛称は『ロビー』とか『ロビン』じゃないの? と思ったマルティナだったが、それ以上話は続きそうもないとあきらめ、ベルへと視線を戻した。


――ロバート・レイヴァンズクロフト。


 確かにアングリア人だと言われて見れば、彼はドゥムノニアには珍しい黒くて真っ直ぐな髪をしている。

 身長はたぶんマルティナよりも低く、百五十センチもない。

 十歳か十一歳か、とにかく彼女よりも年下だろう。

 手足も細く、力があるようには見えない。

 そして、白襟ギフトなし。マルティナは長い三つ編みを背中に跳ね上げ、ギフテッドの印である自分の赤襟に手を触れた。

 『ギフト』は、神代じんだいに大迷宮を作り上げた古代文明の末裔のみが授かる異能いのうだ。

 あるものは巨大な剣を羽毛のように振り回し、あるものは魔法元素マナを介することなく生命力オドのみで魔法を発動する。

 異能ギフトの内容は十人十色ではあるが、基礎的な運動能力は異能持ちギフテッドのほうが何倍も優れているのが普通だった。

 しかし彼は、それでなくとも倍も体格差がある戦士を、小石でも放るように投げ上げたのだ。

 その後の試合中、彼女は事あるごとにベルことロバート・レイヴァンズクロフトという小さな少年を見て過ごした。

 ベルはリーグ戦の星取表を確認して指折り数えると、本日二回目の試合に出場する。

 マルティナが期待の眼差しで見つめる中、ベルは相手の剣戟をふわりと受け止め、そのまま不自然に倒れ込むと「戦闘継続不能」を教師に告げた。


 マルティナの編入初日。

 ベルの成績は一勝一敗。学園内の序列は七十人中三十五位と、本日時点では、ちょうど真ん中の成績を指し示していた。

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