第12話 普通逆だろ

 今は春休み。大抵の学生は、進学、進級などといった一大イベントの直前だ。

 まあ、俺は高校に進学で、そのイベントを待っている人間たちの一人なんだが、俺は今駅前にいる。


 なぜかというと、今日は玲羅とのデートだ。


 だが、俺は今凄まじく気分が悪い。なぜなら―――


 「なあなあ、うちらとあそぼーぜ。」

 「そうだぜ、気持ちいいこともできるからよ。」

 「はぁ、人を待ってるんで。」


 俺は現在進行形で、ガラの悪いギャルに絡まれている。


 そもそも玲羅と一緒に家を出ればよかったものを―――と思うのは勘弁してほしい。


 自宅で、デートの服を選んでた玲羅に、

 「普通のデートっぽく待ち合わせするか?ほら、最寄りの駅前で。」

 と言ったんだ。


 カッコつけなけりゃよかった。


 ていうか、こういうイベントは立場が逆だろ。お約束はどこへ?


 「なあ、無視してんじゃねえぞ。待ち合わせなんか放っておいて、うちらと良いことしようぜ。」

 「そーだそーだ!」

 「だから待ってる人がいるから……」

 「関係ねーよ!ほら、行くぞ…………?こいつ全然動かねえぞ。」

 「何やってんすか?……あ、ほんとだ動かねえや。」


 ギャル二人が俺をどこかに連れて行こうとするので、取り敢えず体幹だけ固めて、その場から動かないようにしていた。


 にしても、ウザイな。グチャグチャにしてやろうか?……変な意味じゃなくて。バイオレンスな方で。


 そんなことを考えていると、玲羅が現れる。


 「翔一……その人たちは?」

 「あ、玲羅。助けてよ、マジめんどいわこいつら。」

 「あ?なにがめんどいって?」

 「いやいや、会話から汲み取れよ。馬鹿なのか?」

 「は?うっざ。お前みたいなやつこっちからごめんだわ。」


 そう吐き捨てると、ギャルたちは消えていった。なにがしたかったんだろうか?いや、うん、察しはつくけど……


 「翔一、今のは?」

 「ああ、絡まれてた。なんか気持ちいいことしようぜーとか、なんとか言われて。」

 「気持ちいいこと……」


 なんか玲羅が俯いて考え事を始めた。


 「どうした?早くしないと映画が始めるぞ。見たいんじゃなかったのか?あの映画。」

 「ああ、そうだった。私たちも早く行こう。色々な予定が狂ってしまう。」

 「そうだな……じゃあ、手つなぐ?」

 「……へ?」


 俺が手を出すと、拍子抜けしたように玲羅がフリーズする。しかし、俺は玲羅のそんな様子に気付かず、手を繋がれないことに不安を抱いた。


 「もしかして、手を繋ぐのはまだハードルが高いか?」

 「い、いやそういうことじゃない。ただ、私も手を繋いでいいのか分からなくて……。だから驚いただけだ。それに―――」

 「それに?」

 「同じことを考えてたなんて、少し嬉しい……」

 「―――っ!?」


 玲羅、それは反則だよ。


 玲羅の綺麗な顔が赤面していくあたり、本当のことだし、本心じゃなくてもテンションが上がってしまうものだ。―――我ながらキモいな……。自制しよ。


 「……えいっ!」

 「―――っ!?」


 少しだけ溜めて手を繋いできた玲羅の姿が可愛すぎて、俺は息を呑んだ。しかも、恋人つなぎをしてきた。


 「玲羅さん、恋人つなぎなんて、なんてハイレベルな……」

 「え!?恋人の手つなぎってこうするんじゃ……違ったのか?」

 「違いません!早く映画館に行こうっ!」


 違うのかどうかを俺に質問するとき、握ってる手を強くして、泣きそうな目で上目遣いを使うのはさすがに反則だぞ。萌え死ぬじゃないか!


 アハハ、自制心なんてこれっぽっちもはたらいてないじゃないか!


 「映画、楽しみだな。」

 「ああ、私も翔一と同じ気持ちだ。」


 そう言いながら寄り添ってくる玲羅に一つ言いたいことがある。


 可愛すぎ!


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「いやー、面白かったな玲羅。」

 「ああ、特にヒロインの告白シーン。私も少し感情移入してしまった。」

 「ははっ、玲羅らしいな。」


 俺たちは映画を見た後、回転寿司のチェーン店に来ていた。

 昼食の場所をどうするか話していた時に、ここ回転寿司店に玲羅の目が行っていた。


 「それにしても、ここでよかったのか?ここは、それなりに食べたらそれなりにするぞ?」

 「金の心配はするな。これでも結構な貯金があるからな。一食分贅沢したって問題ない。遠慮せずに食べろ。」

 「そ、そうか……ならお言葉に甘えて……」


 そう言うと、玲羅は目に入った寿司皿を取っていく。それもとてつもない早さで。


 天羽玲羅。キャラクター設定上、彼女は結構な健啖家とされている。

 故に俺は、外食するとそれなりの金額がかかることも想定済み。今、俺の財布は結構な額が入ってる。


 それからしばらくして


 「お会計14300円になります。」

 「これで」


 会計を済ませると、少し申し訳なさそうな玲羅が出迎えてくれた。


 「その……すまない。何も考えずに食べ過ぎてしまった……」

 「そんなに落ち込まなくていいよ。別に食べることは悪いことじゃない。むしろ我慢して腹減る方が、なんか不幸っぽいじゃん。だから、食べたいなら食べてくれ。食べること自体が幸せだからな。」


 俺はそう言うも、玲羅は少し納得していないようだ。


 玲羅は素直ないい子だ。周りの心配を出来るいい子だ。ちょっと天然だけど。ちょっとしたことで気に病む。俺は気にしてなくても。


 「アンギュラーゼロでも行くか?」

 「そうだな。久々に体を動かしたい気分だ。」

 「じゃあ行くか。何する?」

 「ボーリング!」


 ちなみにアンギュラーゼロとは、スポーツ複合大型施設だ。まあ、ラウン〇ワンのオマージュだろう。


 しばらくして―――


 「玲羅、俺は見たことないよ。」

 「そ、そうか?やはりこ、恋人に良いところを見せたいと思ったからだろうか?」

 「だとしても、パーフェクト300点は凄すぎるよ。」

 「えへへ、翔一に褒められた……。」


 運動神経がいいっていう設定にしても、すごすぎるだろ。なんだよ、バグでも起きたのか?


 いや、俺は10セット全てをストライクで倒した姿をこの眼で目撃している。


 「なあ翔一……」

 「ん、なんだ?」

 「その……どうだった?」

 「ボーリングか?もはや才能を通り越して、プロが泣いちゃうレベルだよ。普通にすごいと思う。」

 「そ、そうかそんなにか……翔一はなにか得意なスポーツはないのか?」

 「んー、しいて言うなら野球かな?やってたし。」


 俺の言葉に玲羅は、施設内地図を見渡す。

 すると何かを見つけたのか、表情を明るくしてある場所を指さしてきた。


 「翔一、これ見てくれ!」

 「なになに……恋人連れの挑戦者、成功者にはペアの腕時計をプレゼントだって?景品もらうための敷居たかくないか?これ」

 「で、でも、ストラックアウトだって。野球ならバッティングかピッチングだろ?」

 「本音は?」

 「翔一とのおそろいの腕時計……欲しい……デス。」

 「よしやろう。」


 こんな可愛い頼み方をされて断れる彼氏がいるだろうか?いないに決まっている。


 いるとしたら、それは人間じゃない何かだ。


 というわけで早速、そのストラックアウトがある場所に来てみたのだが。


 「翔一、的が遠くて小さくないか?」

 「ああ、大きさは通常のストライクゾーンより一回りくらい小さくて、距離は20メートルちょい。規定より2メートルくらい遠いな。」

 「見ただけで、そんなに詳しく分かるのか?」

 「いや、大体このくらいかなってくらい。そこまで精度は完璧じゃない。」


 そんな話をしつつ、俺は開閉式の扉を開けて、ピッチャーサークル内に入る。ちなみに、スタッフが結果を見てくれる。


 一回の挑戦に100円。クリア者はいまだに出ていない。何回もやりたくないから、この一回で終わらせる。


 球数は9。的も9。見た感じ、枠に当てれば2枚抜き出来そうだが、不正と言われそうなので、ミスなしで全部取る―――


 「お、おめでとうございます。こちらが景品の時計になります。」

 「あざーす。」


 俺は成功報酬を受け取ると、すぐさま玲羅の下に行った。


 ちなみに一発でクリアした。見かけより簡単だった。しかし、周りはそう思ってないらしく、結構みんな驚いてた。


 「翔一、お前凄いんだな。」

 「いや、パーフェクトの玲羅ほどじゃないよ。あ、これ景品の腕時計。腕出して―――――――――はい。」


 腕を出してきた玲羅に、素早く腕時計をつける。なんか小恥ずかしいな。

 そう考えつつも、俺も腕に腕時計をつける。


 「翔一」

 「なんだ玲羅?」

 「おそろい、ありがとうな。」

 「――っ!?」


 感謝を述べた玲羅の笑顔は、漫画で見るどの笑顔よりも、美しく子供らしくて、輝いていた。

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