第9話 ギャル

 時刻は進んで入試当日


 推薦取り消しになった玲羅のために色々と勉強を教えていたのだが遂に、来てしまったな。


 俺?推薦で合格した。転校生だからとれねえかな、って思ってたら普通に取れた。


 今俺の目の前には、緊張している玲羅がいる。


 「し、翔一……大丈夫だろうか…。もし落ちたら、私は…。」

 「大丈夫。俺も勉強に付き合ったし、模試も余裕でS判定だったろ?」

 「だが、万が一というのもあってだな。」

 「はあ、最初から失敗する未来を想像してどうする?想像するなら笑える未来を見ようぜ。」

 「なんだそのくさいセリフは。」


 そう言って、控えめに笑う玲羅。


 くさいセリフは恋をも冷めさせるというが、こういう時は緊張をほぐすのに使えそうだ


 「笑えるくらいには緊張は解けたな?大丈夫、もっと自分に自信を持て。そうだな合格したら、俺が何か一つだけ言う事を聞こう。」

 「それはっ―――!?なんでもいいのか?」


 くっ……そんなに期待を込めた目を向けないでくれ。俺とて限界があるんだからな。


 「もちろん、俺の出来る範囲でだ。金が欲しいとかならなんとか工面できるが、しないでほしいな。あくまで俺が肉体的にできることでよろしく。」

 「そうか、なら大丈夫だ。私の求めるものは決まってるからな。」

 「そうなのか?なら、別に今言ってもいいぞ。」

 「そ、それはフェアじゃない!」


 え?なにが?何がフェアじゃないんだ?


 いや玲羅の希望なら、そういうのなしに聞いてしまいそうだけど。そういう事じゃないよね?


 「というかなぜお前は受験会場の前までついてくるんだ?翔一、たしか学校は休みだっただろ?」

 「決まってんだろ。行きと帰り、どっちも玲羅と一緒にいるんだよ!」

 「そ、そうか…。私はもう時間だから行ってくる…。」

 「おう―――あ、そうだ玲羅。」

 「なんだ―――っ!?」


 俺は、会場に向かっていく玲羅に声を掛ける。

 玲羅の言葉が詰まったのは、俺の顔がくっつかんばかりの距離にあったからだろう。


 硬直する玲羅に、笑顔で―――


 「頑張れ」

 「~~~っ!?」


 そう言って俺は、逃げる様にその場を去った。


 (な、なんなんだ!?なんなんだあの男は!?なのにどうして私はこんなにもドキドキしているんだ…。)


 俺の行動に、玲羅が悶絶するのは、俺の計画通りだったのかもしれない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「いらっしゃいませ。おひとりさまですか?―――って、え!?」

 「あれ?お前、確かクラスの……新島だっけ?」


 玲羅と別れた後、俺は近くの目についた喫茶店に入った。


 営業時間を見ると、朝方から夕方まで仕込み時間なしで開いている珍しい店だ。


 それよりも―――


 「ここ、中学生でもバイトできんのか?」

 「ちょ、ちょ、ちょ、とりあえずテーブル席に!」

 「あ、おい!?何だ急に!?」


 そう言って誘導されたのは、二人が対面で座るように設計されたであろう席だ。


 俺が大人しく座ると、対面に新島が座る。


 新島葵にいじまあおい、うちの学校が誇るギャルだ。いかにもな見た目で、毎夜毎夜遊んでるらしいのだが、その実遊んでいるらしい。

 同じ意味に聞こえるが、俺が言ったのは前者が「男遊び」、後者は「カラオケとかで夜通し同性と遊び倒す」だ。

 いや、別にどっちでもいいんだけど。ラブコメ漫画のギャルってなんか良い奴多いんだよね?キャラが立つからかな?あー、ギャップか。


 勝手に一人で納得していると、懇願にも似た声が俺にかけられる。


 「―――だからお願いっ!このことは誰にも言わないで!」

 「え!?なんの話!?聞いてなかったごめん。」


 キッ!と新島さんに睨まれる。おおこわ。


 「だから、私の家貧乏だから自分の遊ぶ金くらい自分で稼ぎたいの。だから、このことは誰にも言わないで!」

 「え?なんで嘘ついてるやつの言うこと聞かなくちゃいけないの?」

 「は?どこが嘘だって言うんだし!」

 「どこって言われても……『遊ぶ金くらい自分で稼ぎたい』のところだよ。」

 「は、はあ!?嘘じゃないし!」


 そう強がる新島。なにを必死になってるんだ?


 「しょうもない嘘をつくな、お前の価値が下がるぞ。」

 「それは……」

 「別に本当のことを言ってくれれば、誰にも言ったりしねえよ。」


 俺の言葉にうんうんうなる新島。きっと話すかどうかをなやんでるんだろう。


 大分重い話になりそうだな。身構えるか?いや、俺ほどイカれた環境にはおかれてないだろう。


 「小さいころ父親が外で女を作って蒸発した。母さんだけじゃ家系を支え切るのは難しいから、少しでも家に金を入れたい。それだけだよ。」

 「簡潔に話したな。もしかして誰かに言ったことある?」

 「一応、あたしの友達の数人は知ってる。」

 「そうか、ありがとな。あとごめん。気になると知りたくなっちゃうからさ、無理に聞いちゃった。君が嘘をついている理由を知りたくて。」

 「いいの。そのかわり聞かせて。」

 「なんだ?」


 彼女は、家庭事情を話した。半分くらい勘づいてたとはいえ、辛いことを話させた。なら俺もなにか言わないとな。


 「なんで天羽玲羅を助けた?」


 え?そんなこと?


 その考えが顔に出てたのか、新島は続ける。


 「そりゃあ疑問に思うだろ?冤罪かもしれないとはいえ、あいつは暴力事件の疑いをかけられてんだ。なのにお前はかばった。うちのクラスを洗脳するに近い行為で。」

 「洗脳とは失礼な!ちゃんと話し合ったじゃないか。」

 「それでも、なんで助けたの?それが知りたい。あんたはただの善人?それとも人を自分の掌の上で踊らせたいとか言うサイコパス?」

 「なんでその二択なんだよ。もうちょっといいのはないのか?まあ、天羽を助けたのは打算とかそういうのとかじゃなくて、好きだったからだ。だから、俺だけでも味方になってやろう。そう思っただけだ。」

 「ちっ、ナルシストめ。」

 「おい、グーで殴るぞ。」


 誰がナルシストだ。そんなことしたことねえよ


 「そういえばあんた高校は帝聖ていせい?」

 「お前も帝聖高か?」

 「うん。推薦でイケた。」

 「お前、その格好で推薦取れたのか!?」


 今日一の驚きだ。いや、ここは漫画の世界。現実とは似て非なる世界だ。ギャルでも推薦合格できるのかもしれん。


 「そういう事だから、高校でもよろしく。暇だったらあんたと天羽がくっつくの手伝ってあげる。」

 「あはは、お断りします。」

 「それってどっちを断ってるの?」

 「アハハー」

 「誤魔化すな!」


 それが、俺とギャルの邂逅。こいつの恋模様が面倒なことを巻き起こすだなんて、この時の俺は想像だにしなかった。


 あ、ちなみに玲羅は入試、合格したぞ。

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