第6話 過去

 「そういえば、殴られた痕は大丈夫か?」

 「いや、大丈夫だよ。さっきも言ったけど、武術をやってない素人に殴られても痛くないから。」

 「椎名はなにかやっていたのか?」

 「転校してくる前に、野球を部活でやってたな。でも、あの時ほど燃え上がれないから、転校してからは帰宅部だわ。」


 俺たちは、豊西の登場からほどなくして、天羽宅の前に着いていた。


 ここからは俺の態度次第で展開が大きく変わる。下手なことをしないようにしなければ。

 そんなことを考えていると、玲羅が家に入るように誘導してくる。


 「さあ、上がってくれ。」

 「お邪魔しまーす。」

 「あら、お友達?珍しいわね、豊西君以外の男の子を、玲羅が連れてくるなんて。」


 帰宅すると同時に若い女性が、家の奥からやってくる。あまりにも若すぎて、玲羅の姉と間違えてしまいそうだが、俺は原作を読んでいるので間違えない。


 「こんにちわ。天羽のお母さん。」

 「あら?玲羅の姉と間違えられなかったのは、初めてかしら?凄いわね、君。」

 「いやー、それほどでも―」

 「そうなのね、私はもう若く見られないのね…。」


 そう言いながら、天羽母は俯く。かなりどす黒いオーラが出ている。


 あるぇー?これなら姉と間違えた方が良かったのか?


 「母さん、あんまり椎名を困らせないでくれ。」

 「椎名君っていうのね?椎名なに君?」

 「椎名翔一です!気軽に翔一って呼んでも、愛称でもいいです。あ、でもショウちゃんだけはやめてください。」

 「あらー、いい子ね。翔一君って呼ぶわね!」

 「母さん!なんでそんなにすぐに打ち解けるんだ!」


 玲羅の言葉通り、俺と天羽母とはすぐに打ち解けた。これで、話もつつがなく進むかな?

 俺が、「ショウちゃん」と呼ばれるのが嫌な理由はそのうちわかる。

 なぜか、過去の記憶は妹がいることを除いて、前の世界と同じだ。つまり、あのクソ女もこの世界にいるってことだ。


 「母さん、話があるんだ。少し、時間を取ってもらえるだろうか?」

 「あら、珍しい。前から言ってるけど、境遇が辛いから高校進学は諦めるなんて話は聞かないからね。」


 玲羅、そんな話をしていたのか…。

 俺が支えてやらねば。


 「今日は違うんだ。少し話し合わなきゃいけない内容だから、リビングに行っていいか?」

 「いいわよ。翔一君もこちらにいらっしゃい。」

 「お邪魔します。」


 そうして玄関から少し歩くと、間取り的に1階の一番広い部屋に案内される。リビングだ。


 「じゃあ二人共、ソファに座って。」

 「失礼します。」「……。」


 俺と玲羅の対局側に、天羽母が座る。てか、ソファでかっ!?コの字型にしてもでかすぎないか?


 「それで話って?」

 「単刀直入に言う。しばらくの間、椎名の家に泊まらせてくれ。」

 「どうして?」


 その質問に、玲羅は静かに答え始める。


 「私は、ありもしない罪を着せられて、周囲の人間が離れていくのを目の当たりにした。でもこいつは―――椎名は、私を信じて、昨日私を迎え入れてくれた。でも、私は考える時間が欲しい。豊西に会う事のないところで……。この年齢で男と同棲というのに反対というのはもっともな意見だ。だけど、どうかお願いだ。私に、考える時間をくれ。少し、気持ちの整理をしたい。」

 「ふーん……。それで、その翔一君は信用できるの?」

 「信用―――出来ると思う。やっていいことと駄目なことの線引きは出来ている男だ。」

 「そう。じゃあ、翔一君と話がしたいから、玲羅は自分の部屋で待ってなさい。」

 「わかった。」


 天羽母に自室にいる様に言われた玲羅は、特に何も言う事無く、2階に上がっていった。


 完全に玲羅の気配が無くなったところで、天羽母が話始める。


 「最初に質問だけさせて、あの子を襲わないって約束できる?」

 「約束しなくてもしませんよ。たかだか一回の過ちで妹を落ち込ませたくないですからね。」

 「シスコン?」

 「違うわ。妹―――結乃って言うんですけど、あいつには家族が俺しかいないんですよ。色々あって…。」

 「そうなのね。さっきの発言は取り消させてもらっていい?」

 「別に気にしてないですよ。ちょっと聞いてもらっていいですか?」

 「なにを?」

 「俺がこの町に来る前の話。ちょっとしたトラウマを。これを話して、俺のこと信じてくれないなら、次の策を考えます。」

 「分かったわ。話して…。」


 天羽母に、許可をもらって、俺の過去を話始める。先刻も言ったが、過去については元の世界と一致していることが多い。だから、過去の痛みは変わらない。


 体の傷も、心の傷も、そして初恋も―――


 「うちの家系、有名な武術宗家だったんですよ。空手、柔道、剣道、etc.

 あらゆる武術に引けを取らない武術を心構えとする家系でした。でも俺は、武術ではなく、野球をしました。先を読む能力、フィジカルなど武術において、しかも勉強ですらも稀代の天才と言われた俺がです。

 当然親戚からは小言をよく言われました。でも両親は、そんな俺を支えてくれた。だからですかね、色々なところから反感を買った。

 そんな俺にも幼馴染がいましてね、名前は姫ヶ咲彩乃ひまがさきあやの。俺の初恋の相手です。

 そこそこどころか、とんでもない金持ちで天真爛漫ないい子でした。そんな姿に幼いながらに惚れました。遺書で知ったんですが、どうやら彼女も俺のことが好きだったみたいです。たしかに一緒にいることは多かったですね。

 学校では、おしどり夫婦とかからかわれてましたね。でも、その幸せは長く続かなかった。彼女は自殺したんです。

 彼女の姉の口車に乗せられた、軽薄な男に襲われて…。

 中々、立ち直れなかった。当たり前ですよ。ずっと好きだった子が死んだんですから。でも、不幸って重なるんですね。それからすぐに両親が、事故で死んだ。でも、あれは計画されたものです。不自然な点が多すぎる。

 俺が立ち直ったのは両親が死んで、棺の前で大号泣している結乃を見たからです。ああ、もうこいつには俺しかいないんだって。

 そう思った俺は、親戚にたらい回しにされながらも妹の傍を離れませんでした。それからこの町に来て、一人の女の子が目に入りました。

 誰でもない、玲羅さんです。

 最初は、彩乃に似てるなって思ったくらいなんですが、見てるうちに段々、彼女を求めるようになってました……。

 だから、今回のことを……。分かってくれました、俺の過去の話?」

 「そう……大変だったのね…。それなのに玲羅を好きになってくれてありがとうね。」


 そう言う天羽母は、聖母のような笑みを浮かべる。俺の母さんを思い出してしまう。


 「感謝されることじゃありませんよ。むしろ勝手に好きになってすいません。」

 「いいのよ。さっきの話、了承してもいいわ。あなたなら信用しても良さそうね。だって、家族のために優しくあれるいいお兄さんじゃない。

 玲羅をよろしくお願いします。」

 「分かりました。責任をもって、うちで預かります。」


 話を終えると、しんみりとした空気が流れる。天羽母は、その中で口を開く。


 「そうだ、玲羅を呼んできてくれない?もう、それなりに待たせちゃってるでしょ?」

 「そうですね。とりあえず許可が下りたことだけは伝えないといけませんね。」


 そう言うと、俺は立ち上がって階段の方に向かう。


 「玲羅の部屋は、階段上がってすぐの部屋に、玲羅って書かれた札があるところよ。」

 「わかりました。」


 まあ、原作で知ってるんだけど。それは言わないでおく。ややこしくなりそうだ。


 階段を上がってすぐに、玲羅の掛札を見つける。


 「天羽、話が終わったから下りてきていいってよ。」


 そう言うと、一呼吸おいてドアが開く。


 「ああ、どう……だったんだ?私はお前の家……に、泊まっ……って、いい……のか?」

 「どうした?なにかあったのか?」


 ドアを開いた瞬間は、特に何もなかった玲羅だが、段々と目尻に涙がたまっていき―――


 「わた……わた、しは……お……まえのことを……知らなかったんだ。だから……なにをすればいいのか分からなくて……」


 そう言いながら、玲羅は俺を抱きしめてくる。


 え!?え、急になに!?ちょ、ちょっと待って!


 俺は半分ショートした頭で思考する。


 「え、え!?急にどうしたんだ?」

 「つら……かったん……だよな?いい……んだぞ。今はだれも……いない。だから、弱音を……言っても……いいぞ。」

 「まさか、聞いてたのか。やめてくれ、さすがに俺でも耐えられるものも……たえ……たえ……られなくなる……」


 まずい、感情が制御できない。自然と涙が……弱音が……


 思いがけない玲羅の不意打ちに、俺はほとんど涙腺が崩壊していた。

 玲羅は、共感性が高いのか、俺の話を聞いただけで泣いてしまうような女の子。でも、そんな優しさが俺の心に棘の如く突き刺さる。


 もう耐えられない…。


 「ずっと……ずっと一緒にいたかったのに……なんで、なんでだよ……なんで死んだんだよお…。」


 俺は、両親を失ってから初めて人前で泣いた。

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