第2話 俺ん家来いよ

 この「中ハー」の世界に転生して、すぐに制服に着替えて、ある公園に向かおうとする。

 その公園とは、原作で天羽玲羅が思い悩んだ時に、よく来る場所だ。


 早く行かないと手遅れになる。雨の中玲羅が風邪をひいてしまうからではなく、主人公がその場所を知っているからだ。

 十中八九、あのお人よしバカの主人公豊西は、負けヒロインの様子を見に来る。どれだけ好感度が低くてもだ。豊西とはそういう人間だ。――――ん?……………………キャラだ。


 俺は、主人公と玲羅が鉢合わせないように早く家を出ようとするが、ある人物に声を掛けられる。


 「あれ?お兄ちゃん、出掛けるの?」

 「ああ、ちょっとな。」


 ある人物とは妹の、椎名結乃しいなゆのだ。もちろん前の世界には存在していない人物だ。

 記憶によると、俺達は互いに仲が良い。一緒にリビングで映画を見たり、一緒に登校するぐらいには関係は良好だ。


 「へー、外はあんなに雨降ってるのに。女か!?女なのか!?あたしという妹がいながら」


 そう言いながら結乃は「よよよ」と泣くふりを始める。


 「何言ってんだよ。今日の晩飯の当番お前だろ?早くしろよ。」

 「もー、そこは乗ってよー。今日の晩御飯は餃子だよ。だから早く帰ってきてね。タネは作っとくけど、皮で包むのは共同作業でねー。」

 「お前、ここぞとばかりに二人分の作業が必要な料理選んでないか?」

 「なんのことかなー」


 と、まあこんなふうに仲はいい。少々、結乃の悪ふざけは過ぎるがな。


 「そんじゃ、行ってくるわ。ああ、風呂は入れといてくれよ。」

 「りょーかーい!」


 結乃の元気な返事を聞いて、俺は家を出て行った。


 傘を一本だけ持って、例の公園に着くと―――いた。天羽玲羅だ。


 生玲羅だ。うひゃー、可愛い!やっぱり、漫画とリアルじゃ全然違うぜ!こう、なんていうか生きてるって感じが…。


 何言ってんだ?


 しかし、案の定傘を持たずにいるのか。今の季節、風邪じゃ済まないぞ。


 そう思い、玲羅の前に立って、傘を傾ける。

 すると、異変に気付いたのか玲羅が顔を上げる。


 うわー!玲羅の上目遣いだ!かわええ!こんな上目遣いをされたら、どんな無理難題でも叶えて見せようって思える!


 我ながら、キモいな。落ち込んでる本人の前でやることじゃない。


 さっきから俺の情緒はどこに行った?


 「こんな季節に雨にあたってると、風邪じゃ済まなくなるぞ。」

 「誰だ?」


 ……………………


 一発目のセリフがそれかよ!?悲し過ぎないか!?


 そうれもそうか。俺は物語に関与しないモブキャラだからな。


 「初めまして。椎名翔一です。」

 「はあ……天羽玲羅だ。」


 ふわあ……会話してる!玲羅と会話してる!


 「さっきも言ったけど、風邪じゃ済まないぞ。こんな季節に雨に当たってると。」

 「余計なお世話だ。お前も知ってるだろう?同じ学校の人間なら、私の噂くらい。」

 「暴力事件のことか?」

 「―――っ…。そうだ。」


 「暴力事件」と口にすると、玲羅は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 「噂なんてただの噂だろう?俺は見てないものは、確固たる証拠がないのなら信じない。」

 「は?何言って…。」

 「言ったまんまだ。取り敢えず、やったやってないは気にしてないし、信じてない。君のその目を見て、ひとまず君がやっていないと仮定することにする。」

 「だから、何を言って……」

 「家に来い。ひとまず、冷えた体を温めて、うまいもん食って、そこから考えろ。他人だからこそ話せることもあるだろ。」

 「ち、ちょっと待て!なぜ、勝手に話が進んでいく!しかも、知らない男の家になんて…。」


 うーん。知らない男の家に行かない。当たり前ですね。


 何とかして連れてかないとな。風邪ひいちまう。かといって、主人公の近くにある家に帰りたがりはしないだろう。


 やはり、公立の中学は他県からの生徒とか、他学区からの生徒とかは高校に比べて格段に少ないからな。必然的に近くの家になりやすい。


 「豊西と顔を合わせられるのか?たしか、近所だろ、お前ら。」

 「なんでそれを…。」

 「結構有名だよ。お前ら、割と目立つんだよ。」


 原作知識だけどね。まあ、嘘は言ってない。事実、主人公たちは学校内じゃかなり有名な存在だ。


 「隠れ蓑になってやる。」

 「え……?」

 「豊西と話をする覚悟、それでなくても、お前を信じなかった豊西と縁を切ることを決めるにせよ、その時が来るまで、隠れ蓑になってやる。幸い、うちには妹がいるからな。手出しはしない。俺も犯罪者にはなりたくないからな。それとも、お前の話を信じたのに、素性の分からない転校生は信じれないってか?」

 「う……そう言われると、断りづらいじゃないか…。で、でも、両親が…。」

 「聞けばいいじゃんか。天羽にとっての一番の味方だろ?取り敢えず今日は後輩の家に泊まる。とでも言えばいい。説明には俺も付き合ってやる。」


 俺は、この世界では転校生という扱いになってる。この世界で転校生がモブになるとかある!?そんな突っ込みは置いておいて。

 色々ごり押しで連れて行こうとするが、玲羅は、俺の提案を中々承諾しない。 


 「でも、それは男女が同じ屋根の下で過ごすという事で、同棲という事で……」


 なにをうじうじしてるんだ。言ってることは最もだし、人として何も間違っちゃいないんだが…。早くしてくれ!来ちまうだろ主人公アホが…。


 「玲羅!」


 ほら、来た。


 「―――っ、豊西…。」


 主人公の登場で、一瞬ビクッとした玲羅だったが、すぐに向かい合う。しかし、俺は玲羅を後ろにやり、主人公豊西の前に対峙する。


 「君は誰だ……?まあいい。玲羅、君にはちゃんと話をしてなかったからさ。」

 「もういい、私はもうわかってる。全部見たんだ。彼女と一緒にいてやってくれ…。」

 「ごめん、玲羅。でも、あんな事件を起こしたら、いくら君でも―――」

 「やってねえんだよっ!」


 「「!?」」


 どいつもこいつも馬鹿しかいねえ!主人公豊西、お前は……なんで……なんで!


 「なんでお前は、一言の釈明も聞かずに天羽を見捨てた。なんで、信じてやれねえんだよ!お前が一番近くにいたんだろ!なら、やったかやってないかは分からなくても、やりそうやらなさそうくらいは分かるだろ!」

 「そ、それは…。」

 「俺は、お前みたいなやつは嫌いだ!消え失せろ!お前は天羽と話す資格はない。」

 「そ、そんなこと、お前が決める事じゃないだろっ!」

 「ああ、そうだな。なら、俺が消えてやる。行くぞ、天羽。」

 「あ……ああ…。」


 ひとしきりキレた後、玲羅の手を引いて、強引に立ち去った。

 立ち去るとき、主人公ゴミが何か言ってたが、雨の音で聞こえなかったので、無視だ。


 公園からそれなりに離れて、家も近くなってきた頃。降りしきる雨の中、俺は玲羅に謝罪する。


 「天羽、その……すまなかった。ついカッとなった。天羽に言って良いのかは分かんないけど、俺、あいつのこと、転校してから嫌いだった。」


 俺は原作を読んでいるとき、主人公豊本が本当に嫌いだった。ちょっとスポーツが一般人よりずば抜けて出来るだけで、勉強もできない。自炊も出来ない。おまけにゲーム廃人。

 俺は良いんだ。ちゃんと、結果を出してる。あいつ豊本は大した実績もないのに、格闘ゲ―でカッコつける。


 主人公補正だけでヒロインにモテるあいつが嫌いだった。


 それでも、原作を読み続けたのは、玲羅が本当に好きだったからだ。玲羅がキャラとして出ていなかったら、即刻単行本を燃やしてた。


 そんな俺の愚痴に、儚げに笑いながら玲羅は答える。


 「いいんだ。むしろ、嬉しかった。両親以外にあそこまで私をかばってくれる人はいなかったから。あそこまで私のことを信じてくれているのなら、私も君を信じよう。」

 「え?ってことは……?」

 「君の家まで案内してくれ、君の提案を受け入れたい。」

 「分かった。って言っても、ここが俺の家なんだけどね。」


 Yes!玲羅が俺ん家に泊まる!Yes!さっきの怒りはどこへやら。


 「ささ、入って、入って。ただいまー」

 「お、お邪魔します。」


 俺たちが玄関を開けて入ると、すぐに結乃が出迎えてくれた。しかし、玲羅の顔を見るや、すぐさま


 「お兄ちゃん、女連れて帰って来たの?やっぱり、今日は餃子やめてお赤飯にしようかなー。」

 「ちょっと待て!メニューはそのままでいい。話はあとでする。風呂沸いてるか?」

 「きゃー、お兄ちゃんが3P狙ってるー。お風呂は沸いてるから、体を綺麗にしなくちゃね!」

 「結乃……お前のアホな発言で、お兄ちゃん泣けてくるよ…。」


 帰って、早々余計なことを…。しかも、結乃は器用に体を使って、俺の拘束を抜け出した。


 「ごめんな、天羽?取り敢えず、体冷えてるだろ?風呂入って温まってこい。」

 「あ、ああ……ありがとう…。その、仲がいいんだな…。」

 「仲悪いよりはマシでしょ?」

 「それもそうか。」


 そう言うと、玲羅は脱衣所に向かっていった。


 「で、お兄ちゃん?」

 「お前、マジで何したいんだ?」

 「説明して。なんで、天羽先輩が家に来てるの?」


 それから、天羽が風呂からあがるときに服の話をするまで、妹への説得を開始したのだった。

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