第8話 婚約者との初顔合わせ上(メリル視点)

私の名前はメリル・ペンルイス。侯爵家の娘であり、商人たちをまとめる仕事もしている。そんな私にも貴族家の令嬢であるならば避けては通れない行事がある。それは婚姻だ、貴族であるならば家のために婚約を結ぶなど当然のことだろう。


しかし、私には自分だけの力で商会を設立し、成功するという夢がある。幼いころに父に教えてもらった商売というものに夢中になってしまったのだ。他の貴族に嫁いでしまえば私の夢はそこで潰えてしまう。


だからこそ、私は家のために婚約を結びたい思いと自分の夢を叶えたいという思いの狭間で揺れていた。しかし、現実的に考えるのであれば前者一択だろう。私は自らの夢のことを胸の中に永遠にしまい込み、婚約者と会う約束の前日を迎えたのだった。


「お父様、そろそろ私の婚約者の方のお話を聞かせていただけませんか?お会いするのは明日ですよね?流石にそろそろ教えて頂いてもいいのではないですか?」


そう、私はお父様から婚約が決まったというのは教えられていたがどこの貴族家との婚姻というのは教えられていなかった。流石に私が侯爵家の娘ということで身分が上といっても相手方の情報を少しでも知っていなければ失礼に値する。侯爵家の娘としてそれは許されないことなのだ。


「うん?そういえば話していなかったな。お前の相手はマクリッド様だ。」


「マクリッド様ですか?そうですか、王家との婚約なのですね。お父様、おめでとうございます。これで我がペンルイス家も安泰ですね。」


私の婚約者は王子、つまり私は未来の王妃となる女。王妃とは国のために生きてかなければならず、自由は許されない。貴族家に嫁いだとしても、もしかすれば私の夢は諦める必要がないのかもしれないと心のどこかでは考えていた。だが、王妃ではそれも叶うこともない。


気づけば、私の頬には涙が伝っていた。おかしい、自分の気持ちには蓋をして考えないようにしていたはずなのに。


「ぐすっ、・・・・ぐすっ、・・・ううっ。」


止めなきゃ、この涙を止めなきゃ。私は家のために王家に嫁がなければいけないんだ。私が泣いてしまえば困るのはやさしいお父様だ。


「メリル、お前。」


「お父様、ごめんなさい。分かっているのです、私はペンルイス侯爵家の娘。自分の夢などよりも家のことを第一に考えなければならないことくらい。それでも、今日くらいは、今日だけはお許しください。明日にはこの気持ちにけりをつけますから。」


やさしいお父様は泣きじゃくる私のことを心苦しそうに見つめている。お父様だって私の夢のことを知っているのだ、こんな私を見ていたらお父様だって心が苦しくなってしまう。


私はお父様に自分の泣いている姿を見せないために部屋を出ていこうとする。


「待ってくれ、お前の夢のことは私も理解しているつもりだ。お前は知らないかもしれないがマクリッド王子はあの、将棋の制作者でもあるんだ。」


「えっ、あの国中の平民たちの間で流行っている将棋ですか?」


「あぁ、その通りだ。将棋自体の人気が凄すぎることと流行っているのが平民の間ということで余り知られていないが正真正銘、彼が制作者なんだ。」


将棋と言えば私も見たことがあるけど、あんな素晴らしいものは簡単に考えつくものではないわ。私なんかよりも余程、才能がある人じゃない。私にもそんな才能が有れば今頃は自分の夢を叶えていられたのだろうか?


「そう、なんですね。私なんて小さい頃から商売に関することを学んできて未だに何もなし得ていないのに、マクリッド王子はすごい方なのですね。ありがとうございます、そのような方が私のお相手なのであれば諦めることもできます。私程度の才能では夢など、夢のままだったのですね。」


「そうではない!マクリッド王子は王族であるにもかかわらず、職人のようなことをなされているのだ!普通の価値観であれば王族が職人の真似事などするわけがないだろ。


私が言いたいのは王子の元へ嫁いだとしても自分の夢を諦める必要はないかもしれないということだ。職人のようなこともなされている王子であればお前の夢にも理解を示してくれるかもしれないだろ。」


私はようやく、お父様の言いたいことを理解することが出来た。確かに、通常の王族の方ではなさらないことを行っているマクリッド王子なら私の夢にも理解を示してくれるかもしれない。もしかして、お父様はそのために王家との婚約を取り付けてくれたのかも。


「お父様、もしかして今回の婚約の件は。」


「私は家のために最善の婚約を考えただけだ。王族でありながらあれだけの才能をお持ちの王子とお前が婚約をしてくれれば我が家も安泰だからな。」


ふふっ、お父様ったら照れくさそうな顔をしていたらその通りだと言っているようなものですよ。本当に、お父様はお優しい人ですね。


「お父様、本当にありがとうございます!」


「分かっていると思うが、これはあくまで可能性だからな。もしも、殿下がお前の夢に理解を示されないようであればその時は分かっているな。」


「はい、その時はきっぱりと諦めます。私も侯爵家の娘としての役目を果たします。」


こうして、私は明日のマクリッド王子との顔合わせへと臨むのであった。

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