第2話 大きな古時計

 

「あなたは誰?」





「僕かい? 僕はクロスタリア・ペンドロム。しがない『時計製作士』さ。気軽にクロ、とでも呼んでくれ」


「……それでは、クロと呼ばせてもらうわ。私はラティシア・オルクロック。そして、ここはどこなの? 私はさっきまで川にいたはず……。日は変わってないようだし……」


「ここは王都の中心の一角、時計店『大きなのっぽの古時計』。時計のことならなんでもおまかせさ!」


「時計……。ッ!!!!


 私の時計は?!?!


 大きな振り子時計!!!」


「おおぉっと。……落ち着いてくれ。……大丈夫。ちゃんと持ってきたさ。どうやら、あの時計は僕にも君にも大切なもののようだ」


「ぼく、にも……?」


「ああ。あの時計は君のお祖父さんのだろう?」


「……ええ。でも、どうしてそれを?」


「そして、僕、、、の祖父が作った時計でもある。あれはこの店ができた時の記念品で、この店を立ててくれる手伝いをしてくれたオルクロック家の当時、生まれてすぐだった君のお祖父さんに向けての贈り物だったんだ」


「……そんな大切なものだったのね」


「え? 知らなかったのかい?」


「ええ。おじい様は私に、儂と同い年じゃ、って言って見せてくれたぐらいで本当に同じ年月を生きていただなんて……。でも、これでわかったわ。おじい様がこの時計を大事になされていた理由が。いつもおじい様、この時計だけは召使いに掃除させずに自分でなされていたから」


「そうか。……よかった、良い持ち主に恵まれたんだな」


 そう言ったクロが部屋の奥の作業台の上にある古時計に目をやる。その目は少し過去を思い出すかのような、哀愁が漂っていた。


「まあ、そんなわけで、この時計の修理は任せてくれ。どうやら君が丁寧に運んできてくれたようで、あまり壊れていないようだ。一部分だけ部品を新しく変えれば生き返るだろうが……。この機会だ。部品は全て一から新調しようか。値段は変えなくていいだろう」


 よかった。旅の途中でお金は使ってないし、家からも多めに持ってきたけど、時計の修理代とか知らないから。


「それじゃ、僕は作業に入ろかな」


「あっ……。さ、最後に良いかしら!」


「ん? なんだい?」


「馬は? 私の馬は……?」


「……ああ、君を魔獣から守った勇敢な馬のことか……。すまない。彼を救うことはできなかった」


「……そう」


「償いじゃないが、たてがみを少し頂戴した。……これだ」


 彼は作業台から折りたたまれた布を持ってきた。


「どうぞ」


 布を開くと中から白い毛が。


「ッ……」


 それを見るだけで視界が歪む。


「君も疲れているだろう。ソファしかないがお休み。なにかあったら隣の部屋で作業してるから……おやすみ」


 クロは部屋から出て行った。


 誰もいなくなったせいか、感情が溢れてきた。


「ウァ、アァァァァァァァ……あ、ありがとう。助けてくれてありがとう。守ってくれてありがとう。ウッ……、そばにいてくれて……ありがとう……」


 


 彼女が眠り始めたころ。


 窓からこぼれる月明りが手に優しく握られた毛を白銀に照らす。

 反射した光が馬のような形を作り出し、彼女の周りを軽やかに走り出す。


 誰にも気づかることのなかった神秘的な光景であった。




_____________________




ボオォォォォォ~~ン


「んっ……、んぅ」


 時計が鳴らす音に少女が目を覚ます。

 

「ここは……?」


ギィィイ……


「おはよう。起きたかい?」


「……?」


 扉を開けて入ってきたのはここの持ち主の男性、クロだ。

 しかし、少女はハテナ顔。


「あっ……」


「思い出せたかな」


 思い出した。助けてもらったことも。

 そして、現在進行形で寝起き姿と泣き顔を見られていることにも気がついた。

 少女の顔がものすごい勢いで赤色に染まる。

 それは羞恥からか、はたまた怒りからか。


「い……」


「い?」



「今すぐ出て行って!!!!!!」



「え~?」


 ここの持ち主なのに理不尽に追い出されるクロ。


 窓辺においてある花がそれを優しく見守る。





 

 


 


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一般職業『時計製作士』の隠し技  咲春藤華 @2sakiha

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