第22話 ゴールラインのその先に
二百メートル。千五百メートルに比べれば全く大した距離じゃない。ストレートとカーブが一度ずつ。
だから、最初から全速力。
奥歯を強く噛んで、大きく腕を振り、ぶち抜く勢いで踏みしめる。
千五百メートルでの鈍重な疲労が脚を引く。肩を、肘を覆う。喉が、肺が灼け付くように痛む。
それでも、構わない。これで最後なのだ。
だから、振り絞れ。
出し尽せ。
彼我の差を二百メートルにまで抑えられれば、なんとかする。神子島はそう言った。
流れる景色の向こうに、一位の背中は既におよそ百五十地点。
もっとだ、もっと縮めろ。
二百メートルをなんとかするのは、神子島だ。
アンカー、堂島なら、もっとなんとかできる。
だから、限界まで距離を詰めろ。
カーブに入る。競り合っているふたりを抜いた。三位のバトンが三百メートルに渡る。四位の背中が近づいてくる――だが、距離が足りない。あと数メートルで並べるのに、その数メートルが足りない。限界線を走り続けている筋肉に、これ以上の加速を拒絶される。気持ちから身体が
だから、神子島を見る。確かな、強い視線を、真っ向から見返す。既にその横を一位、二位が駆け抜けているのだが、神子島の瞳に揺らぎはない。なんとかしてみせると、
差し出される手のひらに、押し込むように、バトンを繋いだ。
四位が出たのは、三秒前。その三秒を、神子島は二秒で埋めた。さらなる三秒で前に出る。神子島はここまで既に百メートルを予選、決勝、八百メートルと、計千メートルを走っているというのに、そんな疲労などまるで見せず快足を飛ばす。じわじわと落ちてくる三位に、ぐんぐんと近づいていく。
第四コーナーに入ったところで、とうとう神子島は三位に躍り出た。
わ、と散らばっている五組が湧く。これで総合順位逆転の目が見えた。
だが、まだだ。まだここでは終わらない。
神子島は速度を落とすことなく、結った髪をなびかせて、第一コーナーへ走り込む。
そこに待つのはアンカー、堂島だ。
「行け――主人公」
バトンが渡る。
堂島が出る。
神子島は、最後に二位との距離を五十メートルにまで詰めていた。
そして、一位との距離はおよそ百メートル。
堂島が風をまとう。
速い。百メートルの決勝は見逃したが、それに勝るとも劣らない速度だろう。うわ、と隣に座り込んでいる別のクラスの男子が唸った。
速い、速い、速い。トップスピードをほとんど落とすことなく、ぐんぐんと二位に迫る。
第二コーナー、俺の眼前を、足音も軽快に一瞬で通過していく。
「……かっけえなあ、おい」
付け焼刃でない、鍛え抜かれた速度だ。あれが、主人公の本気か。
第三コーナーを回る手前で、二位を抜いた。これで五組が二位だ。獅子奮迅の追い上げにフィールドもスタンドも大きく沸く。だがまだ終わらない。
一位のクラス、アンカーは第四コーナーに差し掛かろうとしている。しかしそのフォームはボロボロで、惰性で泳ぐように走っている。
その一位に、堂島が迫る。
ストライドは広く、スイングは力強く。コーナーをグングンと通過し、一位と数秒差で最後のホームストレートに入る。
と、一位のクラスメートの「後ろ! 後ろ!」という叫びで迫る堂島に気付いた一位が、慌てて速度を上げた。死にもの狂いの、見栄えも一切取り合わない走りだ。それでも確かに速度は上がり、ほんのわずかでもそれは差となる。ここまで快足を飛ばしてきた堂島も、残り百メートルまで来るとさすがに走力は落ちている。
だが、堂島は諦めない。こちらもフォームを崩しながら、がむしゃらに前に出る。
残り五十メートル。差は三メートル。これが短いようでいて、長い。
残り三十メートル。差は二メートル。わずかに縮めるも、まだ埋まらない。両者とも顔は苦悶に歪んでいる。
残り二十メートル。とうとうあと一メートルを切るまでに迫るが、これではゴールまでの距離が足りないか――
一秒をさらに刻むような、一瞬の連続。
フィニッシュラインまで十メートルを切る。残り数歩、数秒。
一位が足を、わずかにもつれさせた。
すかさず堂島が、並び。
ぐんっと一歩、飛び出る。
豪、と大きな風が吹いた。
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