私の可愛い裏切り奴隷

あばら🦴

偶然の出会い

 イルバナ・マーガレットは女性でありながら凄腕の魔法使いだ。彼女の住むミラゴラスの街で魔法において右に出る者はおらず、王国全体で見ても頭ひとつ抜けている強さを誇る。彼女にかかれば大抵のモンスターは退治でき、単身でいくつものクエストをこなしてきた。

 そんな彼女にひとつの悩みが産まれた。最近になって遠征クエストにも手を出そうと考えているのだが女1人じゃとても無理。食料や魔道具などの荷物を運んでくれる誰かが必要だ。

 そこでイルバナは奴隷商人の構える店を訪れた。


「おや。これはこれは……」


 奴隷商は客として来たことがないイルバナに面識が無い。大きい店の外観に見合わない狭さのカウンターを隔てて、事業内容に見合わない紳士的な男性が会話する。


「初めてのお客様ですかな?」

「そうなの。人手が欲しくてね」

「かしこまりました!お名前は……」

「イルバナ・マーガレット。よろしく」

「おお! マーガレット様ですか! 初めてお姿を見ましたが、噂は耳にしておりますよ。ですが、これほどまでお美しい方だという噂は聞いていませんでした」

「誰も言ってないからね。噂にならないよ」

「いえいえご謙遜を。さて……」


 奴隷商はカウンターに設けられた小さな扉を通ってイルバナの近くに来た。そして手でひとつのドアを指す。


「私の取り扱う商品はこの奥です。ぜひご覧になった下さい。」


 そのドアを通ったイルバナは、みすぼらしい服を着て壁沿いに等間隔に鎖に繋がれた31人の奴隷を目撃する。


「ほう。種類が多い」

「そうでございます。どんなお客様のニーズにも応えられるよう全力を尽くしております」


 中にいる奴隷は皆イルバナの方を見る。イルバナがざっと見回すが、そこにいる奴隷全員の目から希望の色が見られなかった。


「ニーズねえ。私が欲しいのは荷物持ちだ。それもどんなに重い物でも持てるやつ。それだけでいいよ」

「かしこまりました。


 すると奴隷商人は奴隷の方を向いて口を開く。


「おい! この中で力自慢はいるか!」


 14人の奴隷の手が上がり、息を殺したような鎖のシャラシャラとした音が鳴る。


「さて、どれに致しましょう」

「うーん……」


 イルバナはその14人を流すように順番に見ていくと、その中の1人の奴隷に興味を持った。


「1人だけ女なのか」


 その奴隷は白いショートの髪、ちょうど顔の長さほどある狼の耳、獣臭さを感じさせる鋭い目、そしてイルバナと同程度の背丈にがっちりとした腕の筋肉を携えている。


「この奴隷は獣人族でございます。獣譲りのパワーも申し分ありません」


 その奴隷は虚ろな鋭い目をまっすぐイルバナに向けている。


「じゃあこの子でいいかな。女だから気楽で良いし」

「おお! ありがとうございます」


 奴隷商人はその奴隷の手に繋がれていた手枷をカチャカチャと音を立てて外した。


「立て、ムロウ! お前の新しい主人だ」


 ムロウと呼ばれた奴隷はおもむろに立ち上がった。ボロボロの服がゆらりと揺れる。イルバナがとあるポイントに興味が沸いた。


「名前があるの?珍しいな」

「はい。こいつが勝手に名乗っていて……ヘンな話なのですが、どんな命令でも聞くのに別の名前を付ける時だけは激しく抵抗するのですよ」


 奴隷商人は困ったような笑みを浮かべる。


「まあいい、名前なんて。逆にあった方が呼びやすいしな」

「そう言っていただけると助かりますよ」


 その後ムロウを連れてカウンターに戻ってきた2人は金の取引を済ませた。


「最後にひとつ、契約の証としてこの首輪を受け取り下さい」

「これは……?」


 奴隷商人がカウンターの下から取り出したのは黒くて少し大きな、鉄製の首輪だった。


「自分の魔力を首輪に注いだ上で奴隷に装着すると、その奴隷は魔力を注いだ相手に対して攻撃した場合首輪が絞まる効果があります。それに首輪の方向が直感的に分かるようになるのですよ。解除する時はその魔力を消せばいいのです。これで、正式な奴隷ということになります」


 分かった、とイルバナは奴隷商人から受け取った首輪にその場でさっそく魔力を込め、そして未だ虚ろな目をしたムロウの首に首輪を巻き付けた。


「これであなたは私のものだ。ムロウ」

「はい。……わかりました。」とムロウは無表情のまま返事をした。


 ムロウを連れたイルバナは広いミラゴラスの街 を歩いていった。途中、ムロウの服を気にしたイルバナが話しかける。


「ムロウ。寒くないか?その服で」

「……お気遣いいただきありがとうございます」

「家に洋服のお古があるからそれを着なよ」

「わかりました。感謝します」


 そうは言うがムロウは無表情から微動だにせず感情が読めない。

(ヘンなやつだな。まあ、それでもいいけど)とイルバナが考えていると、目的地であるイルバナの家が見えてきた。その家は街の中心部から少々離れたところにあり、イルバナの稼ぎからは考えられないこじんまりとした家だった。

 扉を開けて中に招かれたムロウは部屋を見回した。内装は机や椅子や本棚などがあり一人暮らしとしては普通だが、家具の造形や飾られている絵画からは並々ならぬ価値を感じる。部屋の奥にはドアが2つあり、それ以外に他の部屋は見当たらなかった。


「二人暮しには狭いけど……好きな所でくつろぐといい。奥の部屋はキッチンと寝室だよ。ああ、寝室と言えばあなたの分のベッドは用意してなかったな」

「大丈夫です。外でも眠れますから」

「そんな事させれないよ。身体を大事にしてくれなきゃこっちが困る」

「はあ……」

「ひとまず今日は床で寝てもらうけど……我慢してくれよ。」


 イルバナが2つあるうち1つの扉を開けて入っていったのを見届けたムロウは、命令が無いままにその場で何をするでもなく立ったままだった。

 すると間を置いて開いたドアからイルバナが顔を出した。


「ムロウ、ついてこないからびっくりしたよ」

「……すみません。お詫び申し上げます」

「服はこっちにあるんだ。あなたの服を選んでおこう」

「……」

 誘われるままにムロウが入った寝室は、一人にしてはやや大きいベッドが目立つ部屋だった。ただし二人にしては狭いだろう。その部屋にあるタンスからイルバナはいくつかの服をベッドの上に投げた。

 イルバナは何を着せるか悩んでいるが、服なんてどれでも良いムロウは特にワクワクすることが無い。


「とりあえずその服脱いで。ほら」

「……はい」


 言われるままに全裸になったムロウはイルバナも見惚れる程の筋肉をしていた。息を呑んだイルバナはハッと我に返る。

「ムロウはどれを着てみたいんだ?」とイルバナは聞いた。

 奴隷として指示されたからには選ぶしかないと、ムロウが雑に「これでお願いします。」と一着を決めた。

 早速イルバナがその服を気付けた。イルバナのお古のため若干ムロウの雰囲気と噛み合っていない感じはあったが、さっきの服よりは良くなった。


「似合ってるよ、ムロウ」とイルバナが微笑む。

「ありがとうございます。マーガレット様」

 しかしムロウが気にしている装着品は、着させられた服ではなく首にかけられた忌々しい首輪、それだけだ。



 その後の数日間、イルバナは自分の行うクエストにムロウを連れていった。かなり役に立つ奴隷だった。望み通り大量の荷物を運べるし、モンスターの死骸から涼しい顔で爪や牙を剥ぐ。クエスト以外でも遠くの方へのお使いや魔道具の手入れも教え込めば文句無くやってくれたりと使い勝手が良い。数日でムロウは徐々にミラゴラスの街並みを覚えた。


 今はイルバナの家でご主人の道具の点検をした所だ。

「終わりました。」

 ムロウの様子を横で眺めていたイルバナが話しかける。


「ありがとう。ここの生活もそろそろ慣れたかな」

「はい。……マーガレット様のおかげです」

「マーガレット様、か」

「どうかなさいました?」

「いや、ちょっとした事なんだが……私のことはイルバナって呼んでくれないか?」


 意図がよく分からなかったが2つ返事で「はい、イルバナ様。」と答えると、イルバナは嬉しそうに微笑み返した。

「ムロウ、終わってすぐで悪いんだけど、昼食を買ってきてくれ。パン2つと……ハムはあったな。私とあなたの分のパンを頼む」

「わかりました」


 代金と紙袋を受け取ってムロウは街に出た。イルバナの家の前は静かな方だが、求めるパンがある繁華街に行くと色々な人種と色とりどりの服装がごった返す賑やかな場所だ。

 ムロウのような首輪を付けた人もちらほら見える。中には傷が多い者も見受けられる。


 繁華街をさらに抜けて人通りが少なくなってきた道にあるパン屋の店の中に着くと、そこにいる男の店主がムロウに気づいた。


「あっ、いらっしゃいませ〜、ってお前か。どうしたんだよ」


 首輪に気づいた瞬間に営業スマイルが消えた店主に対して、ムロウは1種類のパンを指差した。


「そのパンを2つ買いに来ました」

「ああそう。奴隷にそれは高級品じゃねえか?」

「ご主人様から頼まれました。金ならあります」

「金があるんならいいんだがよ」


 渡されたパンを紙袋に入れ、店を去って帰路に着いたムロウは道の端で下を向いて歯ぎしりしながら歩いていた。


(くっそ、ウザってえ。この街も、この首輪も、あのイルバナとかいう女も……。私の自由を縛るもの全部……。絶対自由になってやるからな……)


 そんな心中を知らないイルバナは、帰ってきたムロウを笑顔で出迎えて2人は軽い食事を済ませた。

 イルバナが後片付けをするムロウに話しかける。


「ムロウ……。ありがとうな。あなたみたいな健気なやつは好きだよ」

「……ありがとうございます」

「私、前は何回か人と一緒にクエストをやったこともあったんだ。だけどしっくり来なくてねぇ。それ以来1人でやってきたんだけど、ムロウとならずっとやっていけそうだ」

「嬉しい限りです」


 口では礼を言うが、(ふざけるなよ、誰がお前なんかと……)と秘めたる悪意を無表情の仮面の下に隠していた。

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