ビター

「だぁぁあああ! うるっせー、まじで! なんでお前の麻生みたいになってんだよ、知るかよ! 子分従えてぞろぞろ机囲みやがって、両サイドなんなん? 真由香親衛隊一号二号か!」

「ちょっと茜! 静かにしなさい!」

「……」

 

 自宅、二階自室にて。たった今枕を投げながら暴言を吐き出したところ、一階のリビングにいる母に怒鳴られてしまった。

 

 私はベッドに大の字で顔を埋める。

 

「なんで私ばっかり。なんで光也なんかのせいでこんな目に合わなきゃなんないのさ」

 

 麻生光也あそうみつや。彼は中学の頃からスポーツ万能、勉強はそこそこだけど甘えたがりの癒しキャラで、目が合うやつみんな仲間です! みたいな全身爽やか男だ。

 

 かたや私、宮本茜みやもとあかねは運動もできない、勉強もできない、趣味も特技もなんもない。顔だって普通。たぶん……下の中。

 

「いや。下の下か」

 

 私はカーペットに座り直し、ローテーブルに立てた鏡を見ながら頬を押さえた。

 

 この頬。りんごみたいに赤い頬が、私のコンプレックスだった。おまけにこの寒い季節は鼻まで真っ赤になる。丸顔でつぶらな目元も相まって、小さい頃のあだ名は顔があんぱんで出来たあいつだ。

 

「……いい匂いする」

 

 甘い誘惑。一階に降りれば、母がチョコレートを湯煎で溶かしていた。

 

「お母さんまた手作り? 毎年頑張るね」

「はあ? それあたしがあんたに言いたいセリフなんだけど。茜は今年も作んないの? チョコ、お父さん楽しみにしてるよ」

「お母さんが作ってんじゃん」

「そういうヘリクツ、誰に似たんだか」

 

 母は丁寧にチョコを混ぜながら味を見ている。

 

「そうだ、麻生さんの奥さん、こないだうちの教室に道具忘れてっちゃって。茜、届けてきてくれない?」

「なんで私が! しかも麻生とか、今一番聞きたくない名前」

「なに、光也くんと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩できるほど仲良くありません!」

「なにそれ」

 

 母は自宅でフラワーアレンジメントの教室をしている。光也の母は生徒として週一自宅に来ており、子供たちとは違って母親同士の仲は良かった。

 

「ほらこれ、ついでに持って行って」

 

 母が渡して来たのは一つ一つが金色の紙に包まれた、トリュフチョコの箱だった。

 

「お母さんが作ったやつ持ってかないの?」

「まさか。手作りなんて大人になって食べてくれるの、身内か恋人だけよ。友チョコっていうの? ああいうの楽しめるうちにやっときなさいよ、若者」

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