バレンタインチョコレート

千鶴

ダーク

 二〇二二年二月

 

 正月気分も抜け、世間が甘い香りに包まれる、高一の冬。私はひたすら机に向かってペンを走らせていた。

 

「宮本さん、ちょっといい?」

 

 机を囲む三人の女子。私はその声に気付きながらも、無視して参考書を適当にめくる。

 

「ねえってば! 真由香が話しかけてんじゃん、無視してんじゃねえよ!」

 

 ああ、面倒くさい。いや、嘘。本当は心臓がドキドキしている。なぜなら何を言われるか予想がつくし、私はそれを言われたくない。

 

麻生あそうの家知ってる? 宮本さん、麻生と同中でしょ?」

「そうだけど、家なんて知らない」

「嘘つかないで。麻生が欠席した日、サッカー部の顧問から届け物するように言われてたじゃん」

 

 私はゆっくり、視線だけを上げる。

 

 なんだよ。そんな情報手に入れてるんなら、先に言えよ。後出ししてくるなんて性格が悪いんじゃないの?

 

 そう口に出せたらいいのだけど、臆病な私の口からその言葉が発せられることは、ない。

 

「何その顔。あんたさあ、真由香が麻生くん好きなの知ってるっしょ? 協力しようとか思わないわけ?」

 

 知ってるよ? でもだからなに? そもそも真由香が私に話しかけてきたのだって、麻生と同じ中学だったから利用しただけ……ってこないだトイレで話してるの聞いちゃってるんだよね、こっちは。前まであかね、なんて親しい感じで呼んでたくせに、今は“宮本さん”。

 

「もういいよ。真由香、行こう」

「でも……」

「あ、まさかだけど宮本さん、麻生にチョコあげたりしないよね? これ以上、真由香の邪魔すんのとか本当、やめてね?」

「いこいこ、真由香」

 

 真由香はクラスメイトに引き連れられて、行ってしまった。

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