モア物語

鈴木

第1話 偽りの愛

「彼等の愛は『偽りの愛』偽物なのです」

 金髪の少年は、両目をつぶり老人の前で片膝をつき頭を垂れた。

 二人の間にはラベルのない空の瓶が転がっている。

 まだ青い液体が僅かに残っている。

「魔法的な魅了に、抵抗しろというレベルではない。

 毒を飲めば、死に至る薬物の原理。

 あなたの弟と、あなたの愛人は自分たちの心の中で(偽愛を)、処理することができないのです。しかし…、あなたのものは違う…」

「…………」

 二人の距離は実際より近く感じられたが、奇妙な緊張感が部屋の空気をこわばらせた。

「あなたの愛は、違う。

 あなたの愛は、自然発生した本物の愛。

 恋愛する三人の中で、あなただけが、自分自身を欺ける。

 真物ゆえに…、どうか…」

「恋は『する』物ではなく、『落ちる』のだ。

 恋は『止める』のではなく『失う』のだ。

 貴様が、愛を口にする資格があるのか。

 唯一の神、女神ソフィアの前で誓った。

 実の妻さえ、本当に愛していない貴様が、『愛』など口にするな。

『愛』が、汚れる」

「血を分けた弟ではないですか、女ぐらい譲れないのですか」

 双方立ち上がり、お互いに身分を捨てて、心からの声をあげた。

「貴様の倫理観が、ソフィアのドグマ(教義)の上にないのだ。

 人を愛することのない魂には、永遠に分からないのだ。

 そもそも、人は、宝石ではない。

 売り買いもできなければ、譲ることもできない」

 少年は、口を両手で押さえて泣いた。

「父とも敬愛する。私の王様。どうか、私を許して下さい。

 どうか、彼等を許して下さい。

 貴方様の、苦しい運命を許して下さい」

 少年は低い姿勢にもどり、老人に歩み寄り、緋色のマントに口付けをした。

「お前と弟との友誼は知っている。だからわし自ら、弟を討伐に行く。

 帰ってきワシを、お前は許せるのか」

 老王は、一瞥をくれた。少年は天を仰いだ。

『クオ・ヴァディス・ソフィア』(ああ主よ、いずこへ、行き不賜う)

「王様、私が行きます。

 必ずや、トルーダムの首を、御前に差し出します」

 絞りだすように声をだした。

 王は玉座の上で少年の心の葛藤より、これからなされるのであろう行為に満足した。

 弟が死ねば、愛人の魔法は解けるのだろうか……。

 偽物でも『落ちた』物ならば、その行為(復讐的殺人)で解決にならない。

 少年は知っていた。

       原作・アルフレンド・ボカッチオ四世

    戯劇・『モア物語』第四章十六ヨリ  抜粋

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