燃ゆる朝焼け

飛辺基之(とべ もとゆき)

ある夜のこと

深夜0時になった。

スマートフォンに通知が届く。俺の住むS市でアンダーグラウンドのバンドで活躍するBOSATUのボーカルを務めるユミコの配信が始まるのだ。


ライブメイトは今隆盛の動画配信サイトのひとつだ。素人から、事務所所属のプロタレント、文化人まで、数多くの配信者がライバーと呼ばれて配信している。現代において、自分たちの存在をアピールする、実に有効なコンテンツだ。みんな挙って配信していた。


ライブメイトで目玉なのは大規模な各イベントだ。

女優や声優デビューから、生活必需品のセット、配信機材、そしてラジオパーソナリティから楽曲を貰えるイベントまで、層の厚いイベントが揃っていた。


ユミコは今、現代音楽で数多くのヒット曲を提供している人気SSW武内冬弥の楽曲を一曲プレゼントされるイベントに出ているのだ。武内冬弥の楽曲ならばBOSATUのライブでも目玉にできる。


ガチイベだった。


ユミコは現在2位。トップのSSW円香とは5万ポイント差だ。イベントとしてはなかなか差が大きい。このサイトでいきなり5万ポイントを投げてくれる石油王はなかなかいない。無料ギフトの寿司は一時間に合計300ポイントしか投げられない。投げる要員はそれなりにいても、300ポイントかける数十人なのだから、5万ポイントの開きは大きい。


「みんな、負担かけてごめんね」


ユミコもべそをかきながら配信している。イベントは明日の夜21時までだ。俺はユミコのイツメンである仲間弘樹と相談した。


「おい弘樹、ここは勝負時かな」

「護、そうだな。21時までのことを考えると、今追い越さないとな」

「極上サバ寿司をいくつ投げられる?」


極上サバ寿司は珍味で知られる美味しいサバをイメージしたギフトだ。1ギフト5000ポイント。目玉のギフトだ。


「俺は30万円投げられる。護は何ポイント?」

「よし、75万円投げよう。それで5万ポイントの差を抜いて100万ポイント差に出来る。ダントツだ」

「よし、次のユミコの配信は午前3時だ。そこで行こう」


打ち合わせは終わった。3時の配信で勝負に出る。俺はサイトのコインを確認した。コツコツ買ったコインは153万ポイントあった。これでいい。


3時。ユミコが夜襲の配信を始めると、円香も迎撃の配信を始めた。予想通りだ。


まずは月並みに無料ギフトのかっぱ巻きをコツコツ投げる。各リスナーの300ポイントが積み重なっていく。差はなかなか縮まらない。


「いくぞ!」


俺はサブ機のメールで弘樹に声をかけた。


「護、いくぞ!」


最高級品ギフトのサバ寿司が突然飛び交うと、ユミコは悲鳴をあげて泣きじゃくった。


「弘樹!護!ありがとう!」


よし、俺も75万ポイント投げたぞ、弘樹も30万ポイントだ。差は広がっただろう?


そしてトップの円香のポイントを見て愕然となった。


計算では100万ポイントになっているはずなのだが、14万ポイント差で負けているのだ。


「何!?」


弘樹が聞いてきた。


「どういうことだ!」


調べると、円香のルームに突然現れたロジャーというリスナーがサバ寿司ギフトをポンポン投げたらしいのだ。1人で120万ポイントぐらいポンポン投げたらしい。


「なんだ!この化け物は!」


「護!追いかけないと!」


ロジャーはなおもサバ寿司ギフトを投げていた。たちまち16万ポイント投げる。


これでユミコとの差は30万ポイントだ。


俺は残りの78万ポイントから追加のサバ寿司ギフトを投げた。


弘樹も手持ちの20万ポイントを投げた。


しかし、ロジャーは全く止めずにさらに15万ポイント投げる。


もう何ポイントか分からない。虚ろな気持ちでギフトを投げ続けた。


意識は朦朧としている。もう午前4時半。窓越しに鮮やかな朝焼けの光が差し込んでいる。


なんなんだ、この勝負は!


ロジャーは全く動じることなくポンポンサバ寿司ギフト投げる。こいつは無尽蔵のATMか!?


やめてくれ!俺の金が無くなる!


しかしロジャーはやめない。ユミコを負けさせられないので、意識が遠のきつつサバ寿司ギフトを投げる。追加のコインを買う。


もうダメだ。


燃えるような朝焼けの部屋で、俺はスマートフォンを手に気絶していた。

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燃ゆる朝焼け 飛辺基之(とべ もとゆき) @Mototobe

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