死神だけれども、少女の魂を奪いにいったら、メッチャタイプです! と懐かれた

ゆで魂

第1話

 飼い主の手を離れたトイプードルが突っ込んできた。


 ハッハッハッと息を荒らげるそいつは、俺の右脚に食い込んだあと、何事もなかったかのように貫通して、転がってきたボールに食らいつく。


「こら、ラムちゃん! 他人ひと様の物をくわえたらダメでしょう!」


 飼い主の体も俺を突き抜けていく。

 一瞬ヒヤッとするのは、人間だったころの名残なごりだろう。


 俺は死神。

 体は霊子れいしエネルギーでできている。

 生きている動物と接触することもなければ、彼らの視界に映ることもない。


 いわば、幽霊のような存在。

 そこらへんの公園や駅を普通に歩いている、わりと身近な生き物なのだ。


 世の中には死神を目視できる人間もいる。

 巫女とかシャーマンがその代表例だろう。


 科学技術が発達して、カルトが影響力を失った現代となっては、100万人に1人もいない稀有けうな存在とされている。


 俺の担当エリアは日本にある地方都市X。

 自動車メーカーが拠点を構えている、典型的な工業都市だ。


 1日あたりの死者数は35人から40人。

 とてもじゃないが単体でさばききれる数字じゃない。


 そこで俺たちはユニットと呼ばれる死神チームを組み、仲間とリストを共有することで、手分けしながら魂を回収している。


 土地勘は、ある。

 生前の記憶を奪われているのに、だ。


 先輩の話によると『死神は生まれ育った街を担当エリアとして任される。だから、土地勘だけは消されない』とのこと。


 どこまで本当か分からない。

 死神にもヒエラルキーがあって、現場を駆け回るのは新参者のミッションとされている。


 集めた魂がどのように処理されるのか。

 そもそも死神はどうやって生み出されるのか。

 知らないし、知りたいとも思わない。


 俺はコインパーキングの鉄柵に腰かけて、スクロールと呼ばれる霊子エネルギーでつくられた巻物を広げた。

 まだ塗りつぶしていない名前『川崎かわさきアイミ 女性 17歳』を指でなぞる。


 これはよくある勘違いなのだが、人間の余命はピッタリ決まっていない。

『だいたい何月何日くらいに死ぬ』といった具合にアバウトなのだ。


 死神の数にも限りがあるから、繁忙期の前だと1週間早まったり、大きな震災が起こった後だと1週間後ろにズレたりする、とイメージしてほしい。


 何がいいたいかというと……。

 1週間くらいなら死神の独断で伸ばせたりする。

 もちろん、それ相応の理由が必要となるのだが。


 そしてこの川崎アイミは、俺が1週間の猶予ゆうよを与えた、最初で最後の人間となる。

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