かわいいのはなし

細胞国家君主

かわいいのはなし

ずっとスカートが苦手だった。


物心ついたときから履きたくないと駄々を捏ね、せっかく母親が買ってきたスカートも新品同様のままサイズが合わなくなった。中学校の制服は我慢したが、高校は私服の学校を選んだ。今はスーツもパンツスタイルで、スカートに足を通さなくなって何年も経つ。


どうしてそんなに履きたがらないのという母に対し、見えるのを気にして気楽に動けないし、すーすーして何だか落ち着かない、というのが私の言い分だった。


母は無理強いすることはなかったが、時折思い出したようにスカートを勧めて、似合うのにもったいないよ、と言った。せっかく女の子に生まれてきたのに。スカートも可愛いよ?


私はいつも軽く笑って流していた。でも私は、かわいいと思われたいなんて思ったことは一度もなかった。




それなのに。


私は変わってしまったようだ。いや、変えられてしまったのか。




「課長」


「ねえ、娘が不登校になっちゃったらどうしよう~? 担任が嫌いなんだってさぁ」


「……結愛ちゃん、ですか? もう小学3年生でしたっけ」


「4年生だよ~、もう絶賛反抗期なの。まあ結愛がどうしても嫌なら? 私も無理矢理行かせる気にはならないけどぉ。そのうちパパと洗濯物別にしてーとか言い出しそう。まあそういうとこもませてて可愛いんだけどね」


「それ甘えてるだけですよ。それより課長」


「冷たいなぁ。あ、もしかしてジェラってる? だいじょーぶ、君もかわいいよ」


「何馬鹿なこと言ってんですか。それより、髪濡れたままベッドに寝転がらないでください。ほら、乾かしてあげますから」


「あげますから、ね? 頼んだよ~、優秀な部下ちゃん」




 私は今、上司とホテルに来ている。仕事でもないのに、ふたりきりで。




「じゃあ、交代ね。今度は私が乾かしてあげる」


「私はいいですよ。短いんで、もうほとんど乾いてますし」


「だめよ、ちゃんと乾かさなきゃ。寝ぐせつけたままで明日会社行くつもり?」


「寝坊はしません」


「うーそ」


「本当です。……課長もですよ」


「おや、どうやって?」


「一睡もさせないから」


「あら怖い。明日は寝不足ね、大事な商談があるのに」




 旦那も、子供もいる相手と。一晩中唇を、身体を、重ね合って。




「ずぅっとショートなのね。髪、伸ばさないの?」


「長い方が好きですか」


「タイプはね。でもショートも好きよ? だって、ほら」


「あっ」




 うなじが、じん、と熱を帯びる。柔らかい唇と、歯と、冷たい舌の感触。




「——すぐキスできるから。ね?」


「……痕つけないでくださいよ」




 もう、幼い頃の私とは、すっかり変わってしまった。




「強がっちゃって、もう感じてるくせに。かーわいい」


「……何馬鹿なこと言ってんですか」


「はいはい。……今晩は寝させないでおいてくれるんでしょ?」


「……もちろんです、先輩」




 この人にかわいいって言ってもらえるのが、うれしい、だなんて。

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