第56話アホなこと言う奴にはビンタを二つっ!
お昼終了を告げる呼び鈴が鳴り、開かずの屋上から階段を降りていた。
当然、廊下を歩けば教室で嘘をついた時より、罵詈雑言や物を投げられる……、
「見て……あの人、あの人だよ」
「ッちょ、指刺さないで! 物陰に連れ込まれたらどうすんの」
なんてことはない。
ヒソヒソと噂を広めるだけで、露骨な陰口は一切言われなくなった。
害がない変態だったからこそ、彼らも思い切った行動を取れたのだろう。
それが他人をいじめる人物にグレードアップすれば、俺だってわざわざ手出しはしない。
「いや、連れて行かないけど」
「ッ、ごっごめんなさいっ! なんでもないです」
否定しただけなのに二人ともビビりながら謝り、逃げるように距離を取る。
それを見ていた他の人も『声が大きい、露骨すぎ、自業自得』と言いたげにスマホへ視線を移し、知らんフリをする。
「ちょっと、あんたの声が大きいから絡まれたじゃない」
「っぅ、ごめん」
まさに触らぬ神に祟りなしって訳だ。
刑務所じゃ性犯罪者のランクが最も低いと噂を聞いたことあるけど。
まさか、学校生活でその変異を体感できるとは思わなかったよ。
「っよ、変態っ!」
もちろん、中には前みたいに話しかけてくる奴もいたが、
「おまッ、勇気あるな。それとも馬鹿なのか?」
少しの驚きもこもった第三者たちの歓声後、友達に説明されると不安そうな目を俺に向ける。
そうして図書室にいた奴が他人へ教え、また教える連鎖で噂が広がっていくのを俺は実感していた。
「プリント回せー」
それは授業でも同じだった。
いつもなら落としていたプリントも、今では出来る限り、気遣いを見せながら手渡されるのだから。
もっとも、これに関しては主犯格の唐沢が止めた可能性も否定出来ない。
「ありがとう」
冷や汗をかき『もうプリントを流さないでくれ』と言いたげに引き攣った笑いをする前席へ礼を言う。
「ちょっと先生よろしいですか?」
「ん、あぁ、ちょっと自習をしていてくれ」
すると若い先生が駆けつけ、ヒソヒソ話をしたかと思えば二人とも何処かへ去っていく。
「どうしたのかな……」
「なんか、嫌な感じがすんね」
「……っん」
露骨に見てくる唐沢と柄山と違って、片桐と雪宮はボソボソと相談しながらも視線は送ってはこない。
まぁ、チラチラと噂を聞いた奴もクラスにいる中じゃ、少しも見ない彼女らの方が不自然なんだけど。
「ごめん、先生たちは緊急の会議が入っちゃって」
とうとう六限が終わるまで先生は戻らず、呼ぶ時にも来た若い先生が入ってくる。
「下校にしますんで。部活動がある子は行って、帰る子は帰ってください」
そして手を叩いて伝えることだけ伝えると、次の教室へと向かって出て行く。
「——っ」
当然、協力をした奴らから露骨に心配そうな目線を向けられる。
しかし、どう表情を返せば正解か分からなかった俺は無言で席を立ち。
そのまま顔を合わせることなく、教室を出ていった。
「笑うのも違うし、かと言って平気そうにするのも違うよな……照れ笑いか?」
どう行動を返せば正解なんだろうと俺は悩みながら、玄関へ向かおうとした。
「っあ」
しかし、教務室から出てきた怠そうな磯崎先生に見つかると、
「——っんまえ!」
彼女はファイルの角で俺の頭を叩いた。
「なんですか、それが挨拶なら真似しますよ」
「偽善をしろって言ったのに、馬鹿なのか? お前のせいで私まで監督不行とか言われたし、当然の権利だ」
もう一度叩こうとする磯崎先生。
「……なんだ?」
しかし、その腕を掴み、ため息を吐くという反抗的な態度をすると先生は怪訝な表情をした。
「むしろ監督不行で良かったじゃないですか」
「それは……どういう意味だ? 納得する答えでなかったら平手打ちだぞ」
教務室の前だというのに、武力行使で脅してくる先生。
この人は本当に、良い意味でも悪い意味でも教師で居なくなることを怖がっていない。
「——先生あんた、香月がイジメられていた事を知っていただろ?」
そう聞いた瞬間、視界が揺れ、パチッーンと音が直接頭へ響く。
ゆっくりと頬をさすり、遅れて熱や痛みを手のひらから感じる。
間違えたのか、そうゆっくり向き直ると、
「何を当たり前のことを————私は粗探しをするだけだと言っただろう?」
先生はただ呆れたように笑い、二発目のビンタを俺へ食らわした。
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