第4話そんなキレなくても良くない?

 見下した目と言われても対等に喋っていたつもりだったが、へこへこ頭を下げてお嬢様のようにしなければ気が済まないだろうか。

 だが、確かに会話の部分だけ言われて見れば俺は彼女が投げて来た球を全て叩き落し続けてきた。客観的に見てもこれで仲良く会話をしているとは当然言えない。

 少なくとも口悪友はこっちの話題に合わせる努力をしてくれていたんから、尾を引いて後で陰口言われていじめられても仕方ないしここで謝るのが一番得策か。


 公衆の面前で罵倒された挙句そこで謝るのはプライドが余計傷つくから余程の事がない限り他の人はしないだろうが、生憎とそんなものは小学生の時に粉々になっている。


「……すまん、俺が悪かった。頼むからまたやってくれないか」


 大事なのは相手を思う気持ちだ、口悪友を理性ある大人ではなくこっちが合わせなければいけない病院の子供たちのように思えばいいだけだ。

 そう思いながら恥ずかしさを捨て去り、先ほどの罵声と引けを取らないほどの音量で謝りながら頭を下げて頼み込む。

 これで許さなかったら幾ら陰口を言っても悪いのは器の小さい口悪友になる、そして予想通り彼女は少し驚いた顔をした後にばつの悪そうな表情で頬を掻きながら戻ってきてラケットを拾った。


「……まぁ、いいよ、もう。気分切り替えてこ」


 少し恥ずかしそうに不貞腐れながら口悪友はコートに戻るので、他の皆も止まっていた手を動かしてラリーを再開し始める。

 しかし、俺と継続してテニスをすると言うことは想定していなかった。そこはもう気分悪いから別の人と組むとか言って俺がぼっちになって壁打ちとかするのが普通じゃないですか。


「コスメとか、よく分からないんだけどそっちは何を使ってるんだ?」


 仕方ない、ならば最低限の言われた忠告は守るという意思表示を見せなければ、もう一度怒らせてしまうかもしれないので彼女のテリトリーの話題を切り出す。


「ん……やっぱマジョリカとかかな。お手ごろだし」


 魔女……は? マトリョーシカみたいな名前だな、一体何なんだそれは。どうやって言葉を返せっていうんだ。


「っふ、まぁ、分かんないよね。でもナイストライだよぼっちくん」


 困惑したように悩ませていると何がお気に召したのか分からないが口悪友は微笑を浮かべながら褒めてくる。


「……いや、俺は『ほち』だって、間違えたとして『ぼち』だろ」

「いいじゃん、片桐もぼっちって呼んでるんだし私もこれからぼっちくんって呼ぶよ」

「……そうか、もう好きにしたらい――」


 少し前なら惚れてそうな程の眩い笑顔を向けてくる、これは言っても聞かなそうだし、名前ぐらいどうでもいいや、と諦めを口にしていたところ。

 顔面の横を殺す気かってぐらいの豪速球が空気を切りさきながら通過した。


「あっれぇ……本当、何回もごめーん。おっかしいなぁ今日は調子が悪いみたい、ラケットのせいかな?」


 片桐がわざわざ反対のコートにいる俺の横まで歩いてきて球を拾うと本当に申し訳なさそうにペコペコ手を合わせて謝ってくる。その姿を見ながら俺は球技系の部活に伝わるジンクスを思い出す。

 いわく、可愛い子とカッコいい子が部活に入るとその子に意識してもらいたいからその子に向かって球が転がってミスする人が増えるという伝説。

 まぁ、片桐に限ってそんな訳もないからラケットが悪いことも本当で調子が悪いのも本当であり、全て偶然が重なっただけでしかないが。


「っあ、そうだ」


 すると戻っていく途中で思いついたように片桐が手を合わせて口悪友の方を見た。


「やっぱり雪とバトって見たくなったから敵同士でダブルスしない?」


 名案とばかりに思い付いた片桐が笑顔で先生の方を見つめると、先生も「別にいいぞ」と許可を出す。


「っえ、何それ面白そうじゃん」

「でしょ、いつも二人で打ちあってたしね」


 真剣勝負ってことか、なら俺等は用済みか。気が利かない片桐の相方は自分が切り捨てられることが分かっていないのか、その場で棒たちしていたが俺は外に出ようと歩き出す。


「じゃ、俺等とダブルスでやろ! な、お前も来いよ」


 ダブルスで仲良くもない奴と組む訳がないだろ、希望を捨てろよ兄弟。あのカースト上位の男連中と組んで楽しくやる決まってるだろ。

 嬉しそうに手を挙げて入って来る男二人とすれ違って黙ってコートを出ようとした。


「ちょっとぼっちくんどこいくんだし」


 だが、去ろうとした俺の体操着が口悪友に掴まれる。


「はぁ……いや、ダブルスでしょ。なら俺等要らないかなって」

「ウチらでやるに決まってんじゃん。ね、片桐」


 口悪友が同意を求めると片桐が「そうに決まってるでしょ」とコートに入ってきた他の男たちを適当にあしらう。


「いや、俺足を事故でやっちゃって邪魔になるしその人と交代した方が」


 片桐か口悪友か、狙いが分からないけどコートに入って来た男二人が俺に感謝の眼差しを向けてくる。


「そうそう、真剣勝負なら足やっちゃった彼とデブより俺等のほ――」

「空気読めし、ウチらでやるから部外者は消えて。ぼっちくんも寂しい事言うなし」


 しかし、俺の言葉に力がある訳もなく普通に無視され、男は睨みつけられたことで途中で言い止める。っていうか、口悪友さっきまで明らかにイライラと怒りで溢れてたのに何で俺ごときに執着するんだ。


「いや、俺またイライラさせるかもしれないし、やっぱりその人――」

「はぁ? 何、あんたウチらとやりたくないわけ?」


 再度男と変わったほうが良いと進言すると急に冷めた物言いで口悪友の眉が曲がり始め、


「……………………………………………………やります」


 まるで蛇のような鋭い眼力にカエルのように固まった俺は先程のデジャヴが脳裏に浮かび、長い時間溜めた後に静かにテニスをすること受け入れた。

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