【400PV達成!】魔女の血脈と十三人の歌姫

紅葉紅葉

第一楽章 魔女の子孫

Op1-1 恥ずかしがり屋の少女

Op.1-1第1節

「にぃ、おはよっ!」

「ぎゃああああああああっっっ!!!」


 九重ここのえ花蓮かれんの元気のいい声と共に、兄である九重ここのえみやびが寝ているベットがそこにあった。花蓮かれんは手に持っていた何かを、枕元に乱雑に置く。それとほぼ同時に、みやびのお腹に肘が沈み込む。その時、この世のものとは思えない、えげつない絶叫がこだました。


「ぐふっふぉおおあ!?」


 花蓮かれんはそのあと、みやびに抱きつき、幸福感を得ていた。

 みやびはゴホッゴホッと苦しそうに咳き込み、少しの時間が経つ。


「おはよ……」

「はいっ!」


 花蓮かれんみやびの挨拶を聞いた後、満面の笑みを浮かべ、枕元に置いていた、風呂敷に包まれた物を元気よく差し出す。


「にぃ、はいこれお弁当! 早く学校に行かないと遅刻しちゃうよっ!」

「……なあ花蓮かれん、お前はなんで僕を起こすためにダイブするんだ? 普通に起こそうとは思わないのか? おかげで急な腹痛と共に一瞬身体から魂抜けたと思ったぞ」

「えへへ〜。にぃのことが大好きだから、つい抱きしめたくなっちゃうんだよね! ほら、ぎゅーってして! ぎゅーって!」

「誰がするか。お前も年頃なんだから、いい加減異性であることを気にしろ」

「え、でもにぃは特別だよ? だってにぃだもん!」


 と、持論を語り出した事にみやびは呆れつつ、花蓮かれんの頭を撫でる。

 ……なお、先ほどのお弁当の中身がどうなっているかは考えないことにする。


「むー。頭だけなの? まあいいや、もう時間もないし、私は先行ってるからね!」


 と、文句をいいつつも、撫でられて嬉しかったのか元気な足取りで花蓮かれんがパタパタと駆け足で部屋から出ていくのを見届けたのち、みやびは制服に着替る。

 今日から始まる学園生活に胸を高鳴らせ、「よし、行くか」とつぶやき、家を後にした。


 ♪


 楽器を使って奏でられた曲は『魔法』となり、非科学的な現象が起こる。その系統は多様に渡り存在する。


 そんな魔法を使う人達を育成する学園がディーバ魔法学園だ。

 そこへ通う生徒は〈演奏研修生スタジエール〉と呼ばれ、卒業ができると〈演奏者ディーバ〉となる資格を得られる。


 魔法は誰でも出せるわけではなく、みやび花蓮かれんを含む、一部の人間にしか扱えない。

 そのため、〈演奏者ディーバ〉は「ライブ」と呼ばれるステージで、魔法を使い、互いに戦うことで人々を魅了させてきた。所謂、エンターテイメントの一つである。


 みやびは、今日からディーバ魔法学園の生徒となるのであった。


 事前にみやびの元へと郵送されていた生徒手帳の一番最後のページには、ディーバ魔法学園内の見取り図が書かれており、それを元に、一学年で一クラスしかない教室の前へ立つ。


 教室の扉を開けると、すでにみやび以外のクラスメイトが半数以上座っていた。

 たった今、扉を開けたみやびの方へと、クラスメイトの視線が動いたため、みやびは注目の的になったが、それも一瞬のことだった。


 男女比は三対七だろうか。女子の方が多いという印象。

 まあ、それは予想していた雅であったが。


 みやびは軽く会釈をしつつ、自分の出席番号が書かれた席に着席した。

 誰も話をしていないという状況。明らかに普通の雰囲気とは違い、ピリッと張り詰めていた。みやびがいた中学校では、入学初日のガヤガヤしていた雰囲気だったので、それと比べたら大違いだ。

 暫く経って始業の鐘が鳴り響き、それと同時に担任の先生が入ってきた。


 担任の先生、神林かんばやし先生が軽く学園について話し、出席番号順に自己紹介をするよう命じられる。

 みやびは教壇へ立ち、自己紹介をしたのだが、緊張のあまり、名前を言う時噛んでしまい、少し羞恥心を覚えた。

 なんとか自己紹介を終え、席に戻る。そして次の人が前へ立つ。


「……わ、わたしは……東雲しののめ灯莉あかりです……。好きな食べ物はりんごで、……嫌いな食べ物は……多分ないかな……? 趣味は……遊ぶこと………。こ、これからよろしくおねがいしますっ…!」


 紅色の瞳を持ち、可愛らしいリボンで結ばれた黒い髪の毛の、長いツインテールの女の子。毛が無操作に跳ねていて、左前髪にピン留めがされていた。背丈は普通の女の子より小さい。

 恥ずかしがり屋なのか、目線は明後日の方向に、声は小さく、途切れ途切れに話すので、聞き取り辛かった。

 だけど、他のクラスメイトと違う印象がある、恥ずかしそうにしている灯莉あかりを見ていたみやびには、とても愛くるしく思え、少しばかり緊張がほぐれた。


 自己紹介を終えた灯莉あかりみやびの左隣の席に座った。(……左隣の席!?)と、内心驚愕。緊張しすぎて、少し考えればわかるであろう、隣の席の人だったということすら、分かっていなかったという事実にみやびはやっと気づいた。


 じーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それと、ものすごい視線を左隣から感じていたことも。


「はい、これで自己紹介は終了。予鈴が鳴ったら講堂に集合するように。以上」


 神林かんばやし先生がそう告げ、教室から退出。その後クラスメイトの大半は先程の自己紹介の時に趣味が似たもの同士で集まり始め、みやびが教室へ初めて入った時とは打って変わって、各々会話をし始めていたのだが、灯莉あかりはその場を動かず、相変わらず、視線をみやびに送っていた。


「……なあ、東雲しののめさん?でいいんだっけ?」

「……(コクッ)」

「なんで僕のこと見てるんだ…?」

「……な、なんか…気になるなーって……思っちゃって……」

「気になる……? 僕がそんなにおかしいのか?」

「そんなんじゃないよ。……なんかねー、九重ここのえくんを見てると、わ、私の感度が良くなる……感じ……」

「ちょっと待て、感度ってなんだよ感度って!?」


 みやびは思わず声を大きく出し、ガタッと音を立てて席をたった。はっとして周りを見ると、クラスメイトがみやび達を白い目で見ていた。「すまない」と、言いつつ何事もなかったかのように席に座る。


「えーっとだな、感度って表現はちょっとこう言うところでは言わない方がいいと思うぞ…?」

「そ、そうだよね……じゃあ、あそこがきゅんきゅんしちゃう? っていうか…」

「それも色々とアウトだからね?」

「えー、……そしたらどうやって……説明したほうがいいのかな〜」

「いや、説明しなくていいから! 説明すると全部ダメな方に進むから!」

「えー……そ、そしたら……」


 また勘違いされそうな事を言いそうだったので、


「とりあえず東雲しののめさんが僕のことを気にかけていることはわかった。もうちょっと言葉には気をつけようぜ? 勘違いするから」

「そうだよね……、勘違いすると……い、色々と濡れちゃうもんね…」

「だからその言動だよ!? 僕が言ってるの!?」


 灯莉あかりに対する印象を改める必要がありそうと考えていると


 キーンコーンカーンコーン


「……あ、あとで話の続き……」

「わかった」


 予鈴のチャイムが聞こえたため、みやび灯莉あかりは講堂へ向かいはじめる。

 みやび灯莉あかりに対する印象が『か弱く、恥ずかしがり屋』から『恥ずかしがり屋なくせにストレートにぶっちゃける人』へと変化した。


 ♪


 講堂で入学式を終えた新入生は教室へ戻り、明日の連絡事項を伝えられた後、そのまま解散。下校となった。

 みやび以外の全員がいなくなったのを見計らい、机の上に紙を何枚も広げて出す。


 楽譜だった。


 音符が連なって描き終わっている楽譜。まだ書きかけで半分くらい埋まっている楽譜。五線譜のみ書かれている楽譜。

 楽譜には、この世に魔法を再現させるための旋律フレーズが書かれており、〈演奏者ディーバ〉には大切なものである。


 「想像している音とちょっと違うんだよな」


 と、つぶやくみやびは魔法を発動させるための曲作りの真っ最中。

 再現したい魔法を想像していると、ふと響いてくる旋律があるのだが、それと同じメロディーを楽譜に書き起こす。弾いてみて、想像しているものが浮かばないなら違うので想像からやり直す。

 地道で、時間のかかるのに、集中力も必要な作業である。

 もう何度目になるかわからないくらいのやり直しをして書いたが、「これも違う」と呟き、書き直そうとする。


「……何が……違うの?」

「うわぁっ!?」


 集中していたみやびは急に耳元で囁かれた声にびっくりした。

 その声に振り向くと、灯莉あかりが後ろから覗き込んでいたのだ。

 みやびが下校の時間になっても、下駄箱へ来なかったため、「話の続き」をするために戻って来たのだ。


「……待たせちゃって……ごめん……ね?」

「大丈夫」


 みやびは机に広げていた楽譜を片付け始めた。


「……片付けしながら聞いてもらえると……いいんだけど」


 と、一言前置きをし、灯莉あかりは切り出した。


「……九重ここのえくん。わ、わたしの……〈演奏研修生スタジエール〉になってくれませんか……!」

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