25:脅威


 続いて俺たちは、隣にある図書室で人形探しをすることにした。

 図書室とはいっても、探しきれないほどに広いわけではない。面積だけでいえば、他の教室の二倍くらいは使われているようだが。


 本などはすべて撤去されているらしく、空っぽの本棚はがらんとしている。

 本棚はざっと見ればわかりそうなので、隠し物があるとすれば机や椅子の下、あるいは何かの隙間くらいだろうか。


「死角は結構あるんだけど、こっち側には無さそうだな……カルアちゃん、そっちの方はどう?」


「こっちも無さそうです。あ、そこの隙間……う~ん、ここもありませんでした」


「そっか、となると三階にも無いってことになるのか……?」


 じっくりと探しているような時間はないが、急いでいるなりに丁寧に調べているとは思う。

 それでも見つからないとなると、三階にあるのはねりちゃんの人形だけだったということになる。


「屋外に隠すのは禁止だし、目ぼしい場所は大体探したし……やっぱりこうも見つからないってことは、先に財王さんたちに見つけられて持ち歩かれてるんじゃ……」


「そういえば、ユージさん。体育館って探しました?」


「いや、まだ……そうか、体育館……!」


 校舎の中を探すという思考回路から、抜け出しきれていなかったのかもしれない。

 最初のルール説明でも話をしていたというのに、俺はその場所を頭の中から完全に除外しきってしまっていた。


 体育館は、一階の西トイレの隣にある渡り廊下から行くことができる。

 渡り廊下に続く扉が閉まっていたので、通れない場所として壁と同じように無意識に通過をしてしまっていたのだ。


「体育館なら、西側から回って行こうか。急がないと、本当に時間がない」


 目的地が決まった俺たちは、すぐに図書室から移動を開始する。

 廊下を覗いて人影が無いことを確認してから、早足に西階段を目指した。


「渡り廊下は階段のすぐ隣だから、見つからなければ一気に行けると思う」


「財王さんたち、どの辺りを探してるんでしょう?」


「わからない……この辺りにはいないといいんだけど。音もしないし、きっと俺たちとは別の……」


 俺のスマホの着信音が鳴り響いたのは、まさにその時だった。

 音で場所がバレてしまうと慌てて通話ボタンをスライドしたのだが、それはLIMEでのダミーちゃんからのビデオ通話の着信だった。


「え、ダミーちゃん……? どうして通話なんか……」


 まさか、彼女から着信があるとは思わずに少々混乱する。

 改心したので俺たちに協力するなどと言い出すとは考えにくいが、脱走したのがバレて居場所を探ろうとしている可能性はあるだろう。

 すぐに通話を切ろうかとも思ったのだが、なぜだかかけてきたはずのダミーちゃんは、一向に喋る気配が無い。


「ダミーちゃん?」


 終始テンションも態度も変化が無かった彼女だ。同じく不思議に思ったらしく、カルアちゃんも声をかける。

 少し待ってみたものの、声もしなければ映像が動く気配もない。


「ここって、ひょっとして図工室か?」


「そうみたいですね。……ユージさん、どうします?」


 映像が少し荒くてわかりづらいのだが、特徴的な作業用の大きな机は、恐らく図工室のものなのだろうということがわかる。

 これは彼女のイタズラかもしれない。

 本来なら、ダミーちゃんの悪ふざけに構っている暇などないし、時間稼ぎをしようとしている可能性だってある。


 それでも俺は、なぜだか嫌な予感を拭い去ることができずに、図工室に向かうことにした。

 どのみち西階段を下りていくのだし、二階の階段の斜め前に図工室はある。

 少しだけ覗いてみて、ダミーちゃんのイタズラなら無視して当初の予定通りに体育館へ向かえばいい。


「行ってみよう」


 俺の意見にカルアちゃんは反対することもなく、二人で図工室を目指していく。

 二階に到着しても物音が聞こえる様子はなかったので、俺は極力音を立てないようにして図工室の扉を開いた。


「……ダミーちゃん?」


 室内を覗いてみると、ダミーちゃんは中央辺りの椅子に座っていた。

 財王さんはいないようだが、呼びかけてみても反応を示す素振りを見せない。

 やはり俺たちを足止めする作戦かと、すぐにきびすを返そうとしたのだが。


 ポタリ……ポタリ……。


 耳に届いた規則的な水音に、俺は自然と足を止めていた。

 その音はどうやら、ダミーちゃんのいる方から聞こえてきているようだ。


「ダミーちゃん、ふざけたいなら今度にしてくれよ。人の生死が関わってるんだ、どうしても邪魔するっていうなら……」


 そこまで言いかけた俺の腕を、隣に立っていたカルアちゃんが引っ張る。

 問うまでもない。その意図はもう、俺にも十分すぎるほど伝わっていた。


 隠れていた月が雲間から顔を覗かせた時、室内は淡く照らされる。

 机に背を預けるようにして椅子に座っていたダミーちゃんには、左肩から右の脇腹にかけて切り傷があった。

 それはぱっくりと開いたその場所から、臓器が視認できるほどの大きな傷口だ。


 水音の正体は、彼女の身体の傷口から床に滴り落ちる血液だったのだ。

 足元や椅子の周りには、広く血だまりができている。


「な、何で……だって、ダミーちゃんは人形探してたはずじゃ……」


 あらぬ方向を見つめる彼女は、すでに事切れているのだとわかる。

 彼女は意欲的に人形探しをしていたし、財王に対しても協力的だった。

 だが、目の前の彼女は自らの手で命を絶ったわけではないことだけは明らかだ。


「ユージさん……これって、トゴウ様の呪いですか……?」


「わからない……わかんねえよ……」


 これまでルールの穴を突くような行動は、いくつもしてきている。

 彼女が財王に協力的だったことがルール違反だとは思えないが、何かがトゴウ様の違反のラインに引っ掛かったのだろうか?


 けれど、これは前の二人のように、”明らかに不自然な死に方”というわけではない。

 やろうと思えば、武器さえあれば。人間の手でもできる殺し方ではないだろうか?


 一瞬、カルアちゃんの持っていたナイフを思い出す。だが、あんな小さなナイフでこんなに大きな傷はつけられないだろう。

 それに監禁状態を脱出してから、俺とカルアちゃんはずっと一緒に行動していたのだ。


(そもそも、カルアちゃんを疑うこと自体がおかしい……ダメだ。異常なことだらけで、まともに考えられなくなってきてるのか)


 これがもしも、トゴウ様の呪いではないのだとしたら。犯人は一人しかいない。

 財王さんが、一線を超えたということになる。


(けど、理由がわからない。ダミーちゃんがいたとしても、財王さんにはデメリットは無かったはずだ)


 ダミーちゃんの願いは、死後の世界を見ることだと言っていた。

 それならば、財王さんの願いを叶える邪魔をすることも、財王さんの邪魔になることもない。

 むしろ、財王さんの人形探しを手伝える立場でもあったのだ。


「ユージさん。もしもトゴウ様じゃないとしたら、ダミーちゃんを殺したのは……」


「……やめよう、こんなの俺たちの憶測にしかすぎない。それより今は、体育館に急ごう」


「……はい」


 人形を探すことさえできれば、全員を救うことができると考えていた。

 だが、俺は甘かったのだろうか?


 もしも俺かカルアちゃんの人形が見つかったとして、儀式を行う前の状態に戻ることができたとして。

 その時に記憶はどうなる?

 記憶まで巻き戻るとしたら、再び同じことの繰り返しになるんじゃないだろうか?


 記憶が残ったまま巻き戻るとしても、自分の願いを叶えられなかったと知った財王さんは、どうするだろうか?


(……いや、考えるのは後だ。どのみち戻せなきゃ、全部意味がなくなるんだから)


 念のためにダミーちゃんのコートのポケットを探ってみたが、そこにあったのは俺が渡したライターだけだった。

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