17:破れないルール


「と、とりあえず……ねりちゃんをこのままにしておくのは可哀想だよ。牛タル、彼女を移動させてやろう?」


「…………わかった」


 呪い説を唱えるダミーちゃんと、それに怒りを向ける牛タル。

 一触即発の空気をどうにかしたくて、俺は牛タルに向けてできる限り穏やかな声音で提案をした。

 二人がこのまま言い争ったところで、事態の解決には繋がらない。それだけは確かだ。

 何より、こんな状態のねりちゃんを見続けてはいられない。


 牛タル自身もその考えは同じだったのか、濡れた目元を袖で乱暴に拭ってからダミーちゃんに背を向ける。

 死んだ人間に触れるというのはさすがに恐ろしかったけれど、俺はそれを顔には出さないようにして、牛タルと一緒にねりちゃんを抱き上げる。

 落とさないよう慎重に移動させて、二階の廊下の端にその身体を横たえてやった。


「咲良……ごめんな、俺が一緒にいてやれば……」


 再び溢れてきた涙をポタポタと落としながら、牛タルは自身のコートを脱いでねりちゃんの顔と上半身を覆うように被せる。

 俺はどうすることもできずに、両手を合わせてせめて彼女が安らかに眠れるよう祈るしかなかった。


「……みんな、悪いけどこんな状況だし、撮影は中止にしよう」


 人が一人死んでしまったのだから、どう考えたって企画どころではない。

 もしも第三者が潜んでいるのであれば俺たちにも危険があるし、そうでないとしても中止の判断をするのが普通の人間だろう。

 ……そう思っていたのだが。


「中止に……しても、いいんでしょうか?」


 誰もが同意してくれるであろうと思った提案に異を唱えてきたのは、カルアちゃんだった。

 俺は聞き間違いかと思ったのだが、彼女が俺の意見を否定したことはどうやら間違いないらしい。

 その証拠に、先ほどはダミーちゃんに向けられていた牛タルの怒りが、今度はカルアちゃんの方へと向けられる。


「いや、何言ってんだよ。咲良死んでんだぞ? なのに撮影続けるとか、頭おかしいんじゃねーのか!?」


「あの、そういうことではなくて……!」


 牛タルが怒るのは当たり前のことだ。軽い怪我をした程度ならばまだしも、人が死んだ状況でまで続ける必要のある撮影なんてないはずだろう。

 カルアちゃんがそんな非情な人間だとは思いたくないが、俺も彼女の発言の意図を理解することができずにいた。


「死に方、普通じゃないよネ」


 そこに加勢したのは、ダミーちゃんだった。

 彼女はねりちゃんの遺体に近づいていくと、何の躊躇もなく被せられたばかりのコートを剥ぐ。

 正確には頭の部分だけなのだが。そこにあるのはねりちゃんの顔ではなく、特徴的なメッシュが入った後頭部だ。


「転んでこんな死に方しないし、どう考えてもまともじゃないジャン」


「テメエ……!」


「ダメだって牛タル! 転んだわけじゃないにしても、第三者がやった可能性はあるだろ? 現実的に考えたら、その方がずっと可能性が高いんじゃないか?」


 俺は牛タルとダミーちゃんの間に割って入りながら、第三者の可能性を示唆しさする。

 実際にできるのかはわからないが、漫画や映画で背後から首を捻って殺害するような描写を目にしたことはある。

 けれど、そんな俺の考えを即座に否定してきたのは財王さんだった。


「可能性っつーなら、第三者はねえだろ。仮にもオレらはずっと通話してて、ましてや自撮りしてる格好。第三者がいるっつーなら画面にゃ間違いなく映り込むだろうし、撮影してる本人か、あるいは誰かが気がつくモンだ」


「私たちの中の誰かが犯人、ということもないですよね。自分とねりちゃん、二つの画面で犯行現場が映る以上、リスクが大きすぎますし」


「揃いも揃って頭おかしいんじゃねえのかマジで……ならよ、仮に咲良が本気で呪いに殺されたとして。何で撮影続けなきゃなんねーんだよ。こんなこと続ける意味ねえだろ?」


 事故でもなければ第三者の仕業でもないという意見の一致に、牛タルは乾いた笑みを漏らす。

 剥がされたままのコートをねりちゃんに再び被せ直したカルアちゃんは、真っ直ぐに牛タルと向き合った。


「もしも、ねりちゃんが呪いで死んだのだとすれば。トゴウ様の存在は本物で、ルールを破ったら全員が呪い殺されるんじゃないでしょうか?」


「そんなこと……」


 あるわけない、と言い切れないのは三人分の圧力なのか。あるいは、牛タルの中でも彼女の死に様に対して不信感を抱いているからなのか。

 呪いを信じずに棄権するのは自由だが、それによって呪い殺されないという保証はどこにもない。

 ねりちゃんが人の手によって殺されたのだという確証が持てない以上、リスクが大きすぎるのは確かだった。


「じゃあ、ねりちゃんはルールを破ったってことなのか?」


「わかんないけど、今の状況じゃそうだとしか思えないよネ」


「けど、ねりちゃんがルールを破るようには……」


 スタート時には、ねりちゃんは正々堂々と人形探しをしようとしているように見えた。

 呪い殺されるだなんて信じていなかったとはいえ、ルールを破ってまで勝とうとするだろうか?

 しかし、こっそりと打ち明けられた彼女の本当の願いを思い返す。



『誰かに叶えてもらわなくたって、二人は絶対幸せになれるよ』



 彼女にそう伝えたのは、他でもない俺自身だ。

 自分たちで願いを叶えられると思った彼女は、他のメンバーに願いを叶える権利を譲って、人形探しを放棄したのかもしれない。


 ねりちゃんが隠したのは、財王さんの人形だ。ねりちゃんが彼に人形の隠し場所を教える理由はない。

 それならば、ねりちゃんが破ったルールは”ロウソクの火が消えるまで人形探しをやめてはいけない”という部分だろう。


 動画の撮影をしていることを考えれば、表面上は人形探しを続けるふりをしていたはずだ。

 そうなると、彼女の判断に俺たちが気がつけるだけの材料もない。


(俺が……ねりちゃんを殺したってことなのか……?)


 トゴウ様の存在を信じていなかったとはいえ、間接的にでもねりちゃんを死に導く要因を作り出してしまった。

 そのことに気がついた途端、全身から冷や汗が噴き出してくるのがわかる。


「咲良、何でルールを破ったりしたんだよ……願いを叶えてもらうんじゃなかったのかよ……」


 語りかけたところで、ねりちゃんはもう答えてくれることはない。

 そうとわかっていても、俺は牛タルにかける言葉を見つけることができなかった。

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