16:パニック


 動くことができずにいた俺は、少しの間ねりちゃんと見つめ合っていた。

 仰向けに倒れているはずのねりちゃんの顔は、”正面から”俺の方を見ている。

 状況を飲み込めていないというのに、どこか冷静な俺の頭の中では、すぐにねりちゃんが死んでいるのだと理解していた。


『ユジっち!? 何、どうしたん!? オイって!!』


 そうしていたのは、ほんの数秒足らずだったのかもしれない。

 しかし、牛タルの声で現実に引き戻された俺は、それでようやく自分が叫び声を上げているのだと気がついた。


 思わずその場に尻もちをつくが、当然ねりちゃんが動き出す気配はない。

 ただ底の見えない暗く濁った瞳が、じっと俺の方を見つめているだけだ。


「オイ、何デケエ声出してやがんだ。まさか幽霊でも見たとかほざくんじゃねえだろうな?」


「ざ、財王さん……! あの……あれ……!」


 俺の叫び声を聞いて、いち早く駆け付けてくれたのは財王さんだった。

 分かれたばかりで距離が近かったので場所がわかったのだろうが、俺は状況を言葉で説明することができずに、階段の上を指差す。

 その先を見てねりちゃんに気がついた財王さんは、臆することなく彼女の方へと近づいていった。


「…………死んでやがんのか?」


 タチの悪い冗談か、イタズラで仕掛けられた人形を見間違えたのではないかとも考えた。

 だが、財王さんは冷静にそう呟きを落とす。それによって、俺は今度こそ本当にねりちゃんがそこで死んでいるのだと理解した。


『え……死んでるって、何だよ。なあ、ユジっち? 変な冗談やめろって』


 財王さんの呟きだけで、牛タルも最悪の事態を察したのかもしれない。

 というより、画面を見れば誰の話をしているのかは一目瞭然だろう。ねりちゃん以外の通話画面は、はっきりとそれぞれの姿を映しているのだから。


『どういうことですか? ユージさん、一体何が……』


『ユジっち、どうなってんのか教えろって!!』


「ぎゃあぎゃあわめくな! とりあえず全員、一階の東階段に来い。……来りゃわかる」


 答えられない俺の代わりに、場を鎮めたのは財王さんだった。

 その言葉を聞いて、真っ先に駆け出したのは当然牛タルだ。それに続いて、動揺しながらカルアちゃんも移動を始めたのがわかる。

 ダミーちゃんは特に反応をする様子も無かったが、どうやらこちらに向かってくれているようだった。


 それから少しして、動き出した順に全員が現場に到着する。

 変わり果てたねりちゃんの姿を目の当たりにした牛タルは、声にならない悲鳴を上げながらねりちゃんに駆け寄った。


「おい、ねり……! 何だよこれ、なあ、嘘だろ!? 起きろって、咲良さくら!!!!」


「牛タル、やめろって。ねりちゃんはもう……」


「離せよユージ!! コイツはただ、ちょっとドジだからスッ転んで……気絶してるだけだって……ッ」


 そんなはずがないことは、牛タル自身がよくわかっているのだろう。

 ねりちゃんの身体を必死に揺さぶる牛タルを半ば羽交い絞めにするように引き剥がすと、始めは激しく抵抗していたものの徐々に動きが鈍くなる。

 やがて大人しくなったかと思うと、大粒の涙と共に嗚咽を漏らしていた。


 咲良というのは、恐らくねりちゃんの本名なのだろう。

 牛タルは何度も彼女の名を呼びながら、とうとうその場に崩れ落ちてしまった。


「何で……ただ人形探してただけだってのに、何で咲良がこんなことにならなきゃいけないんだよ……!?」


「ユージさん、一体何があったんですか?」


 不安そうなカルアちゃんは、自然と俺の方に距離を詰めてくる。

 普段ならそれをラッキーと思えたはずだが、今の俺にそんな浮かれた思考でいられるだけの余裕はない。


 俺たちはデスゲームをしていたわけじゃない。ただ、隠した人形を楽しく探していただけなのだ。


「……わからない。通話で聞こえてたと思うけど、財王さんと分かれて、俺は二階に上がろうとしたんだ。そしたら、ねりちゃんがここで倒れてて……」


「そういえば、ねりは喋ってなかったネ。ダミーは人形探してたからあんまり画面見てなかったケド」


「ユージさんと財王さんが一緒にいた時には、まだねりちゃんの画面も動いていたと思います。私、怖くて画面を見ながら歩いていたので」


「カルアちゃん、何か見てねえのかよ!? 何か、たとえば怪しい奴がいたとか咲良が変な動きしてたとか……!!」


「牛タル、落ち着けって……!」


「落ち着いてなんかいられるかよ!! 何で咲良が死んじまってんだよ!!?」


 カルアちゃんに向かって、今にも掴みかかりそうな牛タルを俺は再び羽交い絞めにする。

 大切な恋人をこんな形で失ってしまったのだから、落ち着くことができないのは当然だ。


「わ、わかりません。特におかしなところはなかったと思うんですが……もし不審者がいたとすれば、ねりちゃんの反応で、誰かが気付いていたはずですし」


 カルアちゃんの言う通り、俺たちは常にビデオ通話を繋いでいたのだ。映像か、あるいは音声に不自然な点があれば、誰かが気づけていただろう。

 少なくとも悲鳴を聞いたり、不自然な動きはしていなかったように思う。


「……なら、トゴウ様の呪いカナ?」


「ダミーちゃん……!!」


 その発言にギクリとして、俺は咄嗟に制止の言葉を投げようとするが、それはすでに牛タルの耳にも届いてしまった。

 涙を滲ませた牛タルの瞳が、怒りの色を濃くしてダミーちゃんを捉える。


「ふ、ざけんな……呪いなんかあるわけねえだろ!! 咲良が死んだんだぞ!? ふざけたこと抜かすのは動画だけにしてもっと真面目に考えろよ!!」


「ふざけてないし。それしか考えられないジャン」


 今にも殴りかかりそうな剣幕で真正面から怒鳴られても、ダミーちゃんは悪びれた様子もなく返す。

 本来ならば冗談を言う場面ではないと俺も怒るべきなのだろうが、そうできなかったのは、俺自身も思っていたからなのだろう。


(だって、こんな死に方……誰が見たって普通じゃない)


 百歩譲って、足を滑らせたねりちゃんが階段を転げ落ちたのだとする。転がり方が悪ければ、首が思わぬ方向に曲がることだってあるのかもしれない。

 本物の死体なんて見たことがないのだから、あくまでも想像上でしかないのだが。


 けれど、ねりちゃんが倒れているのは階段の一番上だ。

 少なくとも、階段を転げ落ちたわけではない。


 首だけは階段の二段目に垂れ下がっているので、打ち所が悪くて首の骨が折れてしまった可能性もある。

 だが、彼女の首はどう見ても何かの力によって”ひねられた”ようにしか見えなかった。

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