ぐうたらやんきーがーる!!

気奇一星

第1話 姐さんと後輩

「おえーー!!」


 なんと気分の悪い朝だろう。昨日、酒を飲みすぎたせいで気分は最悪だった。我慢できなくなったイチカは、キッチンシンクに腹の中のものをぶちまけていた。


 それはまさに地獄絵図じごくえず


 すぐに水道をひねり、それを流した。


 それから、近くにあったコップに水を満杯まんぱいみ、一気にゴクゴク飲み干した。


 少し、気分が楽になった気がする。


 十九歳になっても、このような、だらしのない生活をしているイチカだった。


 それにしても、暑い日が続き過ぎではないだろうか。数日後には干からびて死んでしまうんじゃないかと、イチカは冗談じみたことを思っていた。


 イチカの住む部屋には、残念ながらクーラーは無く、扇風機一台しかない。


 眠ってしまえば、暑さも感じないと知っていたイチカは、座敷ざしきの上にいてある布団に戻ろうとした時、つい、ため息がでてしまった。


 昨日の夜に飲んだビールやチューハイの缶、おつまみとして食べたスナック菓子の残りが、布団の周りに散乱さんらんしていた。


 綺麗に片付けなければ、という考えが一瞬よぎったものの、近頃、かなりの面倒臭がり屋になってしまったイチカは、その考えをあっさりと捨ててしまった。


 しかし、汚れたくはなかったので、一応、布団の周りに落ちているゴミを部屋の隅に蹴散けちらしてから、布団の上に雑に寝転がった。その時、家の扉の方からガンガン、とうるさい音がした。


 枕元に置いてある携帯を見ると、時刻はちょうど十一時半。


「開いてるぞーー!!」


 外にいる奴らに聞こえるように、イチカは腹に力を入れて声を出した。


ねえさん。起きてるんなら、電話に出てくださいよ。」


「今、起きたんだよ。」


 家に入ってきたのは、ミキとカナ。


 最近は、三日に一回ぐらいきてくれているカワイイ後輩達だ。ミキもカナもイチカと歳がひとつしか違わないのに、まだまだ、少女という感じがする。


「のんびりしていないで起きてください。もうお昼ですよ。」


 仕方なくゆっくりと身体を起こした。


「そこを掃除するので、姐さんどいてくだい。」


「このままでいいよ。」と、イチカが言うと、ミキは周りに散らばっているゴミだけを拾って袋に突っ込んでいった。


 すると「どれがいいっスか?」と、カナに問いかけられた。わざわざ買ってきてくれた昼食を見せてくれた。


 (どれにしようかな?)


 全部美味しそうだった。しかし、さっき吐いたところだし、胃ももたれている。悩んだ末、イチカはこの中で一番軽そうな、サンドウィッチを選んだ。


「ちょっと待っててくださいね。」


 カナは、残りの弁当をレンジで温めに、キッチンに向かっていった。


「姐さん! いつも言ってるじゃないですか! そんな格好してると、そこの窓から覗かれますよ。」と、ミキに何度目かの注意をされてしまった。


 夏は暑いから、寝る時はタンクトップとパンティ一枚。イチカにとってここだけはゆずれなかった。


「夜も暑いからこれでいいんだよ。」


「――あ!!」


 ミキは、イチカの真横にある開け放してある窓を指さした。


 窓の外には、いかにもすけべそうな老人が鼻の下を伸ばして、薄着のイチカをいやらしそうな目で見ていた。


「私は観せもんじゃねぇんだよ! ぶっ殺すぞジジイ!」


 怒りをぶつけてから、イチカはカーテンをピシャリと閉めた。


 それからしばらくして、テキパキ働いてくれている後輩には悪いと思ったが、イチカは重くなったまぶたをゆっくりと閉じた。


 背中に当たっている扇風機の涼しい風と、カーテン越しに刺す、心地のいい暖かさの日差しが睡魔すいまのようになって、イチカを襲っていたのだ。


 (もう、ダメだ。)


「……さん! 姐さん! 起きてください!」


 イチカがうとうとしているうちに、散らばっていたゴミは綺麗に片付いており、昼食も湯気が出るほどレンジでしっかり温まっていた。


 なんでも後輩任せではいけないと思ったイチカは、重い腰を上げ、綺麗になった座敷ざしきの上に簡易テーブルを設置し、三人で昼食をとる準備をした。


 三人分の昼食がテーブルに置かれた後も、二人はまだバタバタしている。まだ、何かすることがあるのだろうか?


 するとミキが壁に掛けてある特攻服とっこうふくを手に取り、イチカの肩にかけてくれた。


 特攻服を、レディース(女の暴走族)を引退してからもう一年は着ていないが、イチカは今でも宝物のようにそれを大切にしていた。


 ミキは、髪を刈り上げていて目つきも鋭いから、見た目は怖そうだけれど、心の優しい奴だから、薄着なイチカに気を使ってくれたのだろう。


 そうすると、近くにいたカナは待っていましたと言わんばかりに、ポケットから携帯を取り出して、今のイチカの姿を写真に写した。


 (え!?)


 二人はイチカに背を向けて喋っている。


 本人たちは、声を潜めているつもりだろうが、キャッキャと、欲しいモノを貰った時の幼い子どものような声が聞こえている。


 はしゃいでいる二人が、なかなか席につかないので、待ちくたびれたイチカは「早く食おうぜ!」と少し語気ごきを強めて言った。


 そうすると、二人は急いで席に着いてくれた。


「姐さん、待たせてしまってすみません!!」


 それから、各々おのおのの昼食を食べ始めた。


 イチカのサンドウィッチは、みるみる喉を通っていき、あっという間に無くなってしまった。


 今朝吐いたにも関わらず、サンドウィッチ程度の量では食欲はおさまってくれなかったし、それに拍車はくしゃをかけるように、目の前にいる二人が食べている、カレー弁当のスパイシーな匂いと唐揚げ弁当のニンニクの匂いが、一層イチカの食欲をそそった。


「姐さん。いりますか?」


 突然、カナがイチカの心を読み取ったかのようなことを言った。


 でも、後輩に気を使ってもらうなんて、なんだかなさけないような気がした。


「え!? そんな物欲しそうな目で見てたか?」


「……いや、私たちこんなに食べれないんですよ。」


「そうッス!」


「それじゃあ、仕方なく食べてやるか!」


 イチカは、それを聞いて意気揚々いきようようと応えた。


 (なんだ、そうだったのか。確かにコンビニの弁当は女には少し多いよな。)


 イチカは、二人に食べられない分だけもらい、それをガツガツ食べた。


 昼食が終わるなり、イチカは、ぐでーんとその場で大の字になって寝転がった。


 食べたあとは自然とのんびりしたくなる。


 ミキとカナはゴミをまとめてくれた。


「それじゃあ、私達は帰りますね。夕飯は冷蔵庫に冷凍食品と惣菜そうざいが入ってるんで、適当に食べてください。また、明後日あさってきます。」


 寝転がったまま、手だけ振って、挨拶した。


 イチカは眠くなるまで、目をつむることにした。


 そうすると、すぐに、窓際からカメラのシャッター音が聞こえてきた。


 イチカはパッと起き上がり、窓から外を覗くと、見慣れた笑顔が目に入ってきた。


「さっきから、人のことをパシャパシャ撮るんじゃねぇよ。」


 そこには、ミキとカナが携帯を片手にいた。


「起こしてしまって申し訳ないッス。姐さん。」


「まぁ、まだ寝てなかったからそれはいいけど……。」


「――それじゃあまた明後日行くッス。」


「お、おい!」


 二人は、走りながら去っていった。


 結局、あの二人が何をたくらんでいたのかは分からなかった。しかし、悪いことにはならないとイチカには分かっていた。あの二人がイチカを信頼しているように、イチカもあの二人を信頼していた。


 (よし。寝るか!)


 「うわっ!?」


 すると突然、携帯のバイブレーションが鳴った。確認すると二件のメールが送られてきていた。


 一件目はカナからだった。


【件名】:もと 媲乱びらん総長の正午♡


 この奇妙な件名と共に、肩から特攻服を羽織っているイチカの写真が添付てんぷされていた。恐らく昼食の前に撮られたやつだろう。


 もう一件はミキからだった。


【件名】:元 媲乱総長の寝顔☆


 この恥ずかしい件名と共に、私が目を瞑って口を開けながら寝転がっている写真が添付されていた。恐らく今さっき撮られたやつだろう。


 (アイツら、こんなするために私の写真を撮ってたのか!! ていうか、私、こんなに焼けてたのか!?)


 連日の猛暑の日差しの影響で、こんがり黒くなった自分の肌に驚いたイチカだった。

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