第41話 林間学校が始まりました 2

 ――突然すみません。今晩お電話おかけしてもよろしいでしょうか。今回の林間学校でお話しておきたいことがあります。


 そのメッセージが久遠から届いたのは学校が終わって家路を急いでる時のことだった。

 文章から察するに恐らく2人だけで話したいことなのだろう。

 今日は家事当番だが仕事内容は少ないから断る理由もない。



『いいよ。ただ20時より後にしてもらえると助かる』

『わかりました。それでは20時半頃にかけさせていただきます』



 そんなやり取りを交わし、家事を終わらせて猫を撫でながらベッドでゴロゴロして20時半を少し過ぎた頃。

 送られてきたメッセージの通り、久遠から着信が入ってきた。


「もしもし?」

『夜分遅くに申し訳ありません。久遠です。いま、大丈夫でしょうか?』

「ああ、大丈夫だよ。それで話って?」


 俺がそう訪ねると、久遠は一呼吸分の間を空けて意を決したように口を開く。


『伊織君は今回の林間学校に関係する伝説を知っていますか?』

「……伝説? ああ、最終日に好きな人とキャンプファイヤーを一緒に見たら願いが成就するってやつ?」

『そ、そんな話があるんですか!?』


 突然スマホから大きな声が聞こえてきて、驚いて思わず画面から耳を離してしまう。

 ……驚いた。あの久遠があんな大声を出すなんてな。


『す、すみません。取り乱してしまいました……』

「や、大丈夫。というか今の反応からすると久遠が話そうとしてた伝説ってこれとはまた別のものなのか?」

『……はい。より正確に言えば今回滞在することになる地域に纏わる伝説ですね』


 そう前置きして久遠が語り出した内容は、その地域に古くから伝わるという伝説だった。


 曰く、今回俺たちが登山することになっている山には戦国時代にある侍と姫君が逃げてきたという。

 彼らが逃げてきた理由については伝承によって様々だが、その最期はどれも追手に捕まり果てたという悲劇で終わっている。


 しかしこの話には続きがあった。


 非業の最期を遂げた侍の魂は成仏することなく、彼が生涯を共にした刀へ宿り、そして独りでに動き出して自分たちを殺した追手を皆殺しにしたという。


 その刀は以後、侍と姫君の骸が朽ちた場所に近づく者を容赦なく殺していったらしい。


 そして誕生したのが【妖刀伝説】とのことだ。



「……こいつはまた随分と物騒な伝説だな」


 例のキャンプファイヤー伝説とは真反対な悲劇と惨劇に満ち溢れた伝説、というか怪談に思わず引いてしまう。


「で、それはどこまで本当のことなんだ?」

『……正直に言って眉唾物です。過去の資料を漁ってもその地域へ退魔士を派遣したという記録は存在しませんでしたから』


 ならその妖刀伝説とやらはただのおとぎ話か何かなのだろう。

 ……うん? だとするとどうして久遠はこんな話を俺に聞かせたんだ?


『今回この話を伊織君にお伝えしたのはこの伝説が現実になる恐れがあるからです』


 そんな俺の心中を察してか、それともただの偶然か。

 久遠は俺の疑問に答えるように喋り始めた。


「伝説が現実になるというのは?」

『……現在、日本各地の霊力の均衡が大きく揺らいでいます。それこそ何かの拍子に全く新しい妖魔が誕生してしまい兼ねないほどに』


 妖魔。

 この話を聞かされたのが数ヵ月前だったらただのオカルトだと一笑に付していただろうが、久遠との出会いや牛鬼や九尾の尾との戦いでそれらが現実のものだと俺は知ってしまっている。


『妖魔の大半は人々に恐れられる、あるいは信じられることで誕生します。そしてもしもこの時期にそれなり数の人がその妖刀伝説を信じてしまったら……』

「本当に妖刀が現れかねないってことね。あっ、もしかして肝だめし係に立候補したのも……」

『はい。そういった話が広まっていないかを確認することと、この山が妖魔が発生し得る状況なのかを確認するためです』


 久遠の説明を聞いて合点がいく。

 昼間から登山とはまた別に山を登らされたり荷物運びをする必要があるクソ面倒くさい肝だめし係になったのはそれが理由だったのか。


『それで伊織君には他の係でそういった噂や伝説が流れていないか警戒してもらいたいんです。もちろん報酬もお支払いたします』

「えっ、それだけのことでお金を出してくれるのか?」

『万が一ということも考えられますからね。それに大半の退魔士はこういった簡単な調査依頼で収入を得ているので』


 退魔士の事情とやらはよく分からないが、それが普通のことなら遠慮なく貰うとしよう。

 仮にもしその妖刀伝説とやらが現実のことになったとしてもその時は――。


『それともし何か危ない気配を感じたとしても絶対に1人で突っ込まないでくださいね?』

「あ、ああ。それはもちろん分かってるよ。とりあえず怪しげな話が出回ってないか警戒していればいいんだよな」

『なら結構です。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした。話はこれで以上となります』

「わかった。それじゃあまた明日、学校で」

『はい、また明日』


 それを最後に俺は久遠との通話を切る。

 

 割りのいいバイトが降って湧いてきたって感じかな。

 そんなことを考えながら俺はスマホを机の上に置くと、今まで抱いていた猫・・・・・・・・・を元の空気中の水素へと戻す。


「念のため林間学校までにこっちの研究と特訓も済ませておかないとな」


 そう言って俺は改めて水魔法のさらなる応用発展の研究・・・・・・・・・・・を再開するのだった。

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