第43話 追憶ー或る少年の旅立ー
精神病院の隔離病棟に入れられたペーターの所をエディとダニエルが訪ねたのは、その少し後であった。
警察は、社会的な影響が大きすぎるとして報道管制を敷き、ペーターの事件を秘密裏に処理した。事件の重大性もさることながら、事もあろうに警官が複数人同席していた取調室での殺人まで許してしまったという大失態を包み隠すためでもあった。
ペーターは、精神病院の隔離病棟の最奥、重大な事件を起こした患者が入れられる独房のような個室に隔離された。そこに入れられたが最後、生きて出所することはできないとまで噂される、事実上の「死刑執行室」であった。ペーターは、一般社会には存在することすら許されない凶悪犯として、その「死刑執行室」で生涯を終えることを宣告されたのだ。
最も、当のペーターは自分へのそんな処置に対してすら、まるで無頓着に過ごしていた。丸一日、自由時間すら与えられず監禁される日々にも、彼は不満一つ言わず、ただ漫然と鉄格子から射し込む光だけを浴びて過ごしていた。
そんな訳だったので、本来来るはずの無い来客――それも自分を診察したいという奇特な精神科医――の来訪にも、ペーターは関心一つ示さなかった。他人と会話できるだけでなく、診断結果によってはこの「死刑執行室」から抜け出ることが出来るかもしれないにも関わらず、彼はダニエル達の来訪に興味を示さず、追い返すようなそぶりさえ見せた。
「話なら警察で十分した。今更話すことは無い。」と言って。
結局、ダニエル達がペーターの主治医(と言っても形だけであり、実際には診療などは一切行っていなかった。ペーターの処置――事実上の終身禁固――は既に決まっており、診察の必要などなかったのだ)に無理矢理頼み込み、面談を実施した。
この時の事を、ペーターは今でも克明に覚えている。
面会室は、拘置所などと同様、患者と面会人との間に強化ガラスが設けられていた。最初にドアを開け、強化ガラスの向こう側に現れたのはダニエルであった。いかにもと言った風貌の精神科医。それ以上の印象をペーターは抱かなかった。この時点で、彼の興味関心は一旦完全に消え失せていた。
だが、続いて面会室に現れたエディの姿に、ペーターはある種の衝撃を受けた。
一言で言うと、異様であったのだ。ペーターの目の前に現れたエディは、一見するとごく普通の女性であった。だが彼女には、女性的な部分など全くなかった。容姿も立ち振る舞いも、紛れもない女性であったにも拘らず、ペーターにははっきりとそう感じられた。少なくとも、彼自身の知りうる女性的なありとあらゆる要素が、彼女には微塵も感じられなかった。それだけではない。そもそも彼女には、人間的な部分が全く見て取れなかった。少なくとも、ペーターが今まで出会ってきた「人間」とは、根本的に違っていた。理屈ではなく、彼は本能でそれを理解していた。
その日見たエディの印象を、ペーターは生涯決して忘れることは無いだろう。
ダニエルによる面談自体は、特に意味のあるものではなかった。警察の取り調べや精神科医による問診内容をほぼそのまま繰り返すだけの、極めて形式的な内容であり、ペーターにとっては全く無価値な時間の浪費であった。
ダニエルによる問診が終わると、エディが口を開いた。
「ではこれで、本日の面談は終了します。何か質問はありますか?」
エディの口調はダニエル以上に、事務的で機械的であった。だが不思議とペーターは、彼女のそんな態度に逆に興味を惹かれた。
「アンタは何者なんだ。」
婉曲的な言い方はせず率直に、ペーターは自身の疑問をぶつけた。
「最初に申し上げました通り、ダニエルの秘書を務めております。」
「そういうことを聞いてるんじゃない。」
強化ガラスを額で突いてしまうくらい身を乗り出しながら、ペーターが詰問するように言った。
「お前は女じゃない。そして人間でもない。少なくとも、俺が知っている女や人間とは全く違う。お前は何だ? 何の目的で俺の前に現れた?」
常人が聞けば、全く支離滅裂な言葉。だがペーターには確信があったし、その瞳は真剣そのものであった。
そしてエディも、表情一つ崩すことなく、彼と向き合っていた。
ダニエルは無言で二人のやり取りを見つめていた。まるで、こうなることを事前に予見していたようですらあった。
「どうしてそのように思うのか、具体的にお話しいただけますか?」
「どうしてもクソもない。俺にはそう見える。それだけだ。」
無機質かつ無感情な調子で答えるエディに対し、ペーターは苛立たしげに言った。
「生物学的な意味で言えば、私は人間で、女性です。それは、間違いようのない事実です。」
突き刺すようなペーターの視線にも一切動じることなく、エディは返答した。
「ですが、貴方が私を「異常な存在」と捉えるその理由についても、確かに心当たりはあります。」
エディがそこまで言った時、ダニエルはおもむろに立ち上がり「ここから先は、君達二人で話した方がよさそうだ」と言うと、面会室を後にした。
ダニエルの後姿を見送ったエディは、一呼吸置いて、言葉を続けた。
「私も、貴方のような「患者」でした。」
ペーターの瞳を見据え、感情の揺らぎすら見せない口調で、エディが言った。
「精神病院に入れられ、毎日のように治療を受けていました。しかし私の病気は、完治することはおろか、症状が改善することすらありませんでした。そんなある時、ダニエルと出会ったのです。彼は私に言いました。「君の症例は、病気と呼ぶべきものではない。個性や特質と言った言葉でも足りない。一種の才能なのだ」と。」
エディは、滑らかな口調で話し続けた。それはもう、喋っているというより、自分の内面そのものを曝け出しているようですらあった。
「その言葉で、私は自分が病気であると考えることを止めました。いえ、それは正しくないですね。普通の人達が、所謂「病気」と呼ぶ状態こそ、真実の私なのだと、そう理解したんです。そしてそれが真実である以上、否定することはできないし、否定するのは無益な行為であると悟りました。」
「自慢話はいい。お前が何者で、何故俺の前に現れたのか。それを言え。」
長々と語り続けるエディを咎めるように、ペーターが話を断ち切った。
「失礼。前置きが長すぎましたね。」
そう言うと、エディは微かに天を仰ぎ、そして続けた。
「私には、見える。」
「何?」
「見えるんです。人には見えないもの、そこにあるはずの無いもの、普通の人の感性では、想像することすら不可能なものが、私の瞳には確かに映るんです。」
エディの言わんとすることが理解できず、思わず聞き返したペーターに対し、彼女はさらに不可解な言葉を返した。
「例えばペーター、貴方にも確かにそれが見えます。常人には持ちえない、心の色とも言うべきものが。」
ペーターはその時初めて、エディの瞳が自分の外面ではなく、内面のさらに内奥を見通していたことに気付いた。彼女の瞳は目の前のペーターの心の内側まで見通し、普通の人間には見えない「何か」を見ていたことに、ようやく彼は気付いたのだ。
得体の知れない悪寒に、ペーターはその身を微かに強張らせた。邪悪な犯罪を何件も、事も無げに繰り返した彼が、初めて感じた感覚であった。
「最初にダニエルから貴方の話を聞いた段階で、ある種の確信がありました。貴方はきっと、単なる殺人鬼ではない。私に、そして私の仲間達に、何らかの「気付き」を与えてくれる存在であると。実際に貴方と会ってみて、確信をより深めました。ペーター、貴方は、我々にとって必要な存在なのです。それを確かめることが、私達が今日ここに来た最大の目的です。」
「新興宗教の勧誘みたいな文句だな。うさんくせぇ。」
淡々と畳みかけるように話すエディの言葉を遮るように、ペーターは嘲笑を返した。だが、その嘲りが虚勢からくるものであることは、ペーター自身がよく理解していた。そしてそのことに、彼自身が一番困惑していた。
ペーターは、目の前にいるエディに、警戒や困惑を通り越して恐怖に近い感情を抱き始めていた。
目の前の女は、人間では無い。自分と同じ、あるいは自分以上の怪物だ。
殆ど確信に近い直感が、ペーターにはあった。
「信じられない、理解できないと感じるのも無理からぬことかと思います。しかし、私達が今日、ここに来た理由は、紛れもなく今話した通りの理由からです。他に何か聞きたいことはありますか?」
エディの方は、ペーターの様子に気付いているのかいないのか、相変わらず抑揚の無い口調で話しかけてきた。
「……」
ペーターは押し黙ってしまった。聞くべきこと、確認すべきことは沢山あった。だが、どうにも頭の整理がつかなかった。目の前にいる相手が信用に足る存在なのかも分からないし、何より話の内容を客観的に考える限りでは、そもそも相手が正気なのかも定かではない。そんな人間に、自分自身をこれ以上晒してよいのだろうか?
そこまで考えて、ペーターは気付いた。何故、自分や相手の事情を斟酌して尻込みする必要があるというのか。今まで自分は、そんな事を慮って足踏みをしたことなど、一度も無かったではないか。一体何を怯える必要があるというのか。
そこまで考えが至った時、ペーターの心に迷いはなくなっていた。
「お前が心の底からイカレた女だっていうのはよく分かった。俺の同類っていうのも、まあ間違いじゃないんだろうな。」
その言葉を聞き、エディは微かに微笑んだ。微笑んだというより、「微笑み」という動作を浮かべたと言った方がふさわしいくらい、ぎこちない表情ではあったが。
「正直に言うと、さっきまで少し怖がっていたんだ。自分と同じ人間に会うのは初めてだったからな。どう接していいのか、全く分からなかった。」
包み隠すことなく、ペーターは自分の心の裡を晒した。何の根拠も無かったが、エディには隠し事など通じないということを、彼は直感で理解していた。
「初対面で、そこまで話してもらえるとは、少し意外でした。」
エディの表情が、微かに綻んだように、ペーターには見えた。
「アンタに隠し事は通用しない。何故かそう思えたんだ。」
ペーターは身を乗り出すと、今度はエディの瞳を窺うようにして聞いた。
「そう。俺は本音で、ありのまま話すことに決めた。だからお前もありのまま全て話せ。さっき「普通の人間には見えないものが見える」って言ったな? じゃあ俺には、一体何が見えている?」
先程エディが言った「常人とは違う心の色が見える」という言葉が、ペーターにはどうにも気になっていた。自分では確かめようのない、自分の心の形。もしそれを本当に見通すことが出来るのであれば、それは一体どんな物なのか。半信半疑ながら、ペーターはどうしても確認せずにはいられなかった。
「まず大前提として、私の目に映るものは私の目に映るものでしかなく、客観性が担保されている訳ではありません。私の目に映るのはあくまで、私の目に映る貴方でしかありません。それでもよろしいですか?」
「構わん。」
他人の目に映る自分。今までそんなものは、ペーターの意識の片隅にすら浮かんだことは無かった。だが今は、純粋に知りたいという気持ちが抑えられなかった。自分と同じ怪物が、本当にこの世にいるのであれば、その瞳に自分はどのような姿で映っているのか。
「私が普通の人間を見る時、そこに映るものは普通の人間に見えるものと何も変わりません。ですが、貴方のような
怪人という言葉が少し気になったが、ペーターは口を挟まず、そのままエディに喋らせた。
「まず、人の形をしていないのです。崩れている、爛れている、そんな表現では足りません。人としての輪郭そのものが形を持っておらず、曖昧模糊と揺らめいている。それでいて、周囲の景色や人の群れとは、決して交わらない。この世に生れ落ちていながら、まだ正しい意味での誕生を経ていない、そんな印象です。」
そこまで言い終えると、エディはじっとペーターの瞳を見据えた。
彼の瞳には、剥き出しのナイフの如き殺意が宿りつつあった。エディの言葉が、何らかの形で逆鱗に触れつつあるのは明らかであった。
だが、ここで言葉を止めるわけにはいかない。そう判断したエディは、話を続けた。
「そしてここから先は、個々の怪人毎に見えるものは違ってきます。ペーター、貴方という怪人の輪郭の中には、憎悪、憤怒、絶望が混沌となって渦巻いている。より正確に言うならば、貴方は己の中にある絶望や憤怒の意味を理解することすら出来ないまま、それに突き動かされている。怒りや憎しみ、そんな負の感情の意味をするよりも早く、そういった感情が己の中に充満し、飽和してしまったことがその原因であると考えられます。そして今に至っても、自分自身の中にある負の感情の意味を理解できないままでいる。」
ペーターのエディを見る視線は、いよいよもって鋭さを増してきた。後はもう、ほんの僅かな刺激だけで爆発する。そんな印象であった。
「ここから先は、臨床的な所見になります。貴方の脳髄をMRI等で検査した結果、幾つもの後天的な障害及び脳組織の萎縮が確認できました。母親やその家族に幼少期から虐待を受け続けてきたことに起因するものであると推察されます。」
「……で?」
ペーターは、ようやく一言だけ口をきいた。今の彼には、それが精一杯の反応であった。
「脳外科の分野は専門外なので、あまり詳しいことは言えません。確実に言えることは、過去に確認されたシリアルキラーとされる人々と類似した脳障害が、貴方に確認されたということです。」
エディは、そこで一旦話を区切ると、手元の資料に目を通しながら続けた。
「貴方の犯罪歴を確認すると、女性に対する異常なまでの憎悪が見受けられます。過去の類似したシリアルキラーの例に照らし合わせ、かつ貴方の家庭環境を考えるのであれば、その憎悪の原因の一端は、まず間違いなく貴方の母親にあります。このことは、警察による尋問の際、母親の殺害に話が及んだ瞬間、貴方が自制心を失ってしまったことからも明らかです。」
次の瞬間、ペーターの拳が強化ガラスに叩きつけられる音が、面会室全体に響いた。
慌てて駆けこんできた病院職員が彼を取り押さえようとしたときにはもう、強化ガラスは散々に殴り飛ばされ、衝撃に耐えきれず引き裂かれたペーターの拳から鮮血が至る所に飛び散っていた。
職員達は、暴れまわるペーターにテイザー銃を向けた。彼は患者ではあるが、同時に終身刑に等しい扱いの凶悪犯でもある。緊急時には、犯罪者の制圧と同等の対応を取ることが許可されていた。
「止めなさい!」
突然、エディの怒号が面会室全体に響き渡った。テイザー中の引き金に指を掛けていた病院職員達だけでなく、暴れまわるペーターまでもが、唖然としてその場に立ち竦んだ。
「今、私は患者と面会中です。出て行きなさい!」
テイザー銃を構えたまま硬直していた病院職員達は、エディの怒号が自分達に向けられたものであると理解すると、困惑しながら顔を見合わせた。
「出ていけ!」
今度こそ、エディはその場の空気が張り裂けるほどの勢いで叫んだ。
職員達は全員、何が起こったのかも解らない様子で、すごすごと面会室を出て行った。
「失礼。余計な邪魔が入ってしまいましたね。」
何事も無かったかのように席に着くと、エディは先程と全く変わらない様子でペーターに話しかけた。
ペーターは、そんなエディの様子をじっと凝視していた。彼女の存在をどう理解してよいのか、彼には全く判断がつかなかった。
「感情の起伏の激しい女だな……」
柄にもない軽口を叩きながら、ペーターは、どっかりと椅子に腰を下ろした。そして、自身の鮮血が吹き散らされた強化ガラス越しに、エディを睨みつけた。それ以外、彼女にどう向かい合えばよいのか、彼には分からなかった。
「先程の話に戻ります。ペーター、貴方という怪人の中に充溢する負の感情、その一端は、母親の存在に起因することは間違いありません。ですが、それだけでは説明のつかない点もあります。」
エディは、突き刺すようなペーターの視線から、一切目を逸らすことなく話を続けた。
「貴方の中に見える混沌とした怒りや憎しみは、全く収まる気配を見せない。収まるどころではなく、その色や形すら、全く明瞭にならない。混沌の度合いが、より色濃くなっている。諸悪の根源ともいえる、母親を抹殺したにも関わらず、です。」
ペーターは、何も言わなかった。顔を強張らせながら、ただエディの話を耳に入れている。そんな様子であった。
「ここから先は、私の単なる推測になります。貴方は、母親を殺害したことで、自分自身の心に巣食う怒りや憎しみの根源が、本当は母親ではないことに気付いてしまった。厳密に言えば、母親の存在は貴方の鬱屈した怒りの原因の一つではあるが、根本的な理由ではない。そのことに、貴方は気付いたのではないですか?」
エディの口調は、面会室に現れた時と全く同じ、事務的で抑揚の無いものであった。だがそのことが逆に、ペーターの硬直した心を微かに弛緩させた。
この女は、根本的な部分で、俺の身の上や境遇には興味が無い。
ペーターは、本能的にそのことを感じ取っていた。そして、そうであるのであれば、彼自身の忌避意識や羞恥心は、あまり意味が無いようにも思えてきた。彼が何を考え、どんな人生を歩んでいたとしても、目の前の女にはまるで意味の無いことなのだ。ならば、心の裡を隠し通す必要などない。
そう考えたペーターは、ゆっくりと口を開いた。
「まず、これだけは言っておきたい。俺は、自分の感情なんかに興味は無いし、自分自身の中にある怒りとか憎しみとか、そういうものにも何の関心も無い。だから、お前が言っていることもよく分からない。」
誤魔化しのように聞こえるが、ペーターにとっては紛れも無い真実であった。より厳密に言うのであれば、彼の人生には「内省」などまるで無く、ただ自分の中にある心の衝動にのみ突き動かされて生きてきたのだ。自分自身の行動や、感情の機微を省みたことなど、ただの一度も無い。彼にとっては感情と肉体は切り離されたものではなく、感情の動きは即ち肉体の動きであった。エディの言う通り、彼は「己の中にある絶望や憤怒の意味を理解することすら出来ないまま、それに突き動かされている」のだ。
ペーターにとっては、その時々の自分の心の動きこそが人生の全てであった。だからこそ彼は、過ぎ去った時間や、自分の周囲の状況や人間関係などには、まるで無頓着であったのだ。
「成程。分かりました。貴方を見る限り、嘘ではないようです。」
そんなエディの言葉を聞いたペーターは、どこか自嘲気味に笑った。
「お前、本当に面白いな。俺の言葉をそのまま受け取る奴なんて初めてだよ。お前みたいな奴、見たことが無い。」
「お褒めの言葉と受け取っておきます。」
ペーターは、エディと会話を交わしながら考えていた。エディの言う通り、彼女も彼と同じ「怪人」という存在であるのであれば、彼女との出会いは、自分の人生を大きく変えうるものだ。事実、ペーターは今、これまでの人生において他人に抱いたことの無い感情の揺れを抱いているし、エディの言葉に自分自身の態度が変容していくことも如実に感じていた。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「なんでしょう。」
「お前の言うその怪人って奴は、俺の他にもいるのか?」
決然とした口調で、ペーターはエディに訊いた。彼女の答えが如何なるものであれ、自分の意思は変わらない、そう訴えかけているかのようでもあった。
「国や人種を問わず、何百人、何千人と存在すると考えられます。カテゴリー分けが不可能なレベルで、その特徴は千差万別ですが。それが何か?」
ペーターが何を言わんとしているか、エディは知っている。少なくともペーター自身は、彼女の瞳を見て、そう確信した。
「俺を、連れて行け。お前たちと一緒に、その怪人たちの所へ。」
ペーターの口から出てきた言葉は、彼自身にも信じられないほど滑らかで、かつ淡々としたものであった。熱情でも、懇願でもない。まるでそれが自分の運命として決定づけられているかのように、ごく自然な言葉であった。
「怪人達と出会うことによって、何を望むのですか?」
「さっきお前が言った通り、連中は千差万別なんだろう? ならその場に応じてどう対処するか考えるだけだ。」
試すような瞳でペーターを見るエディに対し、彼はさも当然のように答えた。
「それに、お前は俺を連れて行く目的で、ここに来た。違うか?」
回りくどい言い方が嫌いなペーターは、自分が先程から感じていたことを率直にぶつけた。思い違いであるならば、それでもよいとさえ思っていた。
「やはり、思っていた通りの人物でした。ペーター、貴方はまさに、私達が探していた怪人の一人です。」
どこか嬉しそうな表情で、エディが言った。ペーターが彼女の態度に感じていたことは、どうやら間違いないようであった。
「貴方の考えている通りです、ペーター。少なくとも私は、貴方という怪人を見定め、我々の仲間として連れて行くつもりで今日ここに来ました。」
エディの言葉に、ペーターはニヤリと笑った。それはひょっとすると、彼が生まれて初めて感じる「嬉しさ」の笑みかもしれなかった。
「無論、今すぐに貴方を連れて行くという訳にはいきません。貴方は事実上の、終身刑を言い渡されたも同然の身です。ここから出すには、それ相応の手続きを経る必要がありますので。」
「構わん。俺は、10年でも20年でも待つ。」
エディの返答は、あくまで現実的なものであったが、ペーターは全く動じなかった。実際に彼は、10年でも20年でも待つつもりであった。
「今日、お前に会って初めて感じた。俺と同じ人間――怪人と言えばいいのか? そいつらこそ、俺の人生を変えてくれる。俺の人生に「答え」をくれる。そう確信したんだ。」
ペーターは、じっとエディの瞳を見据えた。彼の瞳には、年相応の輝きが宿っているように、エディには思えた。
「だから、俺は待つ。どんなに時間がかかってもだ。」
エディは立ち上がると、そっと、二人を隔てる強化ガラスに手を伸ばした。
当然の如く、彼女の手はガラスに遮られ、ペーターには届かない。だがペーターは、その頬に、確かに彼女の掌の温もりを感じた様な気がした。目に見えない彼女の腕が強化ガラスを素通りし、自分の頬を優しく包んでいる。そんな気さえした。
「お前、超能力者か何かなのか?」
不思議な感覚に包まれながら、ペーターは呟くようにエディに聞いた。目の前にいる女性は、怪人などという言葉では到底足りない程、彼の常識から大きく外れた存在であるように思えた。
「私自身にも分かりません。ただ、私には普通の人には見えないものも見えるし、感じることも出来る。そして私は、自分に見えるもの、感じるものは、紛れも無い真実であると信じている。それだけです。」
ペーターは、改めてエディの瞳を見据えた。彼女の瞳には、嘘も真実も、一切読み取れない。まるで「そんなものに意味など無い」ということを、如実に物語るかのように。
「いいだろう。」
ペーターは得心したように言った。
「お前の言うことが嘘でも真実でも関係ない。俺は、お前の言葉に乗る。」
エディとペーターを隔てる壁は、既にその意味を完全に失っていた。二人の怪人が出会い、その心は今、不気味に混じり合いながら一つの方向に向けて動き出していた。常識という檻の中にその心を閉じ込めることなど、既に不可能な状況であった。
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