閉じる物語と開く物語、陸繁砂州を伝い出て、歩む少女
僕が自宅の玄関の扉を音がしないように開けると―そこに
「で?
「まあ…お父さんに思い出話を聞いたりね…長田さんと話はした?」と僕は問う。まずはそちらから聞いてしまいたかった。悪いけどミケツさんの事は後回しだ。
「ええ―まさか知り合いだった…とは思わなかったけど」と母が言う。意外な接点。
「は?」僕は困惑の返事を返す。長田さん、母と同じ業界の人だったのか?
「昔―の取引先の担当が彼だった…まさかあんな事になってるとは予想もしなかったけど」
「世の中は案外に狭い…」と思わず
「そして何が起こるかは分からない」と母は言う。抱きかかえたままのミケツさんは黙りこくってる。空気を呼んでいるらしい。しかし、母は問うのだ、
「で?そちらの『方』は?」
「ええと…
「けっけっけっ…」と息を吐くミケツさん。彼は母に
「…ミケツ
「お母さん…彼が何者なのか…分かるの?」そう問うてしまう。
「一応…私もその手の知識はある…
「おう。奥さん!!世話んなるわ!」と能天気な事を言うミケツさん。いや、聞えな―
「まあ。明日管理人に連絡致します、で?
「あ?お前の娘の身柄をウチのボスが預かっただけだ…
「ええ…何かが失せるのを感じた…でも。貴方達は
「ん?大丈夫だって…生きてる内は何もしねえ、つうかこっちで頑張ってもらう」
「そう。迷惑かけたみたいですね?」
「なんてこたあない…ま、だから俺がコイツに付きまとうのは大目に見ろ、後、美味い肉を
「取りあえず―上がっていいかな?お父さんからお土産、預かってるし」と言ってみる。玄関先で話を続けるのもなんだしさ。
「
久しぶりの我が家は予想通り―散らかっていた。僕が居ないとこの家は崩壊しかねない。
「あのさあ…いい加減にしてよ?」僕は怒ってしまう。帰って即後始末するハメになるのだから。
「別に―散らかってても死にはしないわよ?」と母は事も無げに言う。
「アホ。部屋は人の精神の写し絵、散らかってる部屋の主は仕事ができないって相場が決まってる」と僕は嫌味を
「貴女に仕事の事を
「優秀、ね…お母さんは―」僕は問う。突っ込んだ話だが、やらなくてはいけない。彼女を知るべきだ。知らぬふりをして目を
「居場所が欲しかっただけなんだろ?ただ受け入れられる場所。僕が男の子なら家を継げたけど―ゴメン。
「そうね―」素直な返事。続けて言う。
「男の子が欲しかった…その願い…いえ、ワガママで―貴女にいおりと名付けた」
「別に気にしてない。どんな願いであれ、貴女は僕に望みを託した。それは愛だ。
「私は…母親としては3流以下ね。情けない…でも、貴女は私の
「と、いう訳でスポンサーの話、受けてもらえるだろうか?ダメならお父さんに頼む」と僕は何だか小さくみえる母に尋ねる。
「これに関しては葛城を
「僕を―誰だと思っているんだい?
そうして。次の日。家事を終えた僕は長田さんに電話をかける。
「宇賀神いおり、
「うん。その感じだと―お母さんとの話は片付いたみたいだね?」
「ええ…長田さん、こういう風になるって分かってて
「まあね…連絡を取れたのは昨日だったけどさ…いやあ、まさか知り合いだと思わなんだ…」
「世間って狭いですね?」
「たまたまだよ…でもさ?いおり君何かしたでしょ?」と長田さんは問う。
「まあ、向こうで何やかんやありまして―母に大きな貸しを作ったんですよ」と僕は答える。詳しい事は、まあ、話しても無駄というか何というか。
「そうか。ま、詳しい
「これからよろしくです…とりあえずは引越の段取りですかね?」
「そうだね、
「分かりました―ああ。そうだ、1つ頼みがあるんです」と僕は足元でひっくり返るミケツさんを見ながら言う。
「なんだい?お金なら貸さないよ?」
「実は、向こうで何やかんやあって犬を拾いまして」
「ん?犬?どういう事かな?別にウチの物件はペットNGではないけどさ…連れてくるのかい?」
「ええ。彼のお世話は僕がしないといけないんです」
「ま、構わないよ。ウチの団体のマスコットにでもしようかな?」
「ありがとうございます」
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こっちに帰ってからの日々はあっという間に過ぎていく。気が付けば年が代わっていた。今までは
母は相変わらずだ。あの会話以降、カドが取れた。あの宗教にはハマっているけど、冷たさは感じられない。むしろ何だか弱った女の子みたいになってしまった。いや、別に
僕は家事をしながら―ご飯を作るようになったのは変化かな、お母さんの分も準備する。美味しいとは言わないけど残す訳でもない―明日の引越の事を考える。荷詰めは済んだ。大した荷物は持って無いけど、引っ越しは大変ではある。
初めて、
「な?俺が言った通りになったろ?」と電話
「まあ。僕が色々した結果ではあるけど」と僕は自慢げな父に言う。
「一体全体何をしたんだよ、いおり?アイツのあんな弱った感じ初めてだわ」
「ん?まあ、大した話じゃないけどね」
「ま、いっか。向こうで頑張って来いよな?」
「期待に
「はっはっは。でもな?ハードル上げると後がキツい。こういうのは
「へいへい…」と僕は電話を切る。
引越当日。ジャージ姿の柿原さんと久井さんが家にやって来た。
「はあーお前んち凄いな」と柿原さんはエントランスで言う。
「金持ちじゃのう」と久井さんは漏らす。
「ま、僕のカネじゃないから」と僕は言う。
そうして。何回かの往復で軽トラックに自分の荷物を移していく。こういう時に高層マンションは都合が悪い。
リビングに避難させていたミケツさんがチャカチャカ音を立てながらやってきて、久井さんに絡んでる。
「ハッハッハ…」尻尾フリフリである。傍から見れば微笑ましい光景だが―僕にはこう聞えていた。
「おうおう
「なんだあ?ミケツさん俺が好きなのかあ?ほれ、ウリウリ」と久井さんはミケツさんの顔を
それを見る柿原さんは、
「ええマスコットになりそうだな…」と言っている。ミケツさんも共生組合で何かしらの役を担いそうだ。
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僕が家を出る物語は、ここでお終い。でも、少しこの後の話をしたい。この物語は始まりの物語。でも人生同様、まだまだ続いていく。僕がそれを
僕はトーラスビルディング、A
朝、7時には目が覚める。寝室にはベットとデスク、ミケツさんのハウスや
「ほら、起きるよ?ミケツさん」
「ああ?もう朝かよ…こっち来てから
「
「おっ!今日の朝飯は何だ?お前がセールで買ってきたカリカリ飽きてきてんだよ…」
「ゴメンね。僕の稼ぎが少ないばっかりに」
「ま、久井のヤツの
「間食ばっかしてると太るよ?」と僕は言う。実際、毎日かなりの距離の散歩をしているに関わらず、ミケツさんは丸っこい。シュっとした柴犬も世の中に数多居るというのに。
「俺様は可愛い系を目指してんだよ。そしたらチヤホヤされるだろ?」
「神の御使いの誇りは何処にやったのさ?」と僕は嫌味を垂れておく。
「あ?プライドじゃ腹は膨れねえんだよ、
「へいへい…」
自室のリビングでミケツさんと朝ご飯。ちなみに今日のメニューはトースト。柿原さんのバイト先のパン屋さんのパン・ド・ミ―
ミケツさんはエサ皿の中のカリカリをぶつくさ言いながら
「味つけが薄いんだよなァ。このカリカリ」
「給料出たらご馳走にするからしばらく我慢してよ?」と僕は水をチャッチャと飲むミケツさんに言う。
「牛で頼むな?久井のヤツ、豚ヒレとか鶏肉はくれるが、牛はとんとない」
「
「うし!じゃ今日も頑張るかァ」
「だね」
僕は朝ご飯を食べ終わると、家事を片付けてしまう。掃除と洗濯。以前と比べたらあっと言う間に終わる。部屋も小さくなったし、自分の分しかないからさ。
着替えると、僕はミケツさんと共生組合の事務所が入った3階3号室に向かう。玄関を開けて、リビングに行けば、既に出勤して来ている長田さん。割と早くからこっちに来る。昔の習慣を捨てきれてないらしい。
「いおり君とミケツさん…おはよう。今日もいい天気だねえ…」と長田さんは
「おはようございます。長田さん。今日も早いっすね」
「んー?ま、今日の午前は
「役所って―何をしに?」僕は聞いてみる。
「ん?ほら、前に市から
「ですね…名目は社会に参加できない青年の支援ですよね?」
「そそ。でもさ。市民の
「事業計画とか提出するんですか?」
「うん。助成金の
「ああ…それは胃が痛い話ですね?」と僕は目の前の
「ま。去年の分は何とかなった。今年はいおり君とあと1人くらいはどうにかしなきゃなあ」僕という実績は今年の分として計上されるらしい。
「あと1人―寮の部屋どうするんですか?空きは僕の所だけですけど…」そして僕は女だ。同性の同居は問題ないけど、異性の同居は―まあ、マズい。柿原さんの苦々しい顔が頭に浮かぶ。
「ん?ま、
「じゃ、何とかなりそうっすね…でも。部屋
「それは僕が誘ったんだから気にしないでよ」
「ありがとうございます」
「さてと。僕はそろそろ出ようかな」
「行ってらっしゃいませ」と僕は送り出す。
「いおり君は、今日アレかい?清掃のバイトかい?」
「いや―今日、別のアルバイトの面接に行こうと思いまして」
「ほう。ま、彼の餌代とかあるだろうからねえ」とリビングで
「なんですよ…ミケツさんグルメだから」
「ね。前、
「うわ。ごめんなさい」
「いや。ま、いいって」と長田さんは玄関に向かっていく。扉が閉まるのを確認してから、ミケツさんに文句を言っておく。
「あのさあ…失礼な事しないでよね?」
「長田さァ…昼飯のフライドチキンの骨寄越したんだぜ?そらあんな態度になるって」とミケツさんは悪びれもなく、けっけっと言う。
「ったく」なんて言う僕。そこに安藤さんが出勤してくる。彼女は共生組合で事務をメインに仕事している。後は事務所のお留守番役でもあり、日中、僕がいない時にミケツさんを見てもらってる。安藤さんは犬が好きらしい。
「おはよ…」と低血圧気味の安藤さんが言う。最初、朝は機嫌が悪いのかと思ったけど、体質の問題らしい。
「おはようです。安藤さん」
「ミケツさんもグッモーニン」と言いながらミケツさんを撫でまわす彼女。ミケツさんは安藤さんに懐いている。どことなくウカノカミ様に似ているせいだろうか?それともただの女好き?
「
「今日もぷりちーだねえ…ミケツさん」
「甘やかさないでくださいね?」と僕はミケツさんに釘を打っておく。
「大丈夫…
ミケツさんを安藤さんに任せると、僕は通い慣れ始めたショッピングモールに向かう。と、言うのはそこでアルバイトの面接があるから。それは久井さんの紹介でもある。
「なんかさ、スーパーの鮮魚部門で朝のヘルプ欲しいらしいぞ?品出しとか盛付の。まあ俗に言う3K仕事だが…どうだ?」との事。まあ、食品を
そうして。僕はスーパーのバックヤードの休憩室で面接を受ける。
「初めまして。食品部門の責任者の
「今日はよろしくお願い
「ま、僕には気遣い無用。ささ、座って」と椅子を勧められる。僕は一礼してそこに座り、次の言葉を待つ。
「久井君の紹介だよね。って事は共生組合だ」
「良くご存じですね?」と僕は言う。
「ま、前にも
「…何というか済みません」と僕は謝る。少し雲ゆきが怪しい。
「もうあそこから人紹介してもらうのは止めようかと思ったんだけど、久井君がめちゃめちゃ
「今日はお忙しい中、ご機会を
「いーえ。じゃ、話を
「ええ。朝のヘルプが欲しいと
「そ。魚を
「ええと。思うに―そう言った仕事をこなす人がいて初めて便利の良い食品が買えるようになると思います。それを仕事にする事に抵抗はありません。普段、料理もするし」
「おお。なら助かるわ。もし、長く続いたら刺身の
「ほう…楽しみです」新鮮な魚を扱えるのは楽しそうだ。
「じゃ。もうほぼほぼお願いするつもりだけど―最後に聞いとこうかな?」とおじさんは言う。さて、何を聞かれるのだろう?
「ええ。どうぞ」
「一応、今回の仕事はさ、バックでの仕事が中心だけど、売場に出ることもある訳で」とおじさん。
「ええ。そしたらお客様がいらっしゃる」
「そ。論点は…君もあそこの子なら、引きこもり経験がある訳だ」
「まあ、そこまでハードなヤツじゃないですが一応。高校も中退してますし」
「人と関わるの怖くないかい?」とおじさん。ここは別に大丈夫です、と答えるのがセオリーなんだろうけど…
「怖かった…です。以前は」
「ん。今は?」
「今も怖いです。相変わらず」と僕は素直に零す。
「正直だなあ」と呆れ声のおじさんは言う。でも間違ってはいない。嘘で
「でも。分かろうとする努力はしています。理解しえない事もある『他者』だけど、自分から閉ざして拒否するのは止めにしました。上手くいっているかは分かりません。もしかしたらご迷惑をかけるかも知れません。だけど、一応やってはいます。色々と」そう。僕は一方的に世界を
「うん。君が言いたい事を私が理解できたかはさておき。伝えようとする努力は受け取った…これから頼むよ、宇賀神いおりくん?」
「ありがとうございます!!」
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僕は孤島で暮らしていた。ただ、1人で。
僕は『他人』を勝手に見限り、
僕の孤島は
ある日の事。
僕は祈った。神へ、『他者』へ。そしてその祈りは聞き届けられ、今までの出来事に繋がっていった。
人生は取り返しがつかない。皆、そういう。そして僕もそう信じる。
時は人を待たず川のように流れていく、全てを押し流しながら。
でも。案外その流れは
だがしかし。その長さ故に、やれる事は沢山ある。それが過去の
うまくいく事なんて数えるぐらいしかないけれど。何とかなってる日々は案外楽しい。人生のコツは焦らない事なのかも知れない…
―なんて。考えながらあの国営公園を歩く僕。隣にはミケツさん。面接を終えた僕は彼の散歩に来ている。
「ふぃー海風が
「ねえ。安藤さんになんかされたの?」と僕は尋ねる。面接の後に昼飯がてら事務所に行ったら
「あ?安藤サマには…
「あそう?ま、こっちにいる間は大人しくしてよね?」
「
「ドッグランねえ…有料だからなあ」と僕は言う。財布の中身は寂しい。
「ま、普通の散歩でもいいですけどねェ…」とミケツさんは寂しそうに言う。気分転換にコース変えようかな?
まあ。そんな訳で普段入らない辺りに行くと、そこには梅の花が咲いていて。ああ。季節は春になろうとしてるんだ、と僕は思う。その内花見シーズンになる。そしたら共生組合で花見にかこつけた大宴会が
「梅かァ…もう春んなるな?いおっちゃん?」とミケツさんは言う。
「だねえ。時はあっちゅう間に過ぎてくもんだ」と僕はやや年寄り臭い発言をする。
「お前さん、最近だけでも大分変ったな」とミケツさんは言う。
「そう?」
「おう。人当たりが良くなったんかな…ま、もっと面白くなれよ?お前が
「期待に沿えるかはさておき。ま、色々やんなきゃならんかな…
「あ?お前、上の学校行く気になったんか?」
「んんー?ま、可能性は
「道理だ」そう、2年の間に何かしらの進路を決めなくては。僕の歩みは続く。あの小さな孤島をトンボロの道を
「てめー俺の事馬鹿にしたか?」と妙に勘の良い彼は言う。
「別に…さ、行こうよ!」
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