閉じる物語と開く物語、陸繁砂州を伝い出て、歩む少女

 僕が自宅の玄関の扉を音がしないように開けると―そこに仁王におう立ちの、母が居た。予想外の展開。抱きかかえたミケツさん…本当はこっそり行きたかったんだけど。

「で?貴女あなたは一体―向こうで何をしてきたの?」母は困惑の混じる表情で言う。

「まあ…お父さんに思い出話を聞いたりね…長田さんと話はした?」と僕は問う。まずはそちらから聞いてしまいたかった。悪いけどミケツさんの事は後回しだ。

「ええ―まさか知り合いだった…とは思わなかったけど」と母が言う。意外な接点。

「は?」僕は困惑の返事を返す。長田さん、母と同じ業界の人だったのか?

「昔―の取引先の担当が彼だった…まさかあんな事になってるとは予想もしなかったけど」

「世の中は案外に狭い…」と思わずこぼしてしまう。

「そして何が起こるかは分からない」と母は言う。抱きかかえたままのミケツさんは黙りこくってる。空気を呼んでいるらしい。しかし、母は問うのだ、

「で?そちらの『方』は?」

「ええと…伏見稲荷ふしみいなりで知り合って連れてきちゃったミケツさん」と僕は紹介をする。

「けっけっけっ…」と息を吐くミケツさん。彼は母に見据みすえられ、やや緊張している。しかし、『方』?『犬』じゃなくて?

「…ミケツすなわち―『三狐みけつ』。そう…貴女…踏み越えてしまったのね」と母は心配そうに言う。こんな顔を見たのは初めてというか―

「お母さん…彼が何者なのか…分かるの?」そう問うてしまう。

「一応…私もその手の知識はある…随分ずいぶん前に捨ててしまったけど」

「おう。奥さん!!世話んなるわ!」と能天気な事を言うミケツさん。いや、聞えな―

「まあ。明日管理人に連絡致します、で?三狐みけつ様…ウチの子は…貴方あなた達に何を差し出したのですか?」

「あ?お前の娘の身柄をウチのボスが預かっただけだ…まじないは失せたろ?」とミケツさんは言う。

「ええ…何かが失せるのを感じた…でも。貴方達は慈善じぜんをするような優しいモノでも無い、彼女から何を奪うの?」

「ん?大丈夫だって…生きてる内は何もしねえ、つうかこっちで頑張ってもらう」

「そう。迷惑かけたみたいですね?」

「なんてこたあない…ま、だから俺がコイツに付きまとうのは大目に見ろ、後、美味い肉を寄越よこせ、それで良い」僕を無視して話は進んでいく。

「取りあえず―上がっていいかな?お父さんからお土産、預かってるし」と言ってみる。玄関先で話を続けるのもなんだしさ。

葛城かつらぎが私に土産?まあ、いいわ。入りなさい」


 久しぶりの我が家は予想通り―散らかっていた。僕が居ないとこの家は崩壊しかねない。

「あのさあ…いい加減にしてよ?」僕は怒ってしまう。帰って即後始末するハメになるのだから。

「別に―散らかってても死にはしないわよ?」と母は事も無げに言う。

「アホ。部屋は人の精神の写し絵、散らかってる部屋の主は仕事ができないって相場が決まってる」と僕は嫌味をれる。

「貴女に仕事の事を云々うんぬんされたくないわね。私は優秀なの」と強がる彼女。

「優秀、ね…お母さんは―」僕は問う。突っ込んだ話だが、やらなくてはいけない。彼女を知るべきだ。知らぬふりをして目をらすのは容易い事だけど。苦手な人間にも向き合い、知る必要がある。相容あいれぬかも知れないけど、知る努力をてるのは停滞ていたいであり、甘えだ。以前の僕なら逃げただろうけど、今は、逃げない。彼女を見据える。

「居場所が欲しかっただけなんだろ?ただ受け入れられる場所。僕が男の子なら家を継げたけど―ゴメン。生憎あいにく男のような女でしかない」

「そうね―」素直な返事。続けて言う。

「男の子が欲しかった…その願い…いえ、ワガママで―貴女にいおりと名付けた」

「別に気にしてない。どんな願いであれ、貴女は僕に望みを託した。それは愛だ。ゆがんではいたけど。僕にはある種ののろいに思えたけど」

「私は…母親としては3流以下ね。情けない…でも、貴女は私のとがあがなった…大きな借りが出来た」

「と、いう訳でスポンサーの話、受けてもらえるだろうか?ダメならお父さんに頼む」と僕は何だか小さくみえる母に尋ねる。

「これに関しては葛城をわずらわせない。私が責任を持つ。でも。葛城があなたに課そうとしていた条件を流用させてもらう。2年でケリをつけなさい。出来るかしら?」と母はこたえる。

「僕を―誰だと思っているんだい?葛城歳文かつらぎとしふみ宇賀神うがじんはるかの娘の宇賀神いおりだぜ?何とかしてくるさ…さ、お土産、食べようよ」



 そうして。次の日。家事を終えた僕は長田さんに電話をかける。

「宇賀神いおり、昨日さくじつ戻りました…母の件、お手を煩わせました」

「うん。その感じだと―お母さんとの話は片付いたみたいだね?」

「ええ…長田さん、こういう風になるって分かっててえて連絡しませんでしたね?今まで?」

「まあね…連絡を取れたのは昨日だったけどさ…いやあ、まさか知り合いだと思わなんだ…」

「世間って狭いですね?」

「たまたまだよ…でもさ?いおり君何かしたでしょ?」と長田さんは問う。

「まあ、向こうで何やかんやありまして―母に大きな貸しを作ったんですよ」と僕は答える。詳しい事は、まあ、話しても無駄というか何というか。

「そうか。ま、詳しい段取だんどりはまた決めよう…共生組合きょうせいくみあいにようこそ、いおり君」

「これからよろしくです…とりあえずは引越の段取りですかね?」

「そうだね、柿原かきはらくんにトラック回してもらうから―荷詰にづめ始めといて」

「分かりました―ああ。そうだ、1つ頼みがあるんです」と僕は足元でひっくり返るミケツさんを見ながら言う。

「なんだい?お金なら貸さないよ?」

「実は、向こうで何やかんやあって犬を拾いまして」

「ん?犬?どういう事かな?別にウチの物件はペットNGではないけどさ…連れてくるのかい?」 

「ええ。彼のお世話は僕がしないといけないんです」

「ま、構わないよ。ウチの団体のマスコットにでもしようかな?」

「ありがとうございます」


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 こっちに帰ってからの日々はあっという間に過ぎていく。気が付けば年が代わっていた。今までは漫然まんぜんと日々を過ごしていたけど、今はとりあえずの次が決まった。

 母は相変わらずだ。あの会話以降、カドが取れた。あの宗教にはハマっているけど、冷たさは感じられない。むしろ何だか弱った女の子みたいになってしまった。いや、別に殊勝しゅしょうな態度になった訳でも無いけど。相変わらず、朝早くから仕事に行き、深夜に帰ってくる。

 僕は家事をしながら―ご飯を作るようになったのは変化かな、お母さんの分も準備する。美味しいとは言わないけど残す訳でもない―明日の引越の事を考える。荷詰めは済んだ。大した荷物は持って無いけど、引っ越しは大変ではある。

 初めて、親元おやもとを離れる。心配がない訳ではない。特にこの家の家事の事は。まあ、新しくヘルパーさんが来るらしいからどうとでもなるんだろうけど。


「な?俺が言った通りになったろ?」と電話ぐちの父は言う。

「まあ。僕が色々した結果ではあるけど」と僕は自慢げな父に言う。

「一体全体何をしたんだよ、いおり?アイツのあんな弱った感じ初めてだわ」

「ん?まあ、大した話じゃないけどね」

「ま、いっか。向こうで頑張って来いよな?」

「期待にえるよう善処するさ。ま、アンタと母さんの娘だから上手い事する」

「はっはっは。でもな?ハードル上げると後がキツい。こういうのは謙遜けんそんまじえて低めに言っとくのが吉だ」まったく。そういう知恵ばかり良く回る人だ。

「へいへい…」と僕は電話を切る。


 引越当日。ジャージ姿の柿原さんと久井さんが家にやって来た。

「はあーお前んち凄いな」と柿原さんはエントランスで言う。

「金持ちじゃのう」と久井さんは漏らす。

「ま、僕のカネじゃないから」と僕は言う。


 そうして。何回かの往復で軽トラックに自分の荷物を移していく。こういう時に高層マンションは都合が悪い。能率のうりつは最悪一歩手前。何時間かかけて部屋を空にしてしまう。

 リビングに避難させていたミケツさんがチャカチャカ音を立てながらやってきて、久井さんに絡んでる。

「ハッハッハ…」尻尾フリフリである。傍から見れば微笑ましい光景だが―僕にはこう聞えていた。

「おうおうにぃちゃん…ええ匂いするやんけ!!和牛わぎゅうこうたまらへんで!!肉ちょーだいな!!」

「なんだあ?ミケツさん俺が好きなのかあ?ほれ、ウリウリ」と久井さんはミケツさんの顔をでましている。彼の言葉が耳に入ったらどう思うだろう。

 それを見る柿原さんは、

「ええマスコットになりそうだな…」と言っている。ミケツさんも共生組合で何かしらの役を担いそうだ。


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 僕が家を出る物語は、ここでお終い。でも、少しこの後の話をしたい。この物語は始まりの物語。でも人生同様、まだまだ続いていく。僕がそれをつむいでいく。


 僕はトーラスビルディング、Aとう―共生組合の部屋は此処に集中している―の2階の6号室、2LDKの部屋で初めての1人暮らしを始めた。まあ、ミケツさんも居るんだけどさ。

 朝、7時には目が覚める。寝室にはベットとデスク、ミケツさんのハウスや諸々もろもろが転がっている。スマホの目覚ましを切ると、犬ベットで丸まっているミケツさんを叩き起こす。

「ほら、起きるよ?ミケツさん」

「ああ?もう朝かよ…こっち来てから大分だいぶ経つが、まあ慣れんな。疲れるってのは」

ジジ臭い…朝ご飯食べたら目、覚めるでしょ」

「おっ!今日の朝飯は何だ?お前がセールで買ってきたカリカリ飽きてきてんだよ…」

「ゴメンね。僕の稼ぎが少ないばっかりに」

「ま、久井のヤツの土産とりのササミや、長田や安藤あんどうのオヤツもある。気にすんな」

「間食ばっかしてると太るよ?」と僕は言う。実際、毎日かなりの距離の散歩をしているに関わらず、ミケツさんは丸っこい。シュっとした柴犬も世の中に数多居るというのに。

「俺様は可愛い系を目指してんだよ。そしたらチヤホヤされるだろ?」

「神の御使いの誇りは何処にやったのさ?」と僕は嫌味を垂れておく。

「あ?プライドじゃ腹は膨れねえんだよ、小娘こむすめ。人ならざる者も大変なんだ、よーく覚えておけ」

「へいへい…」


 自室のリビングでミケツさんと朝ご飯。ちなみに今日のメニューはトースト。柿原さんのバイト先のパン屋さんのパン・ド・ミ―すなわちフランス風の食パン―。日本のメジャーな食パンと比べるとフランスパンよろしくクリスピーで小麦の旨味が強い。コイツと無糖のカフェオレはよく合う。

 ミケツさんはエサ皿の中のカリカリをぶつくさ言いながらかじってる。

「味つけが薄いんだよなァ。このカリカリ」

「給料出たらご馳走にするからしばらく我慢してよ?」と僕は水をチャッチャと飲むミケツさんに言う。

「牛で頼むな?久井のヤツ、豚ヒレとか鶏肉はくれるが、牛はとんとない」

小間切こまぎれで良いなら良いよ」

「うし!じゃ今日も頑張るかァ」

「だね」


 僕は朝ご飯を食べ終わると、家事を片付けてしまう。掃除と洗濯。以前と比べたらあっと言う間に終わる。部屋も小さくなったし、自分の分しかないからさ。

 着替えると、僕はミケツさんと共生組合の事務所が入った3階3号室に向かう。玄関を開けて、リビングに行けば、既に出勤して来ている長田さん。割と早くからこっちに来る。昔の習慣を捨てきれてないらしい。

「いおり君とミケツさん…おはよう。今日もいい天気だねえ…」と長田さんは湯呑ゆのみに入った緑茶をすすりながら言う。

「おはようございます。長田さん。今日も早いっすね」

「んー?ま、今日の午前は訪問活動ほうもんかつどう入っているからねえ。午後は役所に行かんといけんし」訪問活動、それは引きこもりの人が居る家に長田さんが訪問することを指す。この活動が他の活動に繋がっていくのだが、まあ、一筋縄ではいかない。長田さんは毎回色んな目にってる。引きこもり本人に攻撃―生卵の投擲とうてき―をされたりもするらしい。腹が立たないのだろうか?しかし…役所?何をしに行くのだろう?家庭の何かかな?

「役所って―何をしに?」僕は聞いてみる。

「ん?ほら、前に市から助成金じょせいきん貰ってるって言ったよね?」と長田さんは頭をかきながら言う。

「ですね…名目は社会に参加できない青年の支援ですよね?」

「そそ。でもさ。市民の血税けつぜいつかわせてもらってるからさ。色々書類とかあるのよ」

「事業計画とか提出するんですか?」

「うん。助成金の使途しとは明確にしなきゃいけないし。後はアレかな、結果もね、報告しなきゃいけない。結果があんまりだと―助成金は引き上げられるし」

「ああ…それは胃が痛い話ですね?」と僕は目の前のくまさん風の彼を慰める。

「ま。去年の分は何とかなった。今年はいおり君とあと1人くらいはどうにかしなきゃなあ」僕という実績は今年の分として計上されるらしい。

「あと1人―寮の部屋どうするんですか?空きは僕の所だけですけど…」そして僕は女だ。同性の同居は問題ないけど、異性の同居は―まあ、マズい。柿原さんの苦々しい顔が頭に浮かぶ。

「ん?ま、安河内やすこうちさんにもう一つ部屋もらえば良いよ。どーにかなるって」と長田さんは言う。安河内さんはこのトーラスビルディングのオーナーさんで共生組合のスポンサーでもある大地主さんだ。この前初めて会った。共有部の清掃の仕事の時に。見た目は―頭が神々こうごうしい。光ってる。そして髭に眼鏡の豪快ごうかいなおじ様だ。性格は竹を割ったかのような感じ。息子さんの冷静沈着っぷりとのコントラストがキツい。

「じゃ、何とかなりそうっすね…でも。部屋専有せんゆうしてて済みません」と僕は謝る。贅沢ぜいたくな部屋の使い方してるからな、僕。

「それは僕が誘ったんだから気にしないでよ」

「ありがとうございます」

「さてと。僕はそろそろ出ようかな」

「行ってらっしゃいませ」と僕は送り出す。

「いおり君は、今日アレかい?清掃のバイトかい?」

「いや―今日、別のアルバイトの面接に行こうと思いまして」

「ほう。ま、彼の餌代とかあるだろうからねえ」とリビングでくつろぐミケツさんを見やりながら長田さんは言う。

「なんですよ…ミケツさんグルメだから」

「ね。前、とりの骨あげたら嫌な顔されたよ」と長田さんは苦笑いしながら言う。

「うわ。ごめんなさい」

「いや。ま、いいって」と長田さんは玄関に向かっていく。扉が閉まるのを確認してから、ミケツさんに文句を言っておく。

「あのさあ…失礼な事しないでよね?」

「長田さァ…昼飯のフライドチキンの骨寄越したんだぜ?そらあんな態度になるって」とミケツさんは悪びれもなく、けっけっと言う。

「ったく」なんて言う僕。そこに安藤さんが出勤してくる。彼女は共生組合で事務をメインに仕事している。後は事務所のお留守番役でもあり、日中、僕がいない時にミケツさんを見てもらってる。安藤さんは犬が好きらしい。

「おはよ…」と低血圧気味の安藤さんが言う。最初、朝は機嫌が悪いのかと思ったけど、体質の問題らしい。

「おはようです。安藤さん」

「ミケツさんもグッモーニン」と言いながらミケツさんを撫でまわす彼女。ミケツさんは安藤さんに懐いている。どことなくウカノカミ様に似ているせいだろうか?それともただの女好き?

あんちゅわ~ん。オヤツくれーや!!朝飯がやすカリカリで腹減ってんだよう」と甘ったれた声を出すミケツさん。それは普通の人には鼻を鳴らす音として聞こえている。

「今日もぷりちーだねえ…ミケツさん」

「甘やかさないでくださいね?」と僕はミケツさんに釘を打っておく。

「大丈夫…駄犬だけんのしつけ…得意なの」と安藤さんは言う。ヘラヘラしているミケツさんの未来は危うい。ま、僕の知った事っちゃない。


 ミケツさんを安藤さんに任せると、僕は通い慣れ始めたショッピングモールに向かう。と、言うのはそこでアルバイトの面接があるから。それは久井さんの紹介でもある。

「なんかさ、スーパーの鮮魚部門で朝のヘルプ欲しいらしいぞ?品出しとか盛付の。まあ俗に言う3K仕事だが…どうだ?」との事。まあ、食品をいじる仕事なのでキツいとは思うけど、近くに久井さんが居るのは心強い。


 そうして。僕はスーパーのバックヤードの休憩室で面接を受ける。

「初めまして。食品部門の責任者の安田やすだです」と目の前のおじさん。

「今日はよろしくお願いいたします」と僕は目の前のおじさんに向かって礼をする。

「ま、僕には気遣い無用。ささ、座って」と椅子を勧められる。僕は一礼してそこに座り、次の言葉を待つ。

「久井君の紹介だよね。って事は共生組合だ」

「良くご存じですね?」と僕は言う。

「ま、前にも幾人いくにんか紹介貰ってね…さっさと辞めちまったけど」とおじさんは笑顔で言う。

「…何というか済みません」と僕は謝る。少し雲ゆきが怪しい。

「もうあそこから人紹介してもらうのは止めようかと思ったんだけど、久井君がめちゃめちゃしてきたからさ、今回の席をもうけさせてもらいました」後で久井さんにお礼をしとこう。

「今日はお忙しい中、ご機会をいただきありがとうございます」

「いーえ。じゃ、話をめよう。仕事の内容はざっと彼から聞いているね?」

「ええ。朝のヘルプが欲しいとうかがってます」

「そ。魚をさばくのは社員の仕事だけど、それを盛付けて売場に出してもらう事になるかな。君、汚れるのはオーケー?サバとかブリとかは結構血が出てるし寄生虫なんかもいる。要するに3Kの内の汚い、だね。僕が言うのも何だけど」とおじさんは言う。この人は案外正直な人らしい。これからの事をキチンと僕に伝えようとしている。中には誤魔化ごまかして雇う人もいるだろうに。

「ええと。思うに―そう言った仕事をこなす人がいて初めて便利の良い食品が買えるようになると思います。それを仕事にする事に抵抗はありません。普段、料理もするし」

「おお。なら助かるわ。もし、長く続いたら刺身のサクを切りそろえるくらいは任すかも」

「ほう…楽しみです」新鮮な魚を扱えるのは楽しそうだ。

「じゃ。もうほぼほぼお願いするつもりだけど―最後に聞いとこうかな?」とおじさんは言う。さて、何を聞かれるのだろう?

「ええ。どうぞ」

「一応、今回の仕事はさ、バックでの仕事が中心だけど、売場に出ることもある訳で」とおじさん。

「ええ。そしたらお客様がいらっしゃる」

「そ。論点は…君もあそこの子なら、引きこもり経験がある訳だ」

「まあ、そこまでハードなヤツじゃないですが一応。高校も中退してますし」

「人と関わるの怖くないかい?」とおじさん。ここは別に大丈夫です、と答えるのがセオリーなんだろうけど…

「怖かった…です。以前は」

「ん。今は?」

「今も怖いです。相変わらず」と僕は素直に零す。

「正直だなあ」と呆れ声のおじさんは言う。でも間違ってはいない。嘘で誤魔化ごまかすのは後からが辛い。メッキはげるモノなのだ。

「でも。分かろうとする努力はしています。理解しえない事もある『他者』だけど、自分から閉ざして拒否するのは止めにしました。上手くいっているかは分かりません。もしかしたらご迷惑をかけるかも知れません。だけど、一応やってはいます。色々と」そう。僕は一方的に世界を垣間かいま見る事は止めた。少なくとも『他者』の言葉を聞くように、そしてできれば理解できるように、努めてはいる。

「うん。君が言いたい事を私が理解できたかはさておき。伝えようとする努力は受け取った…これから頼むよ、宇賀神いおりくん?」

「ありがとうございます!!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 僕は孤島で暮らしていた。ただ、1人で。

 僕は『他人』を勝手に見限り、こもっていた。でも、本当は人恋しかったのだろう。

 僕の孤島は陸繁砂州トンボロで、細く陸地に繋がっていた。でも僕は道を見失ったフリをした。自分を騙した。

 ある日の事。

 僕は祈った。神へ、『他者』へ。そしてその祈りは聞き届けられ、今までの出来事に繋がっていった。


 人生は取り返しがつかない。皆、そういう。そして僕もそう信じる。

 時は人を待たず川のように流れていく、全てを押し流しながら。

 でも。案外その流れはながい。延々えんえんと続く。たまにウンザリするくらいに。

 だがしかし。その長さ故に、やれる事は沢山ある。それが過去のあやまちを違った形でめることがある。それじゃダメかも知れないけど、『代わり』には案外なるような。


 うまくいく事なんて数えるぐらいしかないけれど。何とかなってる日々は案外楽しい。人生のコツは焦らない事なのかも知れない…


―なんて。考えながらあの国営公園を歩く僕。隣にはミケツさん。面接を終えた僕は彼の散歩に来ている。

「ふぃー海風がかおる良い日だなァ」とミケツさんはハッハッと息をしながら言う。

「ねえ。安藤さんになんかされたの?」と僕は尋ねる。面接の後に昼飯がてら事務所に行ったらへこんだ顔のミケツさんが居たからだ。

「あ?安藤サマには…シツケをちぃとな。して頂きまして…」というミケツさんの尻尾は股の間に潜り込んでいる。よっぽど厳しい何かしらをされたらしい。同情はしないけど。

「あそう?ま、こっちにいる間は大人しくしてよね?」

善処ぜんしょしまひゅ…なあ、凹んだ俺を慰めるためにドッグランに連れて行ってくれても良いんだぞ?」とミケツさんは言う。そう、この国営公園にはドッグランがあるのだ。福岡の愛犬家はそこに集う。

「ドッグランねえ…有料だからなあ」と僕は言う。財布の中身は寂しい。

「ま、普通の散歩でもいいですけどねェ…」とミケツさんは寂しそうに言う。気分転換にコース変えようかな?


 まあ。そんな訳で普段入らない辺りに行くと、そこには梅の花が咲いていて。ああ。季節は春になろうとしてるんだ、と僕は思う。その内花見シーズンになる。そしたら共生組合で花見にかこつけた大宴会がもよおされる。

「梅かァ…もう春んなるな?いおっちゃん?」とミケツさんは言う。

「だねえ。時はあっちゅう間に過ぎてくもんだ」と僕はやや年寄り臭い発言をする。

「お前さん、最近だけでも大分変ったな」とミケツさんは言う。

「そう?」

「おう。人当たりが良くなったんかな…ま、もっと面白くなれよ?お前がまらんヤツになったら俺がどやされる…あね様に」

「期待に沿えるかはさておき。ま、色々やんなきゃならんかな…高認こうにんとか」

「あ?お前、上の学校行く気になったんか?」

「んんー?ま、可能性は追及ついきゅうすべきだからさ。潰しが効くように」

「道理だ」そう、2年の間に何かしらの進路を決めなくては。僕の歩みは続く。あの小さな孤島をトンボロの道をつたって出てきた僕の人生はながく、ながい。先はよく分からず、不安だけど、テイク・イット・イージー、気楽に行こう。目の前の柴犬的生物を見習って。

「てめー俺の事馬鹿にしたか?」と妙に勘の良い彼は言う。

「別に…さ、行こうよ!」


























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