「出れない大人(こども)と僕(わたし)」
小田舵木
「僕(わたし)の始まりの物語」
孤独な僕(わたし)の一日。陸繁砂州(りくはんさす)の向こう、出会い
「あの子は独り、
僕をそう形容したのは母だったらしい。それを何故伝え聞くのかと問われれば、同居はしていても、ほとんど顔を合わすことが無かったからだ。
当時は18歳で、普通なら学校に通っているはずだけど、1年前にちょっとした理由で行かなくなっていて。そんな僕を母は
それはそうだろう。用意している順当なルートを踏み外そうとしているのだ。面白い訳がない。
それに。学校の事以外でも、僕と母の間には深い溝があった。母はある教え、宗教に心を打たれていて。その教えを小馬鹿にする僕に
これに関しては譲る気はない。だってさ、今、自分が生きている世界は偽物の神が作り上げたモノであり、死によって本来の世界に立ち戻れる、とかそんな
今挙げた2つの理由で、僕と母は家庭内別居のような状態にあるのだった。
父はあの教えにハマりこんでいく母から逃げた。とっとと他の女性に
夫から逃げられた母は、さっきの
さて。その当時の僕はと言えば、半ば高校を中退したような状態で。仕事に出かけていく母をやり過ごしてから、孤島と言う名の部屋からノソノソ出てきて、朝ご飯を食べ、身支度を整えて、適当に近所を散歩するのが日課だった。学校に行っちゃいないけど、完全に引きこもるのは暇すぎて耐えられない人間だったのだ。
かと言って。僕が住んでる辺りはそこまで都会ではない。九州の北端の政令指定都市の東区の
電車に乗れば、2駅もしないで、繁華街には行ける。だけど、昼間に
繁華街の方には足を向けなかったけど、逆方向、湾岸沿いの国営公園方向にはよく行く。大体10キロ位は離れているけれど、10代後半なんて体力があり余っているのだ。自転車を走らせればすぐに着く。
そこで海を眺めながら歩く。日本海に面したその公園は少し海風が冷たい。でも、息が詰まるような毎日の中で、落ち着ける場所の1つだった。
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あの日。僕はいつも通り海を眺めていた。日本海の
確か冬に入った頃で、空も水面と同じ彩度の低い水色で。そんな海と空を見ていたらかなり気が滅入ってしまったんだったかな?
だから、気分転換に国営公園の先の小島まで行く事にしたんだと思う。その小島は陸とか細い道で繋がっている。所謂トンボロ(
国営公園を走り抜けると、それまでのリゾートエリア感は無くなっていく。そこからは、今目指している小島の神社に連なる地域で、昔は栄えていたみたいだけど、現代の今は田舎だ。ロードサイドのツマらない風景が続く。それを我慢し終わると、トンボロ部分、といっても
海と海に挟まれた道。冬場は海風が体に沁みる。どちらの側の海も灰色がかった水面が荒れ狂っている。有名な映画会社のアバンタイトルの映像に似てない事もない。
そこには砂浜が広がっていて。海釣りを楽しんでるオジさんがぽつぽつ居る。平日のデータイムだと言うのに。まあ、平日5日仕事じゃない人もいるわけだし、自分なんかは学校をサボっているのだし、あまり偉そうな事は言っちゃいけない。
トンボロの道を渡り切ると、そこは
ただ、この島は金印だけが歴史的価値を持つ訳じゃない事を言っておく。海上交通の要衝だったこの島は、海上をメインフィールドに古代に活躍した
僕はその神社にお参りする事にした。なんでかって?あの意味不明な思想に
トンボロの道を進んだ先には、鳥居があって、そこから参道が続いている。ただ、そこは有名どころのお伊勢さんの参道ほど栄えていない。お
そんな参道が途切れる。目の前にはさっきの鳥居を少し小さくしたモノと、本殿に続く階段。そして、後、見慣れない箱が置いてあった。はて?なんだろうと思って見てみるとそこには砂がたっぷりと入っていて、清めの砂、と記されていた。どうやらコイツで体を清めてから本殿に向かうのがしきたりらしい。この神社の神は
穢れ。
果たして僕は穢れているのだろうか?分からない。子どもはイノセント、なんて甘っちょろい話は信じていないけど、少なくともプレーンではあるつもりではいる。
そう、何者でもない。
アイデンティティの形成期に人の輪から外れた僕は、何者でもない。それを甘えと呼ぶ人も居る。
だけど、どうすれば良かったというのか?幼いころから親の転勤に付きあわされてきた。大体2年周期で住むところが変わった。だから引越の度に人間関係をリセットしてきた。そんな事を繰り返していると、仲間はずれにされる確率は上がっていく。中学3年までは上手くやって来たけど、親の離婚でやって来た福岡でとうとう失敗した。あまり悪く言うのも良くないけど、ここら辺の人間は地元志向が強い。言葉の
今、思えば
ああ。嫌な事を思い出してしまった。
少人数のちょっとした嫌がらせが始まり、それが大きな流れに変わった。まあ、スクールカースト上位の主流グループに目をつけられた、ってのもあるかも知れない。
そんなこんなで疲れはてた僕はとうとう17歳の春に学校をサボりだした。今は向こうのお情けで籍だけ残してもらっているけど、退学届を出すのは遠い日じゃない、と思う。
階段を昇り切り、門をくぐる。
こじんまりとした本殿。そこには海の神様が居る。
海の神様は僕のつまらない話を聞いてくれるだろうか?少し不安だ。
海。
生命を
僕は作法に
どうか、僕の人生を明るいものにしてください、と。
どうか、今から歩んでいく道が豊かなものになりますように、と。
どうか、道を一緒に歩く友と出会えますように、と。
最後に、どうか、母がマトモになりますように、と。
なけなしの100円と10円と5円の賽銭にしては望みが多すぎるのだろうか?ただまあ、悩める
祈りを終えると、おみくじを引いて―吉だった―、神社を後にする。
さあ、家に帰ろう。
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神様はどうにも
それは神社を後にし、家に帰る為に海辺の道を自転車で飛ばしている時の事だった。
この時期の海は釣り人はいれど、普通の人はあまり近寄らない。そのお兄さんは
ここまでくると、おセンチに
さすがにこれを止めないのはマズい。周りには誰も居ないから、止められるのは僕位のものだ。仕方ない。面倒くさいけど、声をかけに行かなくちゃ、そう思った僕は、路肩に自転車を止め、砂浜に降りていく。
白い砂はアスファルトと比べると、随分歩き辛い。オシャレな靴じゃなくてスポーティな靴を履いていて良かった。何とか足を取られず歩ける。
沈む両脚。海に進んでいくお兄さん。今思えば、声を張り上げるべきだったんだろうけど、僕はお兄さんに追い付くことに夢中だった。
靴のつま先に粘ついた海水がぶつかる。ヒンヤリとしたそれは、人の命を奪うのには十分だった。足がびちょ
足がまるまる浸かった僕は海水をザブザブ
ああ。こうやって、人は
お兄さんは腰まで海水に浸かっている。冷たくないのだろうか?僕はもう、下半身の感覚が
早く追いつかなくちゃ、そう思う僕の目の前で、何故かかがむお兄さんが居た。はて?一体何をしているのだろうか?まるで、海水の中に沈んだ何かを探しているかのような格好である。ただまあ、止まってくれたのは有り難い。これで彼を捕まえる事が出来る。
丸まった背中が目の前に。僕は声をかけるより先に肩の上に手を置く。
「おわっと?なな、なんだあ?」とすっとぼけた声が響く。
「自殺はダメですよ!」僕はやっと声を出す。
「は?自殺ゥ?何か勘違いしてねえか?あ。いや、
「勘違い?」そうおうむ返しした僕の目の前に振り返った彼の顔が現れる。ツンツンしたおでこが見える短髪に、フレームの細い眼鏡。
「そ。まあ、ややこしい事してたのは謝るけどさ。俺にも色々あった訳よ」
「はあ」
「で、クサクサした俺は海にスマートフォンを放り投げちまった」よっぽど嫌な事でもあったらしい。
「で?それを拾おうとした時に僕が通りがかって、勘違いしたと?」
「
「んまあ…命の危機じゃなくて良かったですけど…」
「自殺なんかしねーって。
「いや、そんな事しちゃいけませんよ?」
「そら、そーだわ。与えられた奇跡を自分で台無しにしちゃいかん」
「はぁぁ」思わずため息が漏れる。バカな勘違いをした自分、浜辺から声をかけなかった自分、海に高価な電子機器を放り込むバカなお兄さんに。
「取りあえず、投げ込んだブツは回収できたし、引き上げようぜ?」
「言われずとも」と僕はため息交じりに言う。
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粘つく冷たい海水をかき分け僕らは浜辺に引き上げてきた。お兄さんは砂浜の上に尻を落ち着け投げ込んだブツを眺めている。
「流石に海に投げ込んだら死んでるでしょ?それ」と僕は声をかける。
「ああ。まだ分割残ってるってのになあ。やっちまったぜ」
「カネには困ってないんすね?そんな事出来るって事は」
「んな訳ねーだろ。俺はしがない勤め人よ?」
「はあ…よっぽど嫌な事があったんですね?」
「おう。ハナシ聞いてくれるぅ?」とお兄さん。結構に情けない声と顔だ。知らんふりして帰ってもいいんだろうけど…見捨てていくのも何だか忍びない。どうせ暇ではあるし。
「まあ…聞きますけど。でもアレだなあ。海に浸かった下半身が寒くてしょうがないっすね」
「確かに。なあ、お前さんはココにどうやって来たんだ?」
「そこの路肩に止めたチャリっすけど」
「ありゃ。車や
「ええ。免許無いんで」
「…ん?お前さん、ガキかい?」
「まあ一応、未成年っちゃ未成年ですが」お兄さんの顔が何だか面倒見の良い
「何で、平日の昼間にこんな所に居るんだ?まさか不良少年?」
「素行は悪くないっすけど、まあ、そんなものかも。ここ1年学校行ってないっす」
「不登校、か。ふーん」と人懐こい顔から思案顔に変わる。一体どういう訳だろう?もしかして警察官?それとも教職?
「ああ、警戒しなくてもいいぜ?俺はサツでも教師でもない」
「考えを読まないでくださいよ」
「お前さんが分かりやすいだけだっての…」
「で?お兄さんは一体何者?」
「ん?まあ、引きこもり相手の支援団体の職員だ。相手にしてるのはお前より歳上で筋金入りの連中だ」
「
「いや、そこまで悪徳なトコじゃない。まあ、
「ふぅん…」引きこもりの支援団体かあ。今は不登校で済んでるけど、今のままだったら世話になりかねないな。
「お前さん、何処に住んでる?」
「へ?東区のアイランドシティですけど…」
「おっ。ご近所さんか」
「お兄さんもあの辺ですか?」
「職場はな」
「職場…引きこもりの支援団体…」
「そ、その団体は集団生活の為の寮を
「世話役…
「んまあ、メシ作ったりはしてるな」
「はえー」と言う僕にお兄さんはいい事思いついたぜ!みたいな顔を向けてくる。なんだろう?
「なあ、もしお前が良ければだが―今度、ウチの寮にメシ食いに来ねーか?」
「飯?夕ご飯ですか?」
「いや、夕食は寮に入ってる人間だけってルールがある。だから、まだ寮に入ってない人間とかが集まる会合の方にお前さんを招待する」
「会合?」何だか面倒そうな響きだ。
「構えなくて良いぜ。ただ、集まって鍋でも突こうって会だからよ。まあ、ちぃっと参加者が特殊なだけだ」
「んまあ…軽い会なら…いいかな…?」
「うっし!決定な。とりあえず連絡先教えてくれ。んで、今日は各自解散にしよう」
「アレ?話は?」
「それは会に来てからのお楽しみって事で」
「はあ…」何だかハナシが変な方向に転がったような気がする。
「おっと、まだ名乗ってなかったな?」
「そう言えば」見ず知らずの人と話すのが久しぶり過ぎて、普通の会話の手順から外れてしまっていたな…
「俺は
と、言う訳で―僕が神に祈った事の1つの
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