アメーバ・クライシス

枯れた梅の木

第1話

 「我が『メディカル・バイオ・テック』社が今回開発した『アメーバ・サンクチュアリ』は、細胞を起因とする悪性の病症を完全治癒する技術だと、自信をもって世に公表したいと思います」


 製薬大手のメディカル・バイオ・テック社、略称『MBT』の副社長『杉森雅美すぎもりまさみ』が発言すると、会見場のカメラのフラッシュが一斉に明滅する。


 同席するのは、アメーバ・サンクチュアリ略称『A・S』を開発した研究チームの代表『井塚康平いづかこうへい』。


 覇気と自信にみちた女性副社長杉森のかたわらで、まぶしそうに手をかざす陰鬱な表情の康平。


 「それでは質問に移りたいと思います」


 司会の声に席上から挙手があがり一人の記者が質問。


 「細胞を起因とする悪性の病症とは癌のことですか」


 杉森が前のめりで机に肘をたて答える。


 「それ以外の病症にも応用が可能ですが、現在臨床試験でステージ4の患者に治験を試みた結果、全ての患者の完全治癒に成功しました」


 「具体的な数字は」


 「100人中、100人の治癒率です」


 歓声と猜疑のどよめきが会場内をうめつくし、他の質問が続出。


 「長期での副作用を考慮したとき、治療による効果より弊害の方がまさる恐れがあると思うのですが」


 「長い期間の動物実験をくりかえし慎重に研究を続け、ようやく治験まで辿り着いたのです、副作用が絶対ないとは言いませんが、明日の命の危険にさらされた患者にとって、長期での副作用などと悠長なことを語ってる時間があると思いますか?」


 「それでも新しい治療技術には、慎重にすぎることはないかと思います、しかもA・Sは能動的なアメーバを使用した生体バイオ治療、体内でどのような不測の事態を起こすか計り知れません、先々までコントロールが可能だと断言できますか?」


 「A・Sのメカニズムについては研究員の井塚主任が説明します」


 杉森が横目でうながすので、人前で話すことになれてない康平はゆっくりしゃべりだす。


 「A・Sはこれまでのアメーバと違い、特別な方法で指向性を持たせてあります、ですから今のところは治験でも実験でもコントロール不可能になったことはありません」


 「今のところはですか」


 記者の指摘に康平はうなずいて。


 「ええ、今のところはです、これから先も永劫にコントロール下に置けるかどうかは未知数ですが」


 余計なことを口走る康平に杉森の鋭い視線がとぶが、記者が質問を続けたので康平は気づかぬふりで話を進める。


 「アメーバに指向性を持たせる技術とは、具体的にどのようなモノでしょうか」


 「それは・・」


 「それはもちろん企業秘密、私どもも民間企業である以上、莫大な研究費を回収しなくてはなりません、ですから独占と言われようと、A・Sのメカニズムは社外だけでなく、海外にも流出しないよう詳細については秘匿とさせてもらいます」


 言葉をさえぎる形で口をはさむ杉森に、康平は無言で視線をななめ下へ移動。


 そこへ会見の様子をねばるような目つきで眺めていたベテラン記者が、手も上げずに悪態をつく。


 「企業秘密ってあんたら、人の命をあつかう医療関係者の端くれだろ、いくらメリットだけ宣伝されても、その中身を説明できないんじゃ、患者の不安は解消されないし、そもそも広く普及することはできないだろ」


 「できれば挙手をしてからお願いします」


 進行役に注意されても、ふざけた手の上げ方で答える記者に杉森が。


 「専門家でもA・Sを理解するのは難しいのです、一般の患者さんに中身をどれだけ説明しても、かえって混乱をまねき不安にさせるだけ、それよりも治療を受けてもらい、その絶大な効果だけを認識してもらった方が賢明でしょう」


 「普及する方はどうなんだ」


 「国内での自社工場を増設している最中です、A・Sのメカニズムを理解させるのは難しいですが、製造工程は他の治療薬などと比べて、比較にならないほど安価で簡易に増産が可能です、自社自国生産でも普及の方は何の問題もありません」


 記者のねばるような目つきにうす笑いが加わわり。


 「製造工程が安価で簡易なら、国内外だろうと情報を提供して患者を一人でも多く救えばいいじゃないか、自社自国生産にこだわる必要がどこにある、それともやはり患者を救うってのは建前で、本音は医療といえど利益を重視するビジネスだと考えているとか」


 とことん挑戦的な記者に対し、杉森も笑みを浮かべて対抗。


 「ビジネスだけを重視するなら、医療関係以外でも割のいい商売はいくらでも存在します、それでも医療にこだわるのは我が社の使命が、患者救済を第一とするからではありませんか」


 「口だけなら何とでも言える」


 「その通り、口だけなら何とでも言える、専門家でもないジャーナリストが、聞きかじった知識だけで医療記事を書くこともね」 


 「専門家も間違いを犯す、それは歴史が証明している、だからそれを告発するジャーナリズムも消滅しないで存在できるんだ」


 「マスコミが存在できるのはワイドショー化した、ゲスネタのおかげでしょ、あなたはそのゲスネタのおこぼれで食っているの、メディア界のお荷物の分際で医療ジャーナリスト気取ってんじゃないわよ」


 一度ピンマイクをオフにし卓上マイクから顔をそらして、小さな声で独り言のようにつぶやく杉森が、にっこり笑って続きをのべる。


 「すでに厚生労働省からの承認は内定しております、そして国内患者ぶんの供給量は満たしていますが、海外承認には時間がかかり、承認事情もそれぞれの国で異なります、したがって国内外では治療が施されるまでのタイムラグが発生します、ですからA・Sを輸出して倉庫に保存し、承認の段階で早急に使用できるよう、準備を整えておけば自社自国生産でも問題はないかと、医療に詳しそうな記者さんはここら辺の事情はもちろんご存じですよね」


 一気にたたみかける杉森の営業スマイルが不敵に変わるが、記者はさらに食い下がる。


 「倉庫で保存って、使用期限はどうなってるんだ」


 「患者の体内に入るまでは休眠状態で半永久的に保存できます」


 「半永久的?とんでもない生命力だな、そんなものを体内に入れて本当に大丈夫なのか」


 「すべてをコントロールできるよう、指向性を持たせたてありますので、ご心配には及びません」


 眉毛を寄せる記者。


 「コントロールだの指向性だのと胡散臭うさんくさすぎるぞ、知性のかけらもない原始生物をどうやってコントロールするのか、説明できないところがますます怪しい」


 「指向性を持たせる技術は極秘だと言いましたよね、効果には言及せず批判ばかりするのであれば、あなたとは建設的な話し合いには発展しないと思いますので、質問は打ち切りますが、よろしいですか」


 話を打ち切られては困る記者が、少しだけ質問内容をゆるめる。


 「体内に入ったアメーバはそのあとどうなるんだ、まさか体内に残るとか言わないよな」


 「ご懸念には及びません、A・Sは患者の体内に侵入したあと、病巣を取り除いたら、そのすべてが生理現象とともに体外に排出されます、常在菌のように体内に残ることはありません、そこがA・Sが今世紀最大の発明だと自負するところです」


 「体外で生き残って悪さしないと、なぜ補償できる」


 「指向性を持たせてあると言いましたよね、排出後は死滅するようにコントロールしてあります」


 杉森の予想以上の理論武装に攻め方を変えてみる記者。


 「だいたいウニャウニャしたアメーバなんか、俺なら体に入れたくないねぇ、気持ち悪くて仕方ない」


 難癖に満面の笑みを浮かべる杉森。


 「でしたら人体に負荷の多いこれまでの治療法を選択してください、あなたには治療を選ぶ権利があります、誰もA・S治療を強制しませんから、どうぞご自由になさってくださいね」


 皮肉を言い切ってから杉森は強引に他の記者へ質問を誘導し、ベテラン記者は歯がゆい思いのまま、不機嫌な表情で会見終了をむかえることになった。


 

 

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