97作品目

Rinora

01話.[優しい人なんだ]

「お前、二宮大地たいち、だろ?」


 顔を上げたらかなり怖い顔をした人がいた。

 彼は横の椅子に座ると再度こちらを見てきた。

 正直、一度も話したことがない人だからこちらとしては何故そんな顔をしているのかと聞きたくなるぐらいだ。


「で、どうなんだ?」

「確かに僕は二宮大地だけど、君はどうしてそんなに怖い顔をしているの?」


 怒っているのかと聞いてみたら「怒ってねえよ」と言われてしまった。

 じゃあ標準でその顔だということなのかとまで考えて、結構苦労することも多そうだという感想を抱いた。

 ただそこに存在しているだけで「ひぃ!」とか女の子に逃げられていそうだ。


「昨日、妹が世話になったからな、礼を言いに来たんだ」

「ああ、あの可愛らしい感じの女の子のお兄さん?」

「まあな」


 重さに負けてふらふら歩いていたから手伝ったというだけだった。

 話を聞いてみたら何度も往復することになっていたみたいだったので、それならとやらせてもらっただけだ。

 下心があって近づいたわけでもないし、あれも自分のためにしたことだからそういうのは一切いらない。

 が、残念ながらそう言ってみても言うことを聞いてくれそうな人には見えなかったので、用事があるとかなんとかで無理やり理由を作って教室をあとにした。

 もう放課後になっていたんだからさっさと帰るべきだったのだ。

 特に家が嫌だということもないのにどうして今日に限って残ってしまっていたのかと後悔していた。


「こ、こんにちは」

「こんにちは、もしかして僕を待ってた?」

「はい、これを受け取ってほしくて」


 こちらに押し付けるようにして渡して彼女は走り去ってしまった。

 よく見てみたらお菓子のセットで、どうしたものかと悩むことになった。

 いやまあ、捨てたりはしない。

 でも、このまま自分が食べることになるのは違う気がしたので、両親にあげておくことにした。


「ただいま」

「おかえり、ん? 大地がそういうのを買ってくるなんて珍しいな」

「女の子がくれたんだ、父さんと母さんで食べてよ」


 制服から着替えてベッドに寝転ぶ。

 根拠はないがなんか嫌な予感がしていた。

 突っぱねたわけでもないからその点では問題にはならないだろうが、うん、なんかあれだけでは終わらない気がしたのだ。

 実際に翌日に学校に行ってみたら、


「よう」


 何故か僕より先に僕の机の横に立っていた彼がいた。

 人によって登校時間が違うからおかしなことではない、彼は基本的に早めに登校してくるのかもしれない。

 それでも敢えてここじゃなくてもいいよね? と言いたくなってしまう。


「俺は赤長やすしって名前なんだ」

「うん、よろしく」

「おう」


 敢えてなんでも受け入れることで早めに興味をなくさせるという狙いがある。

 逃げられたりすると余計に追いたくなってしまいそうな人だからというのがある。

 もちろん、あくまで想像しているだけでしかないから実際のところは分からない。

 物凄くいい人かもしれないし、顔通りの人なのかもしれない。

 だけど知るためにはやっぱり一緒にいるしかないから。


「じゃ、言いたいことも言えたからこれで」

「うん」


 自分が直接助けられたわけではないからこんなものか。

 まあ、時間が経った後にあんなこともあったな~程度の思い出にしかならないか。


「あ、二宮」

「うん? まだなにかあったの?」

「今日の放課後、時間があるなら付き合ってくれ」

「うん、それはいいけど」


 嫌な予感ではなくいい予感だったのだろうか?

 誰かといられるということは普通にいいことだから堂々と存在していればいい。

 いいこともあれば悪いこともあるだろうが、最初から悪い方面にばかり考えていても疲れてしまうだけだから。


「んー?」


 放課後になってから既に三十分が経過しているのに赤長君が来る気配がない。

 流石に受け入れておきながら帰るわけにもいかないから椅子に座って待っていた。

 それから三十分、更に三十分と経過したが……。


「完全下校時刻になっちゃうぞこれ……」


 十九時が完全下校時刻だ、近くにある高校よりも二時間も早い。

 なんらかの事情がない限りそんなに残る生徒もいないから十九時程度が一番いいのかもしれないから文句は言えない。


「わ、悪い、待たせたな」

「えっ、な、なんでそんな傷だらけなの?」

「まあ、ちょっとあってな、帰ろうぜ」


 このまま解散にはできなかったから手当てすることにした。

 学校から近く、そして相手の家が遠いからこそできることだった。


「で、なにがあったの?」

「痛っ、て、手加減してくれよ……」

「言ってくれたらもう少し優しくするよ」

「ちょっとじゃれあってきただけだ」

「喧嘩したってこと? 高校生にもなってなにしてるのさ」


 実際にそういうことってあるんだな。

 殴り合いをしたところでなにかが得られるどころか、こうして傷が増えるというだけなのに何故なのか。

 なにかを守りたくてどうしてもそういうことをしないといけなくなった、とかなら分からなくもないが……。


「……女子が困っていたから助けようとしたら……ってだけだよ」

「もしかして殴り返さなかったの?」

「当たり前だろ、殴ったら同類になっちまうからな」

「ふーん、あ、終わったよ」


 なんかまた喧嘩をしてしまいそうだったから付いていくことにした。


「はははっ」

「おい、人の顔を見て笑うなよ」

「可愛い絆創膏しかなかったからさ、君の怖い顔に似合わないなって」

「わざと貼っただろ、ノーマルのやつでよかったんだが?」

「まあまあ、あのままだとただそこに存在しているだけになっちゃっていたからね、君は絆創膏を助けたんだよ」


 人を守るために動けるのであれば物を守るためにだって動けるだろう。

 こう言われたらきっともうなにも言えなくなるはず、仮に言われても無視をしておけばいい。


「つか、なんで付いてきたんだよ」

「妹さんを悲しませたくないでしょ?」

「進んで喧嘩なんてしねえよ」


 僕の家からもそれなりに距離があったから通学が大変そうだという感想を抱いた。

 なんか不安になったからこれからも監視しようと決めた。




「なあ二宮、なんか避けられてねえか?」

「だって怖い顔だから」

「意識してそうしているわけじゃねえんだけどなー、事実、二宮が逃げていない時点でそうだろ?」


 両親が不仲でそういう顔を見慣れている、耐性があるというわけではなかった。

 こちらとしては昨日のあの短時間で少し知ることができたからこそだ。

 いまは怖い顔のうえに傷が目立っている状態でもあるため、周りの子としては、特に女の子からしたら怖いんだろう。

 本当かどうかも分からない噂なども出回るだろうし、こういうことが増えればそれが嘘でも本当感が強くなっていってしまうものだから。


「まあいいや、避けられたところでデメリットはあんまりないからな。授業を真面目に受けておけばそう敵視はされないだろ」

「そうだね、って、赤長君はそういうところもちゃんとしているの?」

「酷えな……」


 別のクラスという時点で仕方がないことだと言えた。

 知るためにはもっと一緒にいる必要がある。

 小さなことでもいい、自然とこうして集まるようになりたかった。


「僕といたらマシになるかもよ?」


 なんでもいい、友達を増やすためには積極的に行動することが大事だ。

 断られても世界にその人だけしかいないというわけではないんだからチャンスはあるんだ。

 次へ、また次へとどんどん挑戦していけばいいんだ。


「そうだな」

「うん、こうして話していれば自然と誤解は解けるものだよ」


 知らないから怖いんだ、少しでも分かれば敵と認識することはなくなる。

 興味を抱かれるかは分からないが、敵視されるよりはそうならなくてもマシだと言えるだろう。


「ね、ねえ、二宮君はあの人に弱みでも握られているの……?」

「え? なんで急にそんな……」

「だ、だって共通点が見つからないというか……」


 なんとか繰り返していくことで真ん中ぐらいまで戻せないだろうか?

 僕といればいるほど逆効果ということなら他のところで過ごすが。

 勝手に噂されて勝手に嫌われるというのは辛いことだ。

 だが、そもそもなにかができると考える方が駄目なのかもしれない。

 偽善か? あ、いや、別に赤長君のためにしているわけではないからいいか。


「あ、そんなことは微塵もないよ、友達なんだ」

「そ……うなんだ」

「うん、ちょっと怖い顔をしているけど優しい人なんだ」


 もしそうではなかったらあの時点で終わらせている。

 敢えて怖い人といようとなんてできるわけがない。

 そんな強さがあるのなら僕は所謂陽キャになっている。

 まあでも、ここでぺらぺら話しすぎると逆効果になりそうだったからやめた。

 隣の席の子ももう興味をなくしたみたいだからというのもあった。


「あの……」

「あ、こんにちは」

「はい、こんにちは」


 廊下に出てすぐだったから今日も待っていたのかもしれない。


「それでどうしたの?」

「あ、昨日……兄さんがお世話になったみたいで」

「ああ、あの傷だらけのまま帰ってほしくなかったからね」


 正直、僕にとって彼女は危険な存在だった。

 赤長君みたいに言葉だけで済ませてくれるならいいんだが、残念ながらそうではないからだ。

 実際、いまだってなにか持っているからトイレに逃げたいぐらいだった。


「あのっ、これを――」

「待って待って、どうしてきみはそうなの?」

「え、だってお世話になったわけですし……」


 相手を怪我させてしまったとかならまだ分からなくもない、が、今回は全くそうではないから受け取るわけにもいかない。

 でも、断ってしまったら露骨に悲しそうな顔をしそうなのが怖い。

 こういうときこそ兄である赤長君が来てほしかった。


「よう、珍しいな」

「うん、二宮さんにお礼がしたくて」

「それは俺がしなきゃいけないことだろ」


 いやいや、別にそんなのいらないよ……。

 今度こそトイレに逃げることにした。

 そう何度も教室から離れたくないので、決して逃げるためだけにしているわけではない、とかなんとか言い訳をしつつではあるが。

 お礼をされるようなことをなるべくしないようにしようと決めたのだった。




「よっこいしょっとー!」


 冬でも元気に雑草が生えてくるから頑張って抜かなければならない。

 踏みつけられたり切りつけられたりするだけなのに頑張れるのはすごい。


「ふぅ、なかなか手ごわいな」

「寒いのに敢えて手伝うとか物好きかよ」

「いやいや、寒いのに来てくれている君が言うの?」

「暇だったからな」


 本当に物好きなのはそっちだったという話で終わる。

 ちなみに妹さん、幸恵ゆきえちゃんも付いてきているから本当によく似た兄妹だ。


「どうせなら君も手伝ってくれていいんだよ?」

「嫌だよ、なんか二宮ってそんな感じだよな」

「僕は自分勝手ですから、自分のためになるならなんでも利用しますよ」


 彼といるのだってそこに繋がっているんだから。

 変える気は微塵もないし、嫌なら去ってもらうしかない。

 そんなことにならないのが一番ではあるが、無理していられても逆に疲れてしまうからだ。

 そうしたら結果的に自分のためにはならないからこちらからお願いすると思う。


「二宮さん、お時間があるのならお出かけしませんか?」

「僕はいいけど」


 お礼をするだけではなく彼女も一緒にいてくれるのはなんでだろう?

 お兄ちゃんの方を見てみても「手伝わないぞ」と言ってくるだけ、何故かと疑問に感じないのだろうか?

 ま、出かけるぐらいだったらこれが終われば暇人ではあったため、いまも言ったように付き合うだけだ。


「行くか」

「だね」


 で、何故か僕は工具などを見ていた。

 ペットショップもある場所だから幸恵ちゃんはそっちを赤長君と見ている。

 男心をくすぐるというか、こういうのを見るとテンションが上ってしまうのは何故だろうか?


「あ、二宮さんも来てくださいよ」

「うん」


 触れられるわけではないからと別行動をしていたことになる。

 また、僕が動物なら見世物みたいに扱われたくないというのもあった。


「見てください、兄さんが可愛いですよね?」

「うっ、あれは……」


 休日ということもあってお客さんは沢山来ているはずなのに彼の周りにだけは全く人がいなかった。

 いや、いるにはいるが正直、いい反応をされているわけではない。

 ルールを破っているわけではないから問題ない……と片付けていいのかな?

 子どもが近づこうとすると慌ててお母さんが引っ張り戻しているぐらいだが……。


「ふぅ、やっぱり動物って可愛いよなー」

「そ、そうだね」

「ん? おいおい、まさか嫌いとか言わないよな?」

「いや、そんなことはないけどさ」


 なんで可愛い動物を見て癒やされているはずなのにあんなに怖い顔のままなんだろうか?

 おかしい、あまりにもそれが自然になりすぎている。

 よく見てきた妹である彼女に聞いても「元からこうでしたから、だけどそういうところが可愛いんです」と答えただけだった。


「腹減ったな、なにか食いに行くかー」

「私は合わせるよ」

「そうだなー」


 特にこだわりもないからこちらも合わせると言っておく。

 お腹を満たせるのであれば本格的な物でなくても構わない。


「やっぱり肉だな」

「意外、幸恵ちゃんに合わせると思った」

「ん? ふたりが合わせると言ってきたんだから俺が出さないと駄目だろ」


 個人的にこういう感じの方がありがたいから文句もなかった。

 だから十分も経過しない内にお肉が食べられるお店に入店したし、そうかからない内に注文、食事も始められた。

 少々高めな値段ではあったものの、美味しかったからなにも言うつもりはない。


「飯を食ったら運動だな」

「私、ボウリングがいい」

「お、いいな、二宮もそれでいいか?」

「僕は見ているだけでいいかな、物凄く下手くそなんだ」

「いやいや、それなら尚更やらなきゃ駄目だろ」


 ……これ以上お金を使わなくて済むようにと考えたのに駄目だった。

 結果、無様なところを晒したうえに結構なお金も失うという悲しい時間だった。

 自分から挙げたぐらいだから相当な自信があるんだろうな的な考えていたが、やたらと上手でこちらは消え去りたい気持ちになったぐらい。


「ねえ赤長君、どれぐらいお金って貯めてる?」

「こういうときしか使わないから七万ぐらいだな」

「……もうその顔やめなよ、デメリットしかないよ」

「やめろと言われてもこれが俺の顔だからなー」


 テストの結果でもこの前分かってしまったわけだし、悔しいとすら感じない。

 逆にギャップ萌えとかなんとかで評価が変わったりしないだろうか?

 同じ教室で学んでいる人達なら分かると思うんだが……。


「兄さんは笑顔が可愛いので大丈夫です」

「笑顔……」

「おいおい、俺だって笑うぞ」


 これもまた正直に言おう、幸恵ちゃんは兄贔屓がすごすぎる。

 多分、笑ったら笑ったで近くから人が離れていくはずだ。

 もし留まることがあったとしてもそれはあまりにも怖すぎて動けなくなってしまったというだけの――って、失礼だからやめよう。


「赤長君は幸恵ちゃんの真似をした方がいいね、常ににこにこ笑みを浮かべていて話しかけやすいからさ」

「幸恵の真似か、それなら滅茶苦茶難しいというわけではないな」


 お手本が側にいるうえに気軽に聞くことができるのは大きいだろう。

 学校にいるしっかり者の真似をしたところで行き詰まったときに聞くことは多分、できないだろうから。


「俺としては二宮レベルでいいと思うけどな」

「僕?」

「要は柔らかい態度ってのが重要なんだろ? あ、顔もか、だからそれすら気をつければ問題はないわけなんだからさ」

「ああ、確かにそうだね」


 極端すぎる必要もないということだ。

 僕が丁度この三人の中で中間辺りにいられている気がするので、確かにそれでも十分だと思う。

 というか、怖い顔をどうにかしてしまえばそれ以外は変える必要がないんだ。

 だからそう難しい話でもないのかもしれなかった。

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