星と、限りなく星に近いもの

八朔日隆

星と、限りなく星に近いもの

 夜が永遠に続くように、道路も永遠に続いていた。どちらも実際には終わりがあるのだけど、そんなふうに感じた。道路の両脇に等間隔で並んだ電灯も永遠に続いていた。煌々と光る灯だけが夜に抗って、めいめいに命を燃やしていた。こんなにも広い道路だが、エンジンの駆動音は僕の車のひとつ分しか聞こえなかった。風のない夜は静寂に包まれ、僕の息遣いや服の衣擦れがよく聞こえた。僕は道路の電灯の前に車を停めて、姿勢を安定させる補助脚を地面にしっかりと這わせた。そして、自分の車に備え付けられたクレーンを手元のバーで繰って電灯を掴んで支えた。ボタンを押して掴んだままクレーンを固定させると、操縦席から降りていく。

 かん、かん、かん

 ゴムブーツの硬い底が金属製の梯子を叩き、硬くて冷たい音がそこらに響く。道路の脇には高層マンションが聳えていたが、その部屋には灯りはひとつもなく、飛行機の衝突を避けるための航空障害灯の赤い明滅と、非常口のピクトグラム、消火栓の赤い光だけが見える。それらが吐いた息の白くなるのに溶け合って曇った。

 僕は作業に取り掛かる。初めに、煌々と光る電灯の電源を切らなければならない。これを怠ると感電死してしまう。

 電灯のハッチをドライバーを用いて開ける。中には配線が通っていて、それを切るスイッチもあった。電灯は旧時代のタイプで、頭頂部にソーラーパネルがあり、基本的に電力はそれで賄うが、天候が悪くその収穫が足らない場合は直接地面の中の電線から電力を得て光る。新時代のタイプの電灯はよほど天候が悪い地域でない限り自分で光るのに必要なエネルギーは自分がソーラーパネルから得たエネルギーだけで賄うことが出来た。

 スイッチは地面からの電力供給とライト部分への電力供給の両方を切ることが出来ず、後者の供給のみを断つことができるが、スイッチを切り替えると電灯はぷつりとこときれたように暗くなった。地面からの電力供給は既に別の管理場所から切られている。

 僕は周りの光に照らされた目の前の消えた電灯を見上げた。項垂れたそれは役目を終えて息を引き取った。僕の役目は電灯を安楽死させることだ。既に照らすべき道路には車も人も居なくなり、街の電力中枢からの供給も無くなった、この電灯を、この道路を、この街をひとつずつ、ひとつずつ殺していく。こうしてウイルスの蔓延によって人口がゼロになったこの街は、正式に終わりを迎える。

 かん、かん、かん

 今度はクレーンに備え付けられた鉄の梯子を登っていく。項垂れたライトの頭頂部、ソーラーパネルを切りなはして回収する。クレーンで支えられているとはいえ、作業をしていると電灯は少し揺れた。旧式の伝統なのでまだライトのあたりが暖かい。太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換し、蓄え、光エネルギーにして放出する過程で、ロスが大きい証拠だ。最新のものはこの冬空の元では電灯の幹にあたる金属と、ライトが同じ温度で冷えている。

 かん、かん、かん

 梯子を降りたところで、遠くの空に瞬く星を見つけた。厳密には、星に限りなく近いもの、宇宙葬だ。

 ロケットの中ぱんばんに燃料と、ウイルスで死んだ人の骨と、それから生身の人間が入っている。それらを片道切符で打ち上げる。本当に宇宙まで届いているのか、私たちは伝えられていない。しかし夜空に輝く光のひとつになるならば、実際に宇宙空間に行こうが、大気圏で消滅しようが、変わらないのだ。

 街の光を消して、空の光にする。街の半導体を、ロケットの半導体にする。街に残るほんのわずかな人類を、仕事を終えた順から星にする。

 僕のポケットの端末に通知が入る。僕の仕事の先輩の宇宙葬が無事に行われたようだ。僕にこの仕事を教えた先輩は、ウイルスによって死亡し、一度火葬されてちいさな壺に収まった。そして、星になった。先輩の上司の、僕の仕事を管理する人は生きたままロケットに乗り星になった。その管理人の更に上司も、その上司の社長も、もっといえばその仕事を命じた街の長も、その上の県の長も、その上の上の国の長も、全員が星になった。

 かん、かん、かん

 操縦席に向かって梯子を登った。僕は星になるため、次の電灯に車を走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星と、限りなく星に近いもの 八朔日隆 @Utahraptor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ