横顔

みずき

「あの。少し興味あるんですけど。」

 サークル勧誘ブースの長机で突っ伏して寝ていた私はその声で目が覚めた。「あぁ、すいません。おかけください。」眩しすぎる太陽を遮りながら私は声の主を丸椅子に座らせた。サークル勧誘のチラシを持ってやってきた彼は真っ直ぐな目で私を見つめた。目が合う。合わせてくる。私は合わせたくないのに。ギラギラ輝く彼の目を見ないように私は学園祭実行委員サークルの概要の説明に移った。

 学園祭実行委員の仕事は大きく分けて3つある。1つは財務処理などお金を扱う役割、1つは構内の装飾を作る役割、そして当日の学園祭を盛り上げるアーティストやコンテストの運営をする役割。私はこの3つの役割の中でコンテスト運営のリーダーを任せられていた。(リーダーと言っても名前だけの肩書きのようなもので、実際は委員長が運営の先陣を切っていたのだが)

 遊びや飲み会目当てではなく、純粋にこの学園祭実行委員の仕事に惹かれたと熱弁する彼の横顔はどこかノスタルジーを感じさせた。あぁ、そうか。私も一年前はそうだったんだ。サークルに入って一年、私が忘れかけていたものを彼は思い出させてくれたのかもしれない。更に、彼は私が担当する部署に興味があると言ってきた。当日まで何をするのか、どういう動きをするのか、客の躍動はどうするのか・・・真っ直ぐすぎるほど純粋な視線はその時の私には鋭利すぎた。熱苦しい男は嫌いだ。

 「入会希望であればお名前と電話番号をお願いします」この熱苦しい男を早く撃退すべく、新入生を追い払う魔法の言葉を私は唱えた。「田辺敏樹」。それがあの熱苦しいギラギラ男の真名だった。

 翌日の夜、新入生の歓迎会が大学の近くの居酒屋で行われた。前日の昼間の鋭さが嘘のよう。田辺は部屋の隅で固まり地蔵になっていた。飲み会目当てではないとは言っていたけど、もう少し盛り上がれよ。田辺の前日とのテンションの落差に怒りと愛おしさが同時に湧き上がっていた。

「田辺くんさ、もっと食べなよ。飲み物も飲み放題だよ?」

あっ!何をしているんだ私は。気づいたら地蔵に語りかけていた。「ありがとうございます。いただいてます。」地蔵が固い口を開いた。嘘つけ。いただいてないだろ。

 歓迎会が終わり、サークルメンバーは各々帰宅していった。いつもならここで二次会があるのだが、新入生を交えた歓迎会でいきなり二次会はどうなのかという声が強く、今回は一次会で解散になった。他の友達が電車に乗るのを見送り、私は徒歩で帰宅しようと歩き始めた。飲み会終わりの帰路ほど寂しいものはない。唯一大学の近くに巣食う私は決まって1人で帰宅する。この時間がなんとも寂しく、またなんとも清々しい1人の時間だった。だが、今年からは違った。背後にもう1人、この道を歩いて巣に帰ろうとする影が見えた。田辺だった。「海美さん家こっちなんですね!僕もなんですよ!でもまだ道がよくわからなくて」地蔵が急に喋り始めた。なんなんだお前は。黙ったり黙らなかったり騒いだり。「田辺くんもこっちなんだね!もしかしたら隣りだったりして!」微塵と思っていないことを口走ってしまった。会って2日だが、こいつとはいまいち馬が合わない。夜の冷気と田辺の発言の寒さが私の尿意を加速させた。居酒屋で用を出しておくべきだった。4月の夜はまだ寒かった。

 「あ!じゃあ!僕ここなんで!おやすみなさい!」おしゃべり地蔵が立ち止まり、あるアパートの前で私を見送った。「もしかしたら」だった。奴の住処は私のアパートから用水路を1本挟んだだけの超ご近所だったのだ。

動揺と混乱で私の尿意はピークに達し、おしゃべりご近所地蔵から逃げるように帰宅した。

 荷物をソファーに放り投げ便座に腰をかけた私は1日を反芻した。私の秘部から放たれる尿は1日のわだかまりを吐き出すかのように大きな音を立てた。自分の放尿音をBGMに色んな顔の田辺がフラッシュバックした。

 さっきまで酒だった液体を拭き取った私は下半身が露わのままトイレから出、窓越しに煌々と輝く隣りのアパートの部屋部屋を眺めた。どこに彼はいるのだろうか。明日はどんな顔を見せてくれるだろうか。

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