第34話 氷雪の子

 弥太が空に舞い上がる蘇芳を眺めていたその時、


「はぇー、すお姉、やっぱり綺麗。凄いなあ」


 と独り言をつぶやいてはずが、


「冗談じゃない。溶けるのは困る」


 いきなり声がした。

 びっくりして振り返ると、そこに真っ白の髪に透き通った氷のような肌をした不思議な女の子が立っていた。


「え、誰? ああ、違う。はじめはまずはご挨拶から。おいら、弥太っていう――」


「うるさい。暑いの嫌、静かにして」


 挨拶をしようとした弥太の頭を女の子の透き通った氷のような手が触れると、途端に体が凍り付いたようになり、動けなくなった。

 透き通った氷のような肌をした女の子は、空を舞い輝く蘇芳を見て、


「あれには今の私では敵わない……」


 そう透き通っている自分の手のひらを空に空かして悔しそうな顔をした。


「力を取り返したら、あんな奴、追い払ってやる」


 蘇芳を睨みつけると、動けなくなった弥太に、


「お前には一緒に来てもらう。直ぐに殺したりはしない」


 そう、冷たく言い放ち、


「みんな、手伝って.急ぐから」


 何もいない所へ呼びかけた。

 すると、氷の粒が大きな雪の結晶へと変化し、辺りにいくつも生まれると、透き通った氷のような肌をした不思議な女の子の周りに集まってくる。

 女の子は、うん、と頷いて、


「じゃあ、行くよ。みんなお願い」


 周りでキラキラしている雪の結晶たちに話しかける。

 雪の結晶たちは光と風で応えるように明滅しつつ、冷たくも透き通った音を奏で、渦巻く風と雪を振りまき、激しい地吹雪を起こした。

 その地吹雪はたちまちに弥太と女の子を取り巻き、力強く運び始める。

 弥太は女の子ともども吹雪に乗って、川から氷原となっている対岸へと進んでいた。


  おいら……どうなるのだろう? 冷たいのは嫌ぁ。誰かぁー。


 これからがどうなるのか、体も動かないし不安でしょうがない。

 すると、ふわりと優しく温かい風が体を包み、誰かに頭をなでられたような気がした。


(大丈夫、辺りをようく御覧なさい)


 そうか、動けるようになったときに、逃げられるように道を覚えておかないと……。


 急に閃いた弥太は、動けず声も出せない状態ながら、運ばれていく道筋を覚えるために、どんぐり眼をきょろきょろさせて何一つ見逃すまいと景色を刻み込む。


 渦巻く雪と強い風に身動きも全く出来ないまま、しばらく運ばれたかと思うと、急に動きが止まり、弥太はふかふかした雪の上へと放り投げられた。


 辺り一面真っ白で、氷の粒が風と共に渦巻いて、立木ほどの大きな氷柱が林立している、並みの生き物なら凍り付いてしまいそうな氷雪の銀世界。

 分厚い氷壁が幾重にも重なって城塞の壁にようにすら見えるそんなところだった。


「おい、小さいお前、まだ生きてるだろ」


 先ほどの白い女の子が弥太の顔を覗き込む。

 すると、その女の子から冷たくて冷たくて、凍てつきそうな冷気が漂い、顔に吹き付ける。

 弥太はぎゅっと目を瞑った。


 冷たくて、寒くて痛い。

 この女の人すんごく怖い。

 おいらどうなるのだろう。


 嘴すらもうカタカタ言わなくなるほど芯まで冷え切った弥太は、ますます気落ちしていく。


 すお姉、、ごめん。火の傍に居ろって言っていたのに約束守れなかった。

 ごめん。

 太郎治、おいらお使いもうできないかもしれない。

 瑠璃姫様、またお話したかった。

 あれ……おいら……何か…………眠たく…………なってきた……。

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