第24話 艶やかさに見とれる
弥太は元気よく進んでいた。
水の流れは清らかで気分よく、不思議とお腹も空いてこない。
美味しい茄子はやっぱりすごい。
疲れなんか吹っ飛ぶし、力も湧いてくる。
蘇芳に、
「あたいが一緒だってこと、忘れるんじゃあ無いわよ。いい?」
と何度も言われているから川床まで潜らずに我慢しているが、本当は声を上げながら跳びはねたり潜ったり水流に乗ったりして、力一杯泳ぎたい気分であった。
何れにしてもご機嫌な子河童であることこの上もなく、
「そうだよー弥太はぁ強いこぉだあよぉー」
と調子はずれの唄を歌うほどであった。
蘇芳は飛びながら小首をかしげつつ、
「あの子、これから行くところにこれからする事を忘れてんじゃあないの?」
と呟いてしまうほどには元気いっぱいであった。
まあ、めそめそするよりはいいけどさ。
あたいが踏ん張らないとね。お姉ちゃんだから。
決意も固くしているところに、
「あれぇ、すんごくいい香りがする。沢山のお花の甘くていい匂いだぁ。すお姉、何か見える?」
間延びした弥太の元気な声が問いかけてきた。
「ホントにもう、世話の焼ける弟ねっ」
悪し様に言いながらも頼られたことにどことなく嬉し気な蘇芳は、
「春はこれからじゃない、そんなに沢山の花が咲いている訳―― って咲いている」
眼下に広がる色とりどりの花が溢れる丘を見つけて驚いた。
「ここにこんなの無かったような気がする……なあにあれ?」
「すお姉、見たいっ見たいっ、どっちに行けばいい?」
水の中から精一杯首を伸ばそうとしている弥太のあどけなさに、
「んーもう、少しだけよ」
蘇芳は目を奪われながらもそれを隠すために、出来るだけ素っ気なく、弥太の甲羅を掴むと優しく花々が咲き誇る丘へそっと下ろした。
「うわぁー、すんごく綺麗、ねえ、ねえ、これもあそこも綺麗でいい匂いしかしないよ。うわぁー」
弥太は綺麗な花を踏まないようにそぞろ歩きをしながら、鼻を拡げて大きく辺り一面に漂う気持ちの良い匂いを一杯に嗅いだ。
「はうわわわー」
小さなしっぽ迄ぷるぷるさせながら、花々の香りと美しさを堪能していると、何処からか楽し気で綺麗な歌声が聞こえて来る。
〽おてんとうさまの大あかり、眩く遍く全てを照らしょ、お月様の優しいあかり、ゆらゆらゆらゆら水面にはえて、お星さまの数多のあかり、きらきらきらきらお空を飾り、芽生えに注げば育ちましょ。蕾に成ったら花開け。光の想いを詰め込んで咲かせて咲かせて色取り取りに、歌を唄へばあら楽し、芽吹かしょ、さかしょ、花の唄〽
三人の美しい娘が色も艶やかな着物の裾を翻し、その姿に実に似つかわしい澄み切った歌にのせて笑い声を上げながら踊っている。
蘇芳はその目で、神に通じる花精であることを見て取って、弥太に何やら告げようとしたのだが、
「はりゃぁあー、すんごくきれいー」
団栗眼を大きく見開き、三人の娘の唄に聞きほれ舞に見とれている実に嬉しそうな顔を見て、
「急ぎ旅ってアンタが言ったのよ。ったくもう。ちょっとだけだからね」
と弥太には聞こえない程度の独り言を繰ると上空から周りを探っておくことにした。
弥太は当然の如くそんなことに気が回るわけでもなく、唯々見とれていると、くすくすと辺り一面の花々から笑い声が漏れ聞こえて来る。
うちらの姫様たちは素敵でしょう。
御三方ともみなお優しいよ。
ご挨拶されると喜ぶと思うの。
花々はそう弥太に話しかけると、左右に動いて三人の娘に続く道を開く。
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